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異世界転生…されてねぇ!  作者: タンサン
第六章「番長編」
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106話「鬼ごっこしよー!」




 ボクシング部の部室での一件があった後。矢財達はとある2人の人物を尾行しながら大通りを歩いていた。


「矢財くん、ほ、本気でやるの?」

「当たり前だ!このまま黙って引き下がれるわけねぇだろうが!」


 弱気な取り巻きの1人を怒鳴りつけながら、矢財は睨みつけるような目で尾行を再開した。

 ちなみに、矢財はズボンだけを体育用のジャージに着替えているため、上は制服で下半身はジャージという少しアンバランスなファッションとなっている。


「持田くんと幅田くんは、連れてこなくてよかったんですか?」

「あいつらは無駄にデケェから尾行には向かねぇだろうが!少しは考えろ!」


 取り巻きの1人が口にした疑問にそう怒鳴り返すが、矢財の苛立ちはおさまらない。

 幸助への敗北と自身の失禁。この2つの事実による怒りは、そう簡単には解消されなかった。


「そういや、堅と大のほうはどうなってるんだ?」

「結城の妹がよく遊んでる公園にもうすぐ着くみたいだけど……でもさ、流石に子供に何かするのは……」

「うるせぇ!ちょっとビビらせるだけだ!」


 黒美和の言葉にそう返した矢財は、隣にいた取り巻きの男子生徒に確認を取る。


「本当に近くに結城はいないんだろうな?」

「たぶんいません。俺達を付けているやつも見当たらないです」

「わかった。それじゃあ、あいつらがひと気のないところに行ったらボコるぞ」


 部室で幸助に見せつけられた圧倒的な力の差。それを最も近くで目の当たりにした矢財は心が折れかけたが、僅かに残っていたプライドでなんとか自身を奮起させていた。

 そして幸助自身に直接手を下すのは不可能だと考え、彼の周囲の人物に被害を与える方向へと考えを切り替えたのである。


「結城が生意気な態度を取れば周りの奴らが傷つく。そう理解させればあとはこっちのもんだ。力じゃ勝てねぇかもしれねぇが、動かせる人数はこっちの方が多いんだよ」


 完璧な計画に勝ち誇った表情を見せる矢財。共に尾行を行う取り巻きの男子4人と黒美和を含む女子3人。

 そして、電線の上で羽を休めながらその光景を見ていた数羽の黒いカラス。

 すでにこの街の全域が1羽の白いカラスと1台のスマートフォンの監視下にあることなど、彼らは知る由もなかった。







 幸助の家の近くにある公園では、残念そうな表情のリンとキャッキャとはしゃぐリンと同じ年頃の女の子。そして、ボロ雑巾のように倒れ伏した2人の男子高校生がいた。


「リンちゃんすごーい!」

「ぜんぜんすごくないよ。このお兄ちゃんたちが手加減してくれただけー」

「はぁ、はぁ、手加減なんて……して、ねぇ……」

「手、痛い……もう、やだ……」


 遡ること30分ほど前。

 矢財から幸助の妹を怖がらせろという命令を受けていた持田と幅田は、重い足取りで幸助の家の近くにある公園へと向かっていた。


「こ、これって、よくないことだよね……?」

「うるせぇなデブ!今更だろうが!」


 幸助に負けた悔しさと不服な命令を受けた怒りを幅田にぶつけながら、持田は公園内へと歩みを進める。


「チッ、面倒な命令だぜ……」


 そうぼやきながら舌打ちをする持田の表情は少し複雑だった。矢財の命令とはいえ、まだ幼い女の子を怖がらせるなど持田も行いたくはないと思っていたのである。

 しかし、矢財の財力と人脈によって今まで美味しい思いをしていたことも事実。

 彼の理不尽な命令に従う義理は充分にあったため、持田は仕方なく今回の命令を実行しようとしていた。


「ガキが2人いるな。どっちが結城の妹かわかるか?」

「ごめん、わかんない……」


 公園のベンチで髪飾りを見せ合う白髪ロングの少女と黒髪短髪の少女。普通に考えれば黒髪の少女である可能性が高いが、どちらも違う可能性もあった。

 だが、そもそもこの命令に乗り気ではなかった持田は早く終わらせようと声を張り上げる。


「おい!結城の妹ってのはどっちだ!?」

「……私だよー!」


 白髪の少女は電線の上にチラリと視線を向けた後、手を挙げてそう答えた。


「そっちかよ。おいガキ、お兄ちゃん達が少し遊んでやる」

「り、リンちゃん……なんかこの人たち、怖そうだよ……」


 持田の威圧感ある表情と体格に、リンと一緒に遊んでいた少女は怯えながらそう呟いた。

 それと同時に公園内の木陰から微かな殺気が放たれたのをリンは感じ取ったが、特に気にせず会話を続ける。


「ちーちゃんはここで見ててっ。それじゃあ鬼ごっこしよー!」

「鬼ごっこ……まぁいいか。少し遊んでやるよ。俺が鬼役でいいぜ」

「わかったー!」

「じゃ、じゃあ、僕も逃げるね」


 すぐに幅田も鬼にして、2人で少し怖がらせるように追いかければ簡単に泣くだろう。

 そう考えていた持田は鬼役を選び、その考えを察した幅田は逃げる役を選んだ。


「10数えてからおいかけてねー!」

「わかったからさっさと逃げろ」

「ぼ、ぼくも逃げるねっ」


 それが、2人にとっての地獄の始まりだった。


「捕まえ……だぁ!?」

「おそーい」


 公園の端に追い詰めるも、ボクシング部のエースである持田の動体視力を易々と騙すほど巧みなフェイントを入れられ、脇を抜けて逃げられる。


