104話「皮膚で覆われた鉄の塊」
「えっと、失礼しまーす」
「……噂をすればってやつか」
俺が入室すると同時に、奥にあるソファーに腰掛けていた一人の生徒が怒気の混じった視線を向けながらそう呟いた。
おそらく、あれが矢財だろう。なんか偉そうでリーダーっぽい。
「8、9、合計で10人か……」
女子3人に男子7人。1人はボクシング部員のようだが、他は学生服を着崩してくつろぎながら雑談でもしていたのだろう。
そういえばボクシング部のエースが取り巻きにいると聞いたので、ここにいる全員が矢財とその取り巻きのようだな。
『少なくとも術者はいないか』
『ソノヨウデスネ』
『誰も反応してないねー』
霊力糸を介してニアとウルとそんな会話をした。
入室と同時に複数の霊力糸をブンブン振り回してド派手な登場を決めたのだが、驚いたやつは一人もいなかった。つまり、霊力糸の見える術師はこの中にいないのだろう。
理事長からの情報で矢財グループには異能者も術者もいないと聞いてはいたのだが、念のために確認したのである。
「おい、部外者は立ち入り禁止だ。入部希望じゃないなら帰れ」
俺がそう思いながら振り回した霊力糸を消していると、グローブをはめたボクサー男が近づきながらそう言ってきた。
腕が丸太のように太く、体格も相当良い。明らかにこいつがボクシング部のエースだろうな。
「立ち入り禁止なのに部外者が結構いるように見えるけど」
「あいつらは俺のダチだ。だから居ていい」
「いやいや、明らかに部活動の妨げになってるでしょ」
「部外者が余計な口出し……」
「堅、ストップストップ」
ボクシング男がグローブを外して胸ぐらを掴もうとしてきた瞬間。それをひとりの生徒が止めに入った。
「はじめまして、だよな?俺は矢財剛だ」
「あ、どうも。結城幸助だ」
やはりこいつが矢財か。優しそうな笑みを浮かべながら近づいてきたが、目の奥は笑っていない。何かを企んでいる嫌な雰囲気だ。
「友達に何か言われて注意しにきたのか?それとも、先生方かな?」
矢財が探るような視線を向けながらそう問いかけてきた。
ここで理事長や校長先生の名前を出すのはマズイだろう。ややこしくなりそうだ。
それならば……
「……この学校の番長である俺の許可なしに好き勝手してるようだったから、少し注意しにきただけだ」
番長であるという宣言も兼ねつつ、注意しにきた理由も誤魔化す。うん、ベストな返しだったのではないだろうか。
「番長か、ダセェ呼び方だが、なるほどな……」
矢財は平然とした表情を保っているが、声色に僅かな怒りを感じる。俺の番長発言に気を悪くしたのだろう。
あと、番長呼びってダサいの?古いかもしれないけどダサくはなくない?
「それじゃあゲームでもしないか?」
「ゲーム?」
「ここにいる堅とスパーリングして、3分間立っていられたらお前の勝ちだ。もちろん堅は本気を出さないし、時間が経つまで逃げ回ってもいい。腕に自信があるなら倒してもいいぜ」
「倒してもいいぜって……」
本気を出さないなんて言葉はまず嘘だろうし、ボクシング部のエースを倒すなんて普通の学生にはまず無理だ。かと言って3分間逃げ回るのも難しいだろう……普通ならね。
「それじゃあ、3分間立っていられたらもうこの部室を溜まり場にしないって誓えるか?」
「ぷっ、マジでやる気かよ!いいぜ、番長さんが立っていられたらもうこの部室を溜まり場にはしねぇ。堅!」
「……おら、これつけろ」
そう言いながら、ボクサー男がグローブとヘッドギアを投げ渡してきた。
「つけたらリングに立て。始めるぞ」
制服を脱いで上はシャツだけになり、グローブとヘッドギアをつけ、指示に従ってリングへと上がる。
グローブをつけるのは初めてだったが、マジックテープでとめる練習用のものなので一人で問題なくつけられた。
そういえば、ディエスとの訓練では素手で殴り合っていたな……お互いほぼ無傷だったけど、冷静に考えるとあれは異常な光景だった。
「そんじゃあ、このルイちゃんが審判を務めさせてもらいまーす!」
矢財の取り巻きのギャルが審判役らしい。不安しかない。
「よーい、ドン!」
それボクシングの開始合図じゃないだろ。と思った直後、鋭い拳が俺の顔面に放たれたのであった。
◇
(全然倒れねぇ!クソがっ!どうなってんだよ!?)
隙だらけの構えで一歩も動かず耐え続ける目の前の存在を見ながら、怒涛のラッシュを叩き込む持田は心の中でそう叫んでいた。
「持田くん、いけー!」
「押してる押してる!」
(何が押してるだド素人共が!押されてんのはこっちだよ!)
見当違いな外野からの応援に心の中で悪態を突きながら、ダメージを受けている様子のない幸助を見やり苦悶の表情を浮かべていた。
拳を振い続ける持田とそれを受け続ける幸助。
側から見れば持田の圧倒的優勢に見えるが、実際は真逆の結果を表していたのである。
(クソがっ!こいつを倒す前に俺の拳がイカれそうだっ!)
まるで皮膚で覆われた鉄の塊を殴っているような感触に、持田は拳を叩き込むたびに激痛を感じていた。
そして、この引くに引けない状況下で振い続けていた持田の拳は、すでに限界を迎えていたのである。
「いい加減、倒れやがれぇ!!」
もう自分の拳が長くは保たないと判断した持田は、渾身の力を込めた右ストレートを突き出す。
(決まった……!)
力の溜め、腕の伸び、重心移動、拳の握り具合。その全ての要素が絶妙に噛み合い、持田は自身のボクシング人生の中で最高とも言える一撃を放った。次の瞬間ーーー
「あ、やっちゃった……」
ーーーそれを紙一重でかわされ、気の抜けた声と共に飛んできたカウンターが顎に当たった直後。持田の意識は途絶えたのだった。
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