102話「……番長、やります」
「あ、警戒しないでねっ!僕らは君達の敵じゃないよ」
俺の警戒を察したのか、理事長が慌ててそんなことを言ってきた。
だが、それでも警戒は解かない。ニアとウルもわずかに緊張しているようだ。
「理事長。急にそんな話をすれば警戒するのも当然かと」
「たしかにそうだね。説明を省いちゃうのは僕の悪い癖だな……」
「正しくは、『重要な説明を省いちゃう』ですね。不要な説明は長いです」
「辛辣!」
校長先生はそう言いながら、いつの間にか用意されているペットボトルのメロンソーダを自分のグラスに注いでいる。
どこから取り出したんだこの人。
「それでは、不要な説明の長い理事長に代わってここからは私が説明しましょう」
校長先生はそう言いながらメロンソーダを飲み終えると、隣に座っている理事長に空のグラスを渡して姿勢を整えた。
おかわりを注いでこいという意味なのだろう。そして飲むの早いな。
「まずは、そうですね……結城くんはこの学校がおかしいと感じたことはありませんか?」
「おかしいと感じる、ですか?」
「たとえば、結城くんと同じ学年には異能者である葛西くんや月野さん姉妹、陰陽術師である水上さんもいます。中等部には精霊術師である潤奈さんとアウルさんもいらっしゃいますね。ひとまず、結城くんが把握している異能者と術師はこんなところでしょうか?」
「!!」
俺とソージだけじゃなく、水上さん達や雫さん達のことまで完全に把握しているのか。
「そんな特別な力を持った人達が偶然集まるなんておかしいと思いませんか?むしろ、意図的に集められたと考えるのが自然です」
「確かに、そう思います」
言われてみれば明らかにおかしい。これが偶然だとしたら異常だ。
漫画やアニメの見過ぎで能力者同士は引かれ合うものだと勝手に思い込んでいた。
「少し話は変わりますが、結城くんはこの学校の名前を知っていますか?」
「もちろん知ってますよ。学校の名前くらい……」
……ん?毎日登校時に校門に刻まれた学校名を見てるのに、校内にある備品や掲示物でも何度も目にしているはずなのに、全然思い出せない。最初の文字すら出てこない。
「生徒手帳を見ても大丈夫ですよ」
「すみません、失礼します」
生徒手帳の表紙にはこの学校の名前が大きく記載されている……はずなのだが、見つけられない。なんだこれ?奇妙な感覚だ。
「これが僕の能力なんだよ。中々凄いでしょ」
俺が驚いていると、コーラを注ぎ終えた理事長がそう言いながら戻ってきた。
聞くと、理事長には『意識の方向を変える』という能力があるらしく、この学校に通う生徒を守るために常に能力を発動しているらしい。
「この能力を使って、特別な力を宿した子達はこの学校に通いたくなるように意識を向けて、それらの力を悪用しようとする人達はその子達から意識が逸れるようにしているんだよ」
「それは、凄い能力ですね」
どれぐらいの範囲に効果があるのかはわからないが、少なくともこの学校の周辺程度の広さではないだろう。
下手すると道内全てかもっと広大な範囲に効果がありそうだ。
「結構便利な能力なんだけど細かな調整が大変でね。学校の名前や僕の名前からも意識から逸れたりするんだ」
「理事長の名前……」
本当だ。ついさっき聞いたはずなのに全然思い出せない。というか、意識が逸れてちゃんと聞けていなかった。
「あと、意識を逸らすのにも限界があってね。何年もかけて入念に探されたらさすがに逸らしきれないし、そもそも自分から関わろうとした場合は守りきれないんだ」
理事長曰く、雫さん達が異能組織に見つかったのは相手の探索能力が高かったためであり、潤叶さん達の邪神の心臓の件や千年将棋の件は自らの意思で関わったために防げなかったそうだ。
というか、この人達今までの出来事全部知ってるんだな。
「ちなみに、結城くんのご家族のことまで把握している理由は理事長の能力が効きづらかったためです。その理由を知るために結城くんを調べている過程で、不思議な力を持ったご家族がいることを知りました」
「なるほど、効きづらいとかあるんですね……それで、俺に能力が効きづらい理由はわかったんですか?」
