108話「クロの幻術のクオリティ」
シロからの報告で昼間に石田と滝川を襲おうとした連中がゲームセンターに向かっていることを知った俺は、二度と滝川達に手出しできないようにするための下準備を行なっていたのだが……その間に訳の分からない状況となっていた。
存分に力を見せつけようと思っていた連中が、逆に襲われていたのである。
「それにしても、クロの幻術凄いな」
隣に立つ石田の姿をしたクロを見ながら静かにそう呟いた。
本来の姿である金獅子モードの体格は大きめの自動車くらいあるにも関わらず、普段は普通の猫の姿をしているクロ。前に聞いた時は『世界を騙すことで見た目も大きさも重量も化かしている』とかなんとか言っていたが、とにかく凄い幻術だ。
そして、短時間であればその幻術を別の相手にも施せるらしい。そんなわけで、今の俺は見た目だけでなく声質や体重まで完璧に滝川と同じ状態なのである。もちろん術や異能は問題なく使えるし、クロもこの姿で再現した能力を存分に振るえるそうだ。
「数は10人か。2人でやるにはちょっと少ないかもな」
「儂としてはありがたい。この体にはまだ慣れておらんから、数が多いとやり過ぎてしまう可能性がある」
そんな会話を繰り広げる滝川と石田、の姿をした俺とクロ。
見た目と声は完璧なのに、石田の口調はめちゃくちゃクロだ。まぁいいか。石田の普段の口調も大人びてるから、こんな感じだったかなと思えばこんな感じだった気がする。
「な、なんで滝川達が……?」
「お前達にはひと言言いたいことがあるから、とりあえずそこで待ってろ。いいな?」
「「「「は、はい!」」」」
俺が睨みを効かせながらそう話すと、後ろで縮こまっていた矢財の取り巻き達は背筋を整えてそう答えた。
本来であれば彼らに力を見せつける予定だったのだが、会話の内容的に襲っている連中のほうが凶悪そうなのでそちらからまず片付けることにしたのだ。
「誰だか知らねぇが、ヒーローごっこはよそでやれやぁ!!」
男達の1人がそう叫びながら、石田に扮するクロに思いっきり鉄パイプを振り下ろした。
「ふむ。やはり力加減が難しいな……」
振り下ろされた鉄パイプを易々と掴み、加減できずに握り潰してしまったクロは、グニャグニャになった鉄パイプを見ながらそう呟いた。
「なっ、はぁあ!?」
相手の鉄パイプ男はまだ状況が理解できていないのか、開いた口が塞がっていない様子だ。
「か、囲め!全員で殴りゃいくら力が強くても……」
「儂も武器を使うか、素手では誤って命を奪いかねん」
クロはそう言いながらすぐそばに停めてあった小型ショベルカーのアームをちぎり、素振りを始めた。
まるでパンでもちぎるような感覚でアームをちぎり、100キロを優に超えるであろうアームの一部を軽々と振り回すインテリメガネ。
その異様な光景に、先ほどまで威勢の強かった鉄パイプ男達は誰も近づけずにいる。
「お、おい!止まれ!こっちには人質の女どもが……」
「返してもらうぞ」
「なっ!?……ごふっ!」
「がはっ……!」
「うぐっ……!」
クロに視線を奪われている隙に速攻で近づき、取り巻きの女子達を人質に取っていた男達の鳩尾に弱めの一撃を入れていった。
男達は鳩尾を押さえながら悶絶している。まだまだ力を見てもらう必要があるので、あえて気絶はさせないようにしたのだ。
「えっと、大丈夫か?」
「あ、うん……」
「無事ならあそこにいる男子達のところへ行っててくれ。こいつらは俺達で片付けるから」
「う、うん……」
部室で動画が云々と脅してきたギャルにそう伝え、男子達のところへ避難してもらった。
なんか熱い視線を感じる気がするが、気のせいだろう。
「こっちのやつは速えぇし、あっちのやつは馬鹿力だし、なんなんだよお前らは!?」
「普通の高校生だ」
怯える男達にそう言い放ち、石田改めクロの方を見る。
「ふむ、だいぶ力加減が分かってきたぞ」
「ひいぃっ!」
「ば、化け物だあああああ!!」
クロはショベルカーのアームだけでなく、1トン近くありそうな鉄骨やショベルカー本体を投げ散らかして男達をビビらせていた。
落下の衝撃でズドンズドンと何度も地面が揺れている。
あれはさすがに力を見せつけ過ぎている気がするが、まぁいいか。
「あ、あの……」
「ん?なんだ?」
「ど、どうして助けてくれたんだ?」
手持ち無沙汰になった俺に、取り巻きの男子の1人が怯えながらそう話しかけてきた。
別に隠すことでもないので、脅しの意味も含めて少し脚色しながら答えるとするか。
「本当はもう襲ってこないようにお前らをボコボコにするつもりだったんだけど、逆に襲われてる様子だったからあいつらにターゲットを変えただけだ。まぁ、ただの成り行きだな」
「お、俺達を……」
「ボコボコに……」
悲鳴を上げ、泥だらけになりながら逃げ惑う男達。巨大な鉄骨を引き摺りながらそれを追う石田……の姿をしたクロ。
あの理不尽な力が自分達に向けられていたかもしれないと考えた取り巻き達は、恐怖に身を震わせている。
「とりあえずあいつらは俺達が相手しとくから。お前らはもう帰れ」
「「「「は、はいっ!」」」」
取り巻き達は震えながらそう返答し、自分達の鞄や荷物を拾ってそそくさと帰っていく。
「こ、これ……」
「ん?」
声の掛けられた方に振り向くと、先ほど助けた女子の1人。部室で動画が云々と話していたギャルが小さな紙切れを渡してきた。