「これで……はぁ!?」

「おそーい」


 次は脇を抜けられないように公園の角へと追い込むが、180㎝を超える持田の頭上を軽々と飛び越えられ、再び逃走を許してしまう。


「っていうか……そもそも速すぎだろ!」


 そして、直線の追いかけっこでは何馬身差かと思うほど距離を広げられ置いていかれる。


「なんなんだこいつは……」


 そうぼやく持田は生まれ持った肉体の性質上、瞬発力が非常に高い筋肉を有していた。

 それこそ、普段は持久力強化を中心としたトレーニングを行いながらも、陸上部の短距離走選手に匹敵するほどの瞬発力を有しているのである。

 しかし、そんな恵まれた肉体を持ってしてもリンを捕らえることは叶わない。


「マジで……なんなんだよ……」


 角へ追い詰めても軽々と逃げ出され、単純な足力は圧倒的に及ばない。

 そして幅田は遅すぎて全く役に立たない。

 なにより、自分よりもはるかに小さな少女に惨敗するという事実は、持田の心を折るのに充分すぎる要素であった。


「もうおわりー?」

「ぐっ……」


 約20分後。ほぼ全力で駆け続けた持田にはもう立ち上がる力すら残っておらず、地面に横たわるその姿を見下ろす少女は息ひとつ切れていない様子であった。


「つまんなーい」

「ぐっ……」


 リンの一言がトドメとなり、持田は立ち上がる気力すらも完全に失った。


「……そ、それじゃあ、べ、別の遊びをしようか」

「別のあそびー?」

「て、手押し相撲とか、どうだい?」

「手押しずもう?」

「お、お互いに立ったまま、手の平を、こう、押し合うんだ」

「おもしろそー!やろやろ!」


 持田がもう限界だと察した幅田は、自分が圧倒的に有利な遊びを提案して勝負を挑むことにした。

 体格と筋力だけが取り柄の幅田にとって、持久力と瞬発力が重視される鬼ごっこではリンに触れることなど不可能だと理解していたのである。


「リンちゃん、こんな大きな人と手押し相撲なんて危ないよ。怪我しちゃうよ……」

「だいじょぶだよ!ちーちゃんは見ててっ」


 そう言いながら、定位置でなんの駆け引きもなく無防備に両手を突き出すリン。

 その姿を見た幅田は、罪悪感に胸を締め付けられながらも矢財の命令を実行するために気を引き締めていた。


(ちょっと押して、転ばせれば、きっと泣くよね……なっ!?)


 そう思いながらリンと手の平を合わせた瞬間。幅田は本能的に背筋が凍るのを感じた。


(本気でやらなきゃ……死ぬ!)


 本能的にそう感じとった幅田は、持てる力の全てを振り絞ってリンの両手を押し込んだ。

 

「うおぉぉおおおおおお!!」


 身長差約60センチ。体重差5倍以上。

 勝敗は誰が見ても明らかかに思われたが、幅田が赤面するほど力を入れているにも関わらずリンは微動だにしない。


「おー、ちょっと力持ちだー!」

「えぇっ!?なんで!?び、びくともしない!!」


 単純なリンの膂力だけでなく、その圧倒的体格差によって斜め上から力を加えられていたためにこの異常な光景が生まれていたのだが、幅田にはそんなことを考える余裕などなかった。


「う、うぉぉぉおおおおおおお!!」

「すごーい!さっきより少し強くなったー!」


 腕や顔に血管を浮き上がらせながら力を加える巨漢と、笑顔のままそれを受け続ける少女。

 唯一の取り柄であった力がこんな小さな少女にすら通用しない事実に、幅田の自信はみるみる削られていく。


「それじゃあリンも力入れるね」

「えっ……?」

「どーん!」

「うぐぁああああ!!」


 まるで走行中のトラックに衝突したかのような衝撃を両手の平に受けた直後。ボールのように宙を舞った幅田は遅くなった時間の流れの中で思考を巡らせていた。


(『力を入れるよ!』って……さっきまで全然、力入れてなかったんだ……)


 ちなみに、術や異能なしで純粋な力比べを行った場合。幸助よりも金獅子モードのクロのほうが僅かに力は強い。

 だが、そんなクロよりもリンのほうが遥かに力は強かった。

 2本の刀を弾丸すら超える速度で軽々と振り回すリンの膂力は、知らず知らずのうちに結城家の誰も敵わないほどにまで昇華していたのである。


「リンちゃんすごーい!」

「えっへん!」


 リンの勇姿にテンションが上がり、きゃっきゃとはしゃぐ黒髪の少女。

 倒れたまま一部始終を目にしており、唖然とした表情で固まる筋肉質な男。

 体よりも心へのダメージのほうが遥かに大きく、その場で項垂れる巨漢。

 その全ての光景を木陰から驚愕の表情で見守っていた黒髪少女の護衛の女性。

 そして、電線の上からその全員の動向を静かに眺めていた白いカラス。


「かったぞー!」

「リンちゃんかっこいいー!」


 様々な者達の様々な感情が入り乱れる公園内で、リンと黒髪少女の元気な声だけが響いていたのだった。





 リンの握力はさらに強力です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自身が絶対に歯向かうのは不可能なほど強い相手と認識したのならば、そいつの大切な周りの人間に危害を加えられたら普通に考えて「ちょっかいを出して来なくなる」ではなく百倍返しで今度こそ殺され…
[一言] 最後はおままごと強制参加で更に精神ダメージを食らわせばバッチリだと思う。笑 護衛が居るって…どこのお嬢様?
[一言] 腕相撲か指相撲やってたら骨折待ったなし!
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