「残念ながらわからなかったよ。ただ、存在の力?みたいのが大きい対象にはもともと効きづらい能力なんだよね。例えば、富士山から意識を逸らして隠すとかもやろうと思えばできるんだけど、結構大変なんだ。結城くんに効きづらいのもそんな感じかな」
「なるほど……えっ?富士山?」
さらっと聞き流してしまったが、俺の存在の力は富士山クラスらしい。これは絶対神様の影響だろう。
というか、理事長の能力相当凄いな。
「結城くんがトラブルに巻き込まれやすいのは理事長の能力によって隠しきれないためだと思われます。理事長の頑張り不足で申し訳ありません」
「いや、僕の代わりに謝っておきましたみたいな顔で勝手に謝らないでもらえるかな。あと僕も頑張ってるんだよ?効きづらいだけで効いてないわけではないから、僕の能力がなかったらもっとたくさんのトラブルに巻き込まれてたからね?」
「ま、マジですか……」
理事長の話を聞いてゾッとした。
入学してからの僅か3ヶ月足らずでこんなにも様々なトラブルに巻き込まれているのに、本来ならもっと多かったなんて冗談じゃない。
理事長には感謝だな。
「それにしても、どうして特別な力を持った生徒を集めているんですか?」
「ふふふっ、それを話すのはちょっと長くなるんだけど……」
「理事長はご自身の能力のせいでちゃんと学校に通えず、青春を謳歌できなかった寂しい過去があるんです。そして、自分たちが持つ力のせいで似たような悲しい思いをして欲しくないと考え、この学校を建てて特別な力のある子達を集め、普通に学校に通って青春を謳歌できる環境を作っているんですよ」
「ちょっ、実際のエピソードも混じえてドラマチックに語ろうと思ってたのにっ!」
「要点を得ない年寄りの長話は青春に不要です」
「辛辣!」
さり気無くニアに確認してみたが、今の校長の話も理事長の反応も嘘は言っていないようだ。
本当に善意だけで生徒達のためにがんばっているんだな。疑ってしまい申し訳なく思う。
「まぁ、あくまでも僕の経験則なんだけど、特別な力を持つ人間が普通の人生を送るのはとても難しいことでね。生まれながらにしがらみを抱えていたり、その力を狙う人達から追われたり、大変な人生を送る人が大半なんだ」
理事長が少し悲しげな表情でそう語りだした。
水上家の次期当主の座を期待されている潤叶さん。異能組織から追われている雫さん達。そして、その全ての出来事に巻き込まれている俺。
今の理事長の話には納得しかない。
「どんなに厳しい運命を背負っていても、せめて学校生活だけは子供らしく青春を謳歌してほしいと思ってね。そんな思いから僕はこの学校を建てたんだよ」
「同じ結論の説明を私がしましたよ?」
「僕の口からちゃんと言いたかったの!」
仲良いなこの2人。校長先生はずっと無表情だが、明らかに楽しんで理事長をからかっているのがわかる。
とりあえず、今までの会話からは何かを企んでいる感じや悪意を感じなかったので本当に良い人たちなのだろう。
「そういえば、どうやって俺のことや今まで起きた出来事まで調べたんですか?」
「それはもちろん、見てたからね」
「見てた、ですか?」
「うん。つどーむの客席で結城くんの神前試合も見てたし、異能組織の一件で相手の異能者を裸にするのも見てたよ。宿泊レクリエーションでの戦いはさすがに危なかったから、いつでも結城くん達を抱えて逃げられるようにすぐ近くにいたね」
「ええっ!?」
「結城くんには確かに効きづらいけど、集中すれば僕と彼女の存在を意識から逸らすくらいはできるのさ。こんなふうにね」
「なっ……!?」
直後、目の前のソファーに座っていた理事長と校長先生が消えた。というか、認識できない。
目の前にいる気はするのだが、見つけられない。近くにあるはずの探し物が見つからないような奇妙な感覚だ。
「という感じだね」
「……本当に凄い能力ですね」
再び認識できた理事長の言葉にそう返しながら驚愕の表情を浮かべる。
これは確かに、近くで見られてても気付かないわけだ。
