110話「死の先を見てきた」
高級そうな壺や掛け軸の飾られた20畳ほどもある和室では、殺気を含んだ視線を向けるヤクザの組員2人と置き物のように動かない10体の黒マント集団。
そして、テーブル越しに向かい合って座る俺とこの組の組長と、何故か矢財がいた。
遡ること約10分前ーーー
「このコンボ、ヤバいな……」
「カカー……」
「ヤバイデスネ……」
「やばーい……」
ヤクザの本拠地を見下ろせるマンションの屋上から黒マントの集団に制圧されていくヤクザの本拠地を眺めつつ、俺の両肩に止まるシロとニア、そして頭の上に乗るウルと共に若干引き気味な表情でそう呟いた。
この黒マント達はシロが見つけてくれた郊外の鉄分豊富な土壌で、ウルが『製鉄工場』を用いて作り出した鉄製ゴーレムの集団である。
想像以上に鉄分が豊富だったため総勢100体もいるのだが、その全てをニアが完璧に操作してヤクザの組員を次々と拘束していた。まさに圧巻の光景だ。
ちなみに、ゴーレムの運搬は『転移』の異能を使っている。郊外の森まではバスと歩きで1時間くらいかかったのだが、戻ってくるのは一瞬だった。本当に便利な異能だ。
「にしても、よくこんな数操作できるな」
「ゲームミタイデ楽シイデスヨ。『ラプラス』クンモ、コノ前遊ンダ時ニゲーム内デ複数ノアバターヲ同時二操作シテイタノデ、コレクライハ出来ルカモ知レマセンネ」
「マジか……」
ラプラスくんとはニアが最近よく一緒に遊んでいるオンラインゲームのフレンドのことである。
毎回ニアの勝利で終わりはするのだが、その人は演算の権化たるニアと結構いい勝負を繰り広げるとんでもないゲーマーなのだ。
「襲いくる組員に即座に寝技を決めて、ロープで次々と拘束……それを100体の鉄製ゴーレムで同時にか……」
冷静に状況を呟いてみたが、流石にこれはラプラスくんでも無理な気がする。というか、俺の習得能力と『強化』による思考加速をフルに使ってもできない。文字通り人間業ではない。
「応援ヲ要請シテイルヨウデスガ、外部ト連絡ガ取レナイミタイデスネ。ソチラノ作戦モ成功シタミタイデス」
そんなことを考えている間に、ニアがそう報告してくれた。
「良かった。初めての調整だったから、失敗してたらどうしようかと思った」
現在、眼下のお屋敷は俺の発動した通信を遮断する特殊な『結界』で覆われている。家に張ってある悪意に反応する結界の改良版のようなものだ。これによって、お屋敷内と外部との通信は完全に途絶しているのである。
ちなみにだが、ニアの霊力糸によるゴーレム操作は遮断されないようにしっかりと調整しております。
「これが漫画とかで見る『カチコミ』ってやつなんだね。さっすがご主人様!」
「俺が望んでカチコミしたみたいな言い方してるが、全然そんなことないからな?本当は話し合いで解決したかったんだからな?」
石田と滝川になりすました昨晩の襲撃は良い案だと思ったのだが、相手がヤクザの組員というまさかの展開で完全に計画が崩れてしまった。
矢財の取り巻きが石田と滝川に手出しできないようにするつもりが、2人がヤクザに目をつけられてしまった可能性があるのだ。
そのため、どうにか組長と面会して『こっちもやり過ぎたかもしれませんけど、そちらも悪いことしてたので、お互い様ってことにしませんか?』といった内容の交渉を行おうと思っていたのだが、案の定門前払いを受けてしまい今に至る。
「すぐにお話ししないと何してくるかわからないからな。だからこそ、今晩中に終わらせたかったんだ」
「ご主人様が過激になってる!」
「カカーカ!」
「いやいやいや、俺は平和主義だよ。平穏に生きたいだけだよ」
「……建物内ノ制圧ガ終ワリマシタ。モウ入ッテモ大丈夫デスヨ」
ウルとシロに「平穏とは……?」と言いたげな表情で見つめられていると、ニアがそう報告してくれた。これでやっと話し合いができるな。