「何だこれ、名刺か?」
「あ、あいつら、ここら辺で有名なヤクザの組が後ろについてるって話してたの。そ、その名刺は、後ろについてる組の人の物だと思う。さっきあの男が落としてたのを拾っておいたの」
「……ヤクザが後ろにいるのか」
背筋に冷たい汗を流しながらそう呟いた。
これは、思った以上に厄介なことになってしまった気がする。
こいつらに力を見せつけているのは俺とクロではなく、滝川と石田ということになっている。つまり、ヤクザからの報復があるとしたら俺達ではなく滝川達に向いてしまう可能性が高い。
「こいつらのところにもお話に行かないとな……」
「……!?」
俺の小さな呟きが聞こえてしまったのか、ギャルは目を見開いて驚愕を示していた。
そして、心なしか視線が熱い気がする。うん、気のせいだろう。
「教えてくれてありがとな。ここは危ないから、お前ももう帰れ」
「う、うん……帰る」
何度も振り返って滝川に扮する俺をちらちらと見ながら、そのギャルも帰っていった。
さてと、そろそろ終わらせるとしよう。
「クr……石田。もうあいつらも帰ったから、最後は派手にやろう」
「では少し本気を出すとするか」
「「「「「!!?」」」」」
俺達の言葉に、男達はこれ以上ないほどの驚愕を示していた。
ここまでやって本気ではなかったと知ればそりゃ驚きますよね。
「お主達、死なぬよう気をつけるんだぞ?」
「よいしょっと」
建設途中の骨組みだけのビル。その中でも重要そうな支柱を、俺とクロが次々とへし折っていく。
「う、うわぁああああああああ!!!」
「逃げろぉおおおおおおお!!」
「いやだぁ!死にたくないぃいいいい!!」
10本も折る頃には骨組みのビルは傾き始め、鉄骨や足場を撒き散らしながら倒壊を始めた。
降り注ぐ鉄骨を必死に避けながら、男達は我先にと工事現場から逃げ出そうとしている。
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて」
「ひいっ……!」
「た、たのむ!逃してくれぇ!!」
「死にたくない!いやだぁあああ!」
俺は逃げ出す男達の進行方向へと素早く回り込み、逃げ道を塞いだ。そして背後にはクロ。上からは倒壊するビル。
まさに地獄のような状況だ。すでに諦めてその場にへたり込み、天を仰いでいるやつもいる。
「やっぱり便利だなぁ『常世結界』」
そう呟きながら落ちてくる鉄骨を見上げる。
そう。この遠慮なく破壊しまくっている工事現場は俺が『常世結界』で作り出した空間なのであり、倒壊してくるビルはクロの幻術なのである。
取り巻き達がゲームセンターへと向かっていることを知った俺は、近くの工事現場の入り口に常世結界への入口を設置。
本当はそこへ誘い出す予定だったのだが、自分達で工事現場へと来てくれたので遠慮なくご案内。
空間に出入りする瞬間は沈むような感覚があるのだが、そこはクロの幻術で誤魔化して違和感ゼロ。
そして、クロが破壊しまくっているショベルカーや鉄骨は万が一当たっても怪我はし辛いように表面を柔らかい感触の素材にしてあるという拘り抜いた作りとなっている。
ちなみに、表面は柔らかいが重量感や強度は本物と同等なので、それを軽々と破壊しているクロのパワーも本物だ。『擬似・強化』とかを使っているらしい。
「にしても、クロの幻術のクオリティ凄いな」
そんなことを考えているうちに、目前まで迫って来たまるで本物のような見た目の鉄骨や金属の足場。
「ク……石田」
「うむ。これで終いだ……『擬似・悪夢』」
「「「ぐっ……!」」」
「「「がっ……!」」」
降り注ぐ鉄骨の幻が男達に直撃する瞬間。クロが再現した異能を発動すると男達は全員意識を失った。
クロが再現した『悪夢』という異能は、その場の出来事を強烈なトラウマとして植え付ける効果があるらしい。そして、これによって植え付けられたトラウマは『悪夢』の使用者が設定した行動をとると強制的に呼び起こされるようになるそうだ。
戦闘にはあまり使えないが、こういった場面では凶悪すぎる異能だな。
「ちょっとやり過ぎたかも知れないけど……とりあえず一件落着だな」
クロの幻術と『常世結界』の組み合わせでどれだけのことができるのかの検証も兼ねていたのだが、少しやり過ぎた気がする。
あまりにも色々でき過ぎて調子に乗りました。
「これで廃人とかになってたら、めちゃくちゃ後味悪いな……」
「そこは問題ないはずだ。軽く調べた感じでは誰も心は壊れていない。それと、今回のトラウマは理不尽な暴力や恫喝を行うことで蘇るように設定した。だからこそ、普通に過ごしていれば今回のトラウマを思い出すこともないはずだ」
「普通に過ごしてれば、か」
恫喝や暴力を普通に行っていそうな人達だから、きっとこれからも今回のトラウマを思い出すような気がする。
だが、これでこの人達は真っ当な人生を送るはずだ。というより、そんな人生しか送れないはずだ。うん。がんばって生きてほしい。
「さてと、それじゃあさっさと片付けて帰るか」
「今晩は暖かい。そこらに捨て置いても風邪はひかんだろう」
クロとそう話しながら常世結界を消し、気絶した男達を近くの公園のベンチに寝かせて帰宅したのだった。
結局ボコりましたけど、鳩尾に優しめの一発だけですから。ボコではありますけどボコボコではないですから……異論は認めます。