「念のために言っておきますが、理事長の私物にはGPSを仕込んでおりますので、自宅に侵入して情報を集めるような違法行為を行なっていないことは私が保証します。必要でしたらここ3ヶ月間の理事長の行動記録もお渡ししましょう」
「えっ、ちょっとまって?いつの間にGPSとか仕込んでたの?全然聞いてないんだけど」
「服と靴、スマホと財布、鞄と車に1個ずつ。他の場所は言えません」
「思った以上にたくさん仕込まれてる!」
とりあえず行動記録は断っておいた。
家には悪意に反応する結界を張ってあるので、そもそも悪い人は侵入できない。
でも一応、帰ったら探知系の結界も張っておこう。
「さ、さてと、結構話が逸れちゃったから本題に戻ろうか。結城くんはこの学校の番長の座に興味はないかい?番長として学校を統べるというヤンキー漫画の主人公のような青春を味わってみないかい?」
「正直、興味ないです」
興味がないどころかなるつもりは全くない。俺の『平穏に生きたい』という目標とは真逆の地位だ。
「も、もちろん報酬は用意してあるよっ!」
「報酬ですか……?」
大金とかだったら、少し心が揺らいでしまうかもしれない。
「教育者だから、こういったお願いに金銭は渡せないけどね」
「あ、そうですか」
お金じゃないのか、なら無理だな。
「絶対断ろうっていう顔してるけど、お金よりも相当貴重な報酬だと思うよ。まず最初に聞きたいんだけど、結城くんって何かしらの方法で術とか異能とかコピーできるよね?」
「……そこまで知ってるんですね」
まぁ、神前試合やディエスとの戦いを見てたならバレててもおかしくはないか。
「コピー条件までは流石にわからなかったけどね。でも、もしもコピー対象に悪影響のない条件なのだとしたら、便利な異能をコピーさせてあげられるよ」
「便利な異能ですか?」
「僕達が『転移』って呼んでいる異能でね。実際に訪れた場所を3箇所まで設定できて、その設定した場所に繋がる空間の穴をどこからでも出現させて移動できる。っていう異能だよ」
「便利!」
なんだその超絶便利能力!東京とかに設定しておけばいつでも遊びに行き放題じゃないか。
「ちなみに、地球上での距離制限はないみたいだよ。ブラジルに設定して実験した時も、日本から問題なく空間を繋げられたからね」
「す、凄く便利ですね」
それって、誰もが一度は夢に見たことがある"どこで◯ドア"じゃないですか。めちゃくちゃ習得したいです。
「それと、報酬はもう一つ用意してあるよ」
「も、もう一つですか?」
『転移』だけでも心が揺らいでいるのにもう一つなんて……内容次第では番長もやぶさかではないかもしれない。
「まぁ、これは報酬というより提案みたいなものなんだけど……結城くんの妹さん。リンちゃんを学校に通わせる気はないかい?」
「それは、凄いあります」
リンは戸籍上、今年で11歳ということになっている。つまり、本来なら小学5年生として学校に通っているはずなのだ。
実家に帰った時にその話もする予定だったのだが、完全に忘れていた。というより、親からの質問攻めが凄すぎて話すタイミングがなかった。
「見た目的に小学生くらいだよね。僕は近くの小学校の経営も行っているから、よければそこに入学しないかい?勿論事情は把握しているから手続きもうまく誤魔化せるよ」
理事長の笑顔の提案に俺の心は揺れまくっている。
『転移』の異能にリンの小学校入学。願ってもなさすぎる報酬だ。
「冷静に考えると、もうすでに番長のレッテルが貼られているのだから周囲の目はそこまで変わらないか……」
小声でそう呟きながら考える。
結局のところ、矢財とかいうやつを抑えて、他の悪そうな生徒にも定期的に目を光らせれていればいいだけだ。
異能組織や魔術師や妖を相手にするよりも遥かに楽な仕事である。
「……番長、やります」
この日、俺は番長になることを決意したのだった。
なんの疑問もなく「番長」という言葉を使っていましたが、こ、この言葉って、ふ、古いんですね……。
批判コメントではないのに、自分の感覚が古いという事実を知って心が痛い。
気を取り直して、漫画5巻発売中です!
暇つぶし程度に読んでいただけるとありがたいです。