「予定通りシロとウルはここで待っててくれ」
「カー!」
「りょーかい!」
黒マント集団。正確にはマントまで鉄製の黒いゴーレム集団だが、その操作権は全てニアが有しているため、ニアには一緒に来てもらう方が都合がいい。だが、シロとウルは姿を見られると話が逸れそうなのでここで周囲の警戒に当たってもらうことにしたのだ。
ちなみに、クロとリンとカルはお家で留守番中である。ヤクザの別働隊が何かをしようとした際に対応してもらうためだ。
「それじゃあ行ってくるわ。『転移』」
俺がそう言うと、目の前に真っ黒な穴のようなものが出現した。勝手に『転移ゲート』と呼称しているそれは、先ほどまで見下ろしていたお屋敷の門の外と空間が繋がっている。
改めて便利な異能だなこれ。
「えっと、お邪魔しまーす」
そう言いながら堂々とお屋敷の敷地内へと入り、ロープで拘束されているヤクザの組員達の前を通りながら組長らしき人物のいる部屋に入っていった。
ーーーそして、現在の状況へと至ったのである。
「えっと、はじめまして、ですよね?結城幸助と申します」
「うむ、はじめましてじゃな。儂は阿久間定信じゃ」
ぱっと見た印象は優しそうなお爺さんといった感じだが、この人は絶対只者ではない。ここ数ヶ月の濃密すぎる経験からか、目の前の人物がどれほど厄介な存在なのかは何となくわかる。
この人はちょいヤバだ。
「まずは、強引にお屋敷に押し入ってしまい申し訳ございません。今日中にお話をしたくて何度も頼み込んだのですが、入り口で門前払いを受けてしまいこのような方法を取らせていただきました」
「このガキ、自分が何したか解っとんのか!?」
「舐めた真似してくれおって」
「黙れ。お前達は口を開くな」
「……す、すいやせん」
「わかりました……」
背後に控えている2人の男がそう怒鳴りつけてきたが、組長の言葉ですぐに大人しくなった。
疑っていたわけではないが、この老人が本当にこの組の組長のようだ。
「それで、話とは何じゃ?」
「昨晩、あなた方が後ろについていると言う人達と俺の友人が喧嘩になりました。その件についてです」
「その件については儂の耳にも入っておる。お主の要求は何じゃ?」
「多少やり過ぎた感はありますが、昨晩の喧嘩は正当防衛です。ですので、この件はお互い様ということで手打ちにしていただきたいのと、うちの学校の生徒にも今後関わらないでいただきたいです」
俺の横に座る矢財をチラリと見ながらそう話した。
何故こいつがここにいるかは知らないが、どうせ良からぬ関係なのだろう。そうであれば、ついでに矢財とこの組長の関係も切っておいたほうがいい。
「このガキ……」
「舐めやがって……」
俺のあまりにも図々しい要求に組長の背後に控えている男達がこれ以上ないほどの殺気を向けてきたが、気にせず話を続ける。
「俺の要求はそれだけです」
「その要求を飲むことで儂らにメリットがあるのかね?」
「あなた方が手を出してこない限り、こちらから何かすることは決してありません。それがメリットです」
「「なっ……!?」」
俺の返答を聞き、控えている男達が驚いている。
当然か。こんな一介の高校生が手を出さないことを条件にヤクザへ要求を飲ませるとか、中々の横暴だ。
「要求はわかった。その前に、少し目を見せてくれんかの?」
「目を……?はぁ、どうぞ」
意図はよくわからないが、白くて長い眉毛に隠れた組長の目と視線を合わせる。
念のため、何かあってもすぐ逃げられるように座っている座布団の下に『常世結界』への入り口を設置しておいた。ニアもポケットの中で警戒感を示している。術や異能を使われる可能性を考えているのだろう。
「……うむ、わかった。まず少しだけ説明させてもらうが、もともとお主の友人を襲った小僧共は部下が勝手に名刺を渡したことで増長しただけのバカ共じゃ。正確にはこの組の人間ではない。故に、元から儂は報復を行うつもりなどなかった。子供の喧嘩に首を突っ込むほど野暮ではない」
