111話「おはよう番長」
ヤクザのお屋敷からの帰り道にある公園。そこのベンチでは、俺と矢財が2人だけで座っている。
正確にはポケットの中にニアもいるのだが、側から見ると夜の公園に男子生徒2人だけだ。
「それで、話ってなんだ?」
なぜ矢財とここにいるかというと、カチコミ後にすぐ帰宅する予定だったのだが、矢財から「ちょ、ちょっと待ってくれ!少しだけ話をさせてくれないか?」と言われてこの公園で話をすることになったのである。
鉄製ゴーレムの片付けがあるのでできれば早く帰りたいのだが、まぁ良いか。
ちなみに、ゴーレム達は隙を見て家に送ったため、今頃は庭が黒マントの集団で埋め尽くされていることだろう。
「お前……いや、あんたは、なんでそんなに凄い力を持っているんだ?というか、なんでそんな凄い力を持ってるのに偉そうにしないんだ?」
「……え?」
質問の意味が一瞬わからなかった。そもそも、力を持ってるからと言って偉そうにする必要はない筈だ。
だが、今の質問で俺と矢財の考え方が根本からズレているのだということだけはなんとなくわかった。
「逆に聞くけど、力があったらなんで偉そうにする必要があるんだ?」
「それは……」
俺の疑問を聞き、矢財が少し間を開けてから話し出す。
「うちの父さんは貿易会社をやってるんだ。だが、色んな商品を取り扱ってる反面、日本や海外の企業との交渉が結構頻繁にあってな。理不尽な契約や不利な条件を突きつけられることも頻繁にあったらしいんだ」
そんな中でも、矢財の父親は実績や人脈をフルに活用して会社をどんどん成長させていったそうだ。
そして、矢財はそんな父親のことを尊敬しており、会社を継げることを誇りに思っているらしい。
「俺は将来父さんの会社を継いで、もっともっと大きくしていかなきゃならない。だから、取引先の奴らに舐められないようにするためには強い人間にならなくちゃいけない。学校ぐらい簡単に支配できる強い人間にならなきゃ、父さんの会社を継ぐ資格はないんだ」
「えっ、それって父親からそう言われたのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「無口な人で、『それくらいは言わなくてもわかるよな?』的な教育方針なのか?」
「いや、父さんは結構話してくれるほうだ。『学校はどうだった?楽しいか?』って感じでいつも話しかけてくる」
どういうことだろう、ちゃんと説明を聞いていたのに話の芯がいまいち掴めない。
「父さんの会社を継ぐためには強さが必要なんだ。学校を支配できるほどのカリスマ性がなきゃ会社を継いでも潰してしまうかも知れない」
「いや、それって、自分で考えてその結論に至ったのか?」
「ああ、もちろんそうだ。父さんの会社を継ぐには自主性も大切だからな」
それって……。
「だからこそ、おま……あんたぐらいの強さが俺には必要なんだ。どうやればそんなに強くなれるんだ?どうすればさっきのマント集団みたいな人脈が……いでっ」
「ひとまず落ち着け」
勝手に暴走し始めている矢財をデコピンで黙らせた。
「お前、一度父親としっかり話せ。3年前のことも今回のことも、今までの素行の悪い行動もヤクザと関わろうとしていたことも、全部だ」
「さ、さすがにそれは……」
「全部だ!今すぐ帰って父親に全部話せ。じゃないとお前からの質問には一切答えない」
「ぐっ……わ、わかった」
今の話を聞く限り、矢財の父親は悪い人には思えないし偉そうに振る舞えと言うような人にも思えない。
こいつの勝手な勘違いと思い込みが全ての原因な気がする。
「じゃあな。ちゃんと話した内容報告しろよ」
「あ、あぁ……」
そのまま矢財とは公園で別れ、俺は無事に帰宅……してから、100体の鉄製ゴーレムを片付けたのだった。
◇
「おはよう番長!」
「おはよう番長」
「めちゃくちゃいじってくるな」
朝登校すると滝川と石田に早速いじられた。俺が番長になったという噂が広がっているようだ。
「あ、あの……結城、さん。ちょっといいか?」
「ん?」
声のほうを振り向くと矢財がいた。どうやら、少し人のいないところで話したいらしい。
まだ朝のホームルームまで時間があるため、屋上で少し話しをすることになった。
「昨日、結城……さんに言われて父さんと話をしたんだ」
「普通に結城でいいよ」
「あ、あぁ。すまん。それで、父さんと話してみたら俺の考えが間違ってたことに気がついてな……」
今まで学校内や学校外で行ってきた素行の悪い行動やヤクザにまで人脈を伸ばそうとしたこと。そして、それを行うに至った自分の考えなど、一晩かけて全てを父親に話し、こっ酷く怒られたそうだ。
