103話「番長業務をがんばる」
俺が番長になることを決意したあと、『転移』の異能はすぐに手に入った。
「まさか校長先生が異能者だったとは……」
「詳しい条件は言えないですけど、その異能が見れればコピーはできると思います」と習得条件を濁しながら話したところ、すぐに校長先生が自宅まで空間を繋げてメロンソーダを持ってくる瞬間を見せてくれたのである。
つまり、校長先生が『転移』の異能者だったのだ。
「でも、理事長の『意識の方向を変える』能力は手に入らなかったな……」
俺の習得能力の条件を知らなかったからこそ、理事長は目の前で能力を見せてくれたのだろう。だが、それを習得することはできなかった……。
「意識を逸らされていたから情報が足りなかったのか、異能とは異なる能力なのか、理事長が人ではないのか……か」
そういえば、俺には効きづらいとも言っていたな。それも習得できなかった要因なのかもしれない。
「理事長の能力があれば平穏な生活が手に入ると思ったんだけど、そう簡単にはいかないか……とりあえず、先払いで報酬は貰っちゃったから番長業務をがんばるとしよう」
ちなみに、リンの入学は手続きが大変らしいので、少なくとも夏休み以降になると言われた。それまでにある程度勉強を教えておかなければならなそうだ。
『あっ!あれが部室棟じゃない?』
ウルの声に顔を上げると、各部活の部室が集まっている部室棟が見えてきた。
なぜここに足を運んだのかというと、早速番長の仕事を果たすためである。
『ご主人様の番長デビュー戦だね!』
「いやいや、戦うつもりは一切ないから。ただ話に行くだけだから」
今回の目的は、ただちょこっとだけ注意をするだけである。
理事長の情報ではボクシング部のエースが矢財に従っているらしく、そのせいでボクシング部の部室が矢財グループの溜まり場と化しているらしい。なので、まずはそれをどうにかしてほしいと頼まれているのだ。
「溜まり場をどうにかしないとボクシング部員が可哀想だから、なるべくなら今日中に解決できればいいんだけど……」
『難シイデショウネ。聞キ分ケガ良ケレバ、先生方ガ解決シテイルハズデス』
「そうだよなぁ……」
先生方も何度か注意をしているのだが、ほとんど効果がないらしい。
『友達の部活動が終わるのを待っている』という体で部室を溜まり場にしているらしく、何度注意して帰らせても次の日には集まっているそうだ。
「部室に部外者が入ること自体は正当な理由があれば校則違反じゃないから、そう誤魔化されると注意は難しいんだよな」
『上手ク言イクルメテキソウデスネ。デスガ、マスターガ少シ話セバ大丈夫ダト思イマス』
『私も大丈夫だと思うよー!ご主人様との話し合いで敵う相手とか、この学校にいないでしょ』
ニアとウルの考えている話し合いのニュアンスは少し違う気がするが、気のせいだろう。俺はちゃんと言葉で話し合うつもりですよ。
「とうとう着いてしまった……」
そんな話をニアとウルとしているうちに、複数人の話し声が聞こえるボクシング部の部室の前へと到着したのだった。
◇
「クラスでは地味なグループに所属。成績は中の上。実家は普通の家庭で今は妹と2人暮らし……なんだこの情報は!?お前ら真面目に調べる気あんのか!?」
「す、すいませんっ」
部室棟にあるボクシング部の部室。
そこでは、期待していた情報を何一つ集めてこられなかった取り巻きに怒鳴りつける矢財剛の姿があった。
「俺はあいつがどうやって葛西を屈服させたのかを知りてぇんだ!あんなヒョロガリが葛西を倒せるなんてありえねぇ、絶対に何か弱みを握っているはずだ」
そう叫びながら、矢財は3年前に受けた屈辱を思い出す。
まだ中等部の1年生だった頃。月野アカリと雫を口説いて振られ、諦めきれず無理矢理連れ回そうとした際、駆けつけた葛西から殴り飛ばされた記憶。
その後、取り巻きの連中を集めて復讐に走ったが返り討ちに遭い。親の力で退学に追い込もうとしたが学校には取り合ってもらえず。
そうこうしているうちに葛西グループの規模が手を出しづらいほど大きくなり、3年間苛立ちを抱えたまま過ごしていたのである。
「結城幸助……あいつは俺が狙ってたこの学校のトップの座を手に入れただけじゃなく、月野姉妹や水上潤叶、花園リサとも親しくしてやがる。絶対に何か裏があるはずだ」
自身が敵わなかった相手を屈服させ、自分が手に入れたかった地位を手に入れ、狙っていた女生徒とも仲のいい存在。
葛西へ向けられていた怒りと憎しみは、いつの間にか幸助へと向けられていたのだった。
「でもちょうど良かったんじゃね?葛西相手にするよりヒョロガリのほうが遥かに楽そうだし、そいつボコって秘密聞き出せば葛西の弱みも握れんじゃん」
矢財にむけてそう発言したギャルは、高等部1年の『黒美羽ルイ』。
有名なSNSでそれなりの人気を得ている投稿者であり、校内でも相当な発言力がある女生徒である。
「俺はヒョロガリだろうが葛西だろうが、誰が相手でも負けるつもりは……ない!」
サンドバッグがくの字になるほどの右ストレートを叩き込みながらそう話したのは、『持田堅』。
まだ高等部1年でありながらボクシング部のエースを務める実力を持ち、全国大会出場確実と言われるほどの逸材だ。
「ぼ、ぼくは今まで通り、矢財くんの言うことに従うよ。矢財くんの言う通りにしていれば、う、うまくいくから」
縦にも横にも大きな体を縮こめながらそう話したのは、高等部1年の『幅田大』。
高等部1年にして身長は2メートル近くあり、体重は150キロを超える校内一の巨漢である。
「ふっ……まぁ、お前らがいれば何があっても大丈夫か」
取り巻きの中でも特に信頼を寄せている3人からの頼もしい言葉を聞き、矢財はわずかに溜飲を下げた。
矢財の取り巻きは相当な人数にのぼるが、小学校からつるんでいるこの3人だけは別格として扱っているのである。
「それに万が一、結城が何か妙なことをしてきても、俺には新しいオトモダチもいる。3年前は親の力でもどうにもできなかったが、今回はそうはいかな……ん?」
自信を取り戻した矢財は不敵な笑みを浮かべながらそう話していると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「誰だ……?」
話を中断させられた矢財が、わずかな怒りを滲ませながらそう呟いた。
矢財の取り巻き以外にこの部室へ寄ってくる生徒はおらず、取り巻きの生徒の中にもわざわざノックして入室してくる者はいない。さらに、注意に訪れる教師もわざわざノックして礼儀正しく入室はしてこない。
そのため、部室の扉がノックされるという普段は起こらない現象に、室内の全員がわずかな警戒を示したのである。
「えっと、失礼しまーす……」
そして、扉をノックした張本人がゆっくりと入室してきたのであった。
前話の後書き(番長って、ふ、古いんですね……)についてたくさんのご意見とご感想をいただき、本当にありがとうございます。
自分は古い人間じゃない!令和に生きる現代人だ!と思っていた時期が私にもありました。
そして誤字脱字のご指摘も本当にありがとうございます。