「あ、そうだったんですね」
「それと、そこにおる矢財剛は特別じゃったが、普段は学生相手に関わることも決してしない。リスクが大きいからの」
『嘘デハナイ様デス』
ニアが霊力糸を通してそう教えてくれた。
本当に矢財以外の学生には関わっていないらしい。
「じゃが、改めてここで宣言しておこう。金輪際この組はお主の通う学校の生徒に関わることはしない。また、昨晩のバカ共も儂の組の者ではない故、その喧嘩に関する報復も絶対に行わないと誓おう。これで良いか?」
「あ、はい。それで大丈夫です」
驚くほどすんなりと話はまとまり、鉄製ゴーレム達と矢財と共に、俺は屋敷を後にしたのだった。
◇
「親父!本当にこのままでいいんですか!?あんな高校生に舐められっぱなしで……」
「舐められるも何も、儂らの力が及ばなかっただけだ。それとも、お主ならあの集団に勝てたのか?」
「それは……」
阿久間の決定に異論を唱えた若頭は、部下達を即座に制圧した黒マントの集団を思い出し身を震わせた。
屋敷内にいた200名以上の部下が僅か数分で拘束されたことも驚きだが、なによりも、その全員が無傷で拘束されていた事実に若頭は恐怖を感じていたのである。
組長が暮らし、本部としての設備も備えている屋敷は何よりも重要度の高い施設であるため、そこに待機している組員の練度はもちろん高い。
しかし、そんな彼らを無傷で拘束した黒マント集団の練度の高さはさらに計り知れない。どんな手を使っても勝てないと、若頭は確信していたのだ。
「で、ですが、あの小僧1人ならなんとかなるのでは……?」
「まったく、そんな甘い考えじゃからまだ儂が引退できんのじゃ」
本部長の言葉に対して、阿久間はため息混じりにそう返した。
「黒マントの集団よりもあの少年1人の方が遥かに危険じゃ。くれぐれも余計な真似をするではないぞ。この組を消されたくなければな」
「そ、それほどなのですか?確かにあの集団を率いるカリスマ性と人脈は相当なものだと思いますが……」
「本当にお主は甘いのぉ。儂の勘では、あの少年1人の力でこの組を消せる可能性があると考えておる。それが純粋な武力によるものかまではわからんがな」
「「なっ……!?」」
阿久間の言葉に若頭と本部長は信じられないといった表情を示すが、否定の言葉は口にしなかった。
この組は阿久間の勘によって何度も窮地を脱してきた過去があるため、それがただの勘ではなく確信や未来予知に近いものであると2人も理解していたのである。
「儂は目を見ればその相手がどれほどの死を背負っているかがわかると、昔話したことがあるな?」
「はい。存じております」
「私も、聞いたことがあります」
「死ぬ覚悟を持っているか、死にかけたことがあるか、誰かを死に追いやったことがあるか……今まで生きてきた経験から、相手の目を見ればそれが大まかにわかる」
若頭と本部長はその言葉に静かに頷いた。今話した阿久間の力が事実であると理解しているためである。
「じゃが、あやつの目は……初めて見る目じゃった。死を覚悟している者の目とも、死にかけた者の目ともまた違う。普通の人間の目でもなかった。まるで、死の先を見てきたような、そんな目じゃった」
理解できないものを語るような口調で話す阿久間の言葉に、若頭と本部長は黙って耳を傾ける。
「ようは底が知れんから関わらん方がいいということじゃ。世の中には吠えるだけの小動物もいれば、無害なふりをした化け物もおる。お主達にその区別がつくまでは儂もまだまだ休めんのぉ」
「「す、すいやせん」」
注意と小言の混じった言葉を受けた若頭と本部長は、結城幸助にだけは関わらないようにしようと心の中で誓ったのであった。
少し用事がありまして、明日から4日ほど失踪させていただきます。
誠に申し訳ございませんm(__)m