「父さんは、本当に優しい人でな。仕事が忙しくて俺に構えないことを負い目に感じていたみたいで、俺を叱ったことは一度もなかったんだ。でも、昨晩は思いっきり叱られたよ。初めて叱られたし、初めて頭に拳骨も食らった」
そう話す矢財の表情は、どこか爽やかだった。
矢財の暴走は完全な思い違いによるものだが、もしかすると父親の気を引きたいという気持ちもあったのかも知れないな。傍迷惑な話だけど。
「あと、実は俺、3年前に葛西にボコボコにされたことがあってな……」
理事長から聞いてはいるが、黙って矢財の話を聞き続ける。
「それで、父さんがボコボコにされた俺の姿を見て、学校に抗議してくれたことがあったんだ。でも、学校の対応は何も変わらなかった。俺は勝手に父さんの影響力が足りないからだと思い込んでたんだけど……実は理事長から、俺がいじめをしていた話とかも全部聞いていたらしくてな……」
3年前、息子がボコボコにされたと学校に抗議した矢財の父親だったが、その時に理事長からことの顛末を聞き、「剛くんとしっかり話しをしてみて欲しい」というアドバイスを受けていたそうだ。
おそらくだが、理事長は矢財の暴走の理由をなんとなく察していたのだろう。口も素行も悪いが、実は父親を尊敬して空回っていることを理解していたのかもしれない。
「でも、父さんは家にあまり居れないことに負い目を感じていて、その時は怒れなかったって言ってた」
つまり、矢財の父親は家庭を放っておきながら今更どんな顔で話をすればいいのか分からず、ずるずると状況が改善しないままお互いに3年間過ごしてしまったということか。
「思えば、その時から父さんが頻繁に話しかけてくるようになった気がする。まぁ、その当時は……というか今もだけど、反抗期もあってあまり長い話をしたことがなかったんだけどな」
「つまり勝手な思い込みと息子とちゃんと話し合えなかった父親の存在がお前の暴走の理由だったわけか。迷惑な話だな」
「ぐっ、言い返せねぇ……」
本当に迷惑な話だ。そのせいでいじめだのヤクザだのとどんどん問題が大きくなっていったのだから、しっかりと反省してもらう必要がある。
「っていうかお前、昔いじめてたソージの取り巻き達にちゃんと謝れよ。いじめられてた方はずっと覚えてるんだからな」
いじめが原因で縁の切れてしまった親友『大空澄人』のことを思い出しながら、そう忠告した。
「わ、わかってる。許してもらえないかもしれないが、ちゃんと謝るつもりだ。もちろん石田と滝川にも謝る。あと、結城の妹にも、ごめんな」
「妹のリンには伝えといてやる。あと、石田と滝川には謝らなくていい。俺が伝えとくから」
「いや、だが……」
「謝らなくていい!」
「あ、あぁ」
本当は石田や滝川やリンのことを襲おうとしたことに対しても説教をしようと思っていたのだが、今の矢財には必要ないだろう。そして謝罪してもらう必要もない。
どちらも返り討ちという結果に終わったし、石田と滝川に関してはそもそも何も知らないのだ。謝られると逆に困る。
「まぁ、その、報告は以上だ。改めて迷惑かけたな」
「お前、性格変わりすぎじゃないか?ちょっと怖いんだけど」
「う、うるせぇ!言っとくが、結城とは友達ってわけじゃねぇからな!迷惑はかけたと思ってるが、だからと言って気軽に話しかけてくんなよ!あと、番長の座も諦めてねぇからな!」
「男のツンデレって、こんなにも嬉しくないものなんだな……」
「うるせぇ!ほら、さっさと戻るぞ。ホームルームが始ま……えっ?」
矢財がそう言いながら屋上の出入り口へ近づいた瞬間。扉が物凄い勢いで開かれた。
「結城さん!大丈夫ですか!?」
そう言いながら屋上に現れたのはソージだった。勢い余って扉を破壊してしまったのか、ドアノブだけを握りしめている。凄いパワーだ。
「矢財!テメェ、次は結城さんに手ぇ出そうとしてんのか!」
「へ?……ぐへっ!」
「あっ……」
ソージの流れるような右ストレートを顔面に受けた矢財は、そのままの勢いで吹っ飛んでいった。
矢財とソージの距離が近すぎたこともあって割り込めなかった……。
『命ニ別状ハアリマセン。全治2週間程度デス』
『そ、そうか……』
とりあえず無事……ではないけど生きててよかった。おそらく、ソージも加減はしたのだろう。
「ソージ!ちゃんと話しを聞いてから……あぁ、手遅れだった」
「あ、結城くん」
「アカリさんに雫さん……おはよう」
「「お、おはよう」」
ソージを止められなかった者同士で挨拶を交わした後、すでに全部終わったことをソージに説明しながら矢財を保健室へ運んで行ったのだった。
番長編終了……ではありません。もう少しだけ続きます。