99話「『玩具』……」
兵庫県神戸市のとある山中には、消えつつある千年将棋の『飛車』の駒と、それを見つめる1人の青年がいた。
「まさか、これほどの術師が存在していたとはな……」
「それはこちらのセリフですよ。これほどの妖がいるとは思いませんでした」
まるで局所的な災害が起こったかのような戦闘の跡を見ながら、その青年、トウリはそう答えた。
「我々の復活は近い……その時こそは、貴様の本気を見せてもらうとしよう」
最後に飛車の駒はそう呟きながら、霧散して消えていった。
トウリはそれを見届けると同時に、苦い表情を浮かべながら倒れている木に腰掛ける。
(本当にとんでもない妖だった……能力を含めれば、戦闘力はランクA異能者にも匹敵するレベルだ。こんなのが他に19体もいるとはな……)
トウリはそう考えながら、静かに拳を握りしめる。
異能組織ディヴァインの壊滅。
その目的達成のために、新たな力を求めて術師の世界へと踏み込んだ自身の考えの甘さを思い知ったためだ。
(術師の世界を甘く見ていたのは反省だな……だが、確実に力はついている。俺の『模倣』の異能だからこそできる術と異能を掛け合わせた戦術。これを極めれば、ディヴァインの最高戦力である2人の異能者にも届くはずだ)
異能組織ディヴァインに存在していた10人のランクA異能者。その中でも、『模倣』の異能を持つトウリの戦闘力は群を抜いていた。
しかし、そんなトウリでも敵わないほどの戦闘力を持つ異能者が、組織に2人だけ存在していたのである。
トウリはその2人こそが、ディヴァイン打倒の大きな障害になると考えていた。
(あの2人に匹敵する戦闘力。それさえ手に入れば、組織を壊滅させられれば、もう隠れて生きていく必要はない。本当の自由が手に入る。ユイと平穏な生活が送れる)
トウリはそんな強い思いを抱きながら立ち上がり、その場を後にした。
ユイとの自由で平穏な日常。それを実現するほどの力を得るため、金森家の拠点へと戻ったのである。
「にゃ〜……」
そうして覚悟を決めていたトウリの様子を、招き猫の形をした式神が木陰から静かに見守っていたのであった。
◇
「はぁ、大変な1日だった……」
大太刀使いを倒したあと、北電公園に残っていた妖はクロたちが殲滅し、俺はいつの間にか切れていた『笑い地蔵』の認識阻害の結界を張り直したりした。
さらに、クロが戦闘中に『猪笹王』を捕獲していたらしく、封印している槍使いと共にその身柄を引き渡したり、調査に来た術師の方々に戦闘跡を見せながら事情を説明したりと、もうとにかく大変だった。
さらにさらに、実家に荷物を取りに帰ると好奇心が大爆発した両親からの怒涛の質問攻めに遭い、結局解放されたのは夕方になってからだったのだ。
「明日は学校なのに、全然平穏な生活が送れない……」
そんな不満を漏らしつつ、札幌の家へと帰る支度をする。
ちなみに、百年記念塔ロボは戦闘終了後にミリ単位のズレもなくしっかりと元の位置に戻した。
散らかした内装や土台との接合は現場に残っている術師の方々がなんとかしてくれるとのことなので、細かな後処理共々、残りは全てお任せした。ありがたやありがたや。
「幸助くん、支度は終わった?」
そんなことを考えていると、同じく帰り支度をしていた潤叶さんに話しかけられた。
「あ、大丈夫。今終わったよ」
ちなみに、芽依さんはすでに支度を終えて車で待っている。クロたちも先に車に乗っているらしい。
「そういえば、『身代わり札』ぼろぼろにしちゃって本当にごめんね」
「いいよいいよ、その件は本当にいいから。そんなことよりも、潤叶さんが無事で本当によかったよ」
「ありがとう。あの身代わり札がなかったら、千年将棋の駒を倒すことは出来なかったと思う。だから、この恩も絶対忘れないから」
潤叶さんに真剣な表情でそう言われた。
今回の戦いでは、潤叶さんに渡した身代わり札の内の1枚だけがズタボロになっていたのだ。どうやら、術で肉体を酷使し過ぎたことで相当なダメージを負ったらしい。
流石に昨日使っていた禁術ほど危険ではないようだが、肉体に負担のかかる動きを連発したのだろう。
もっと自分の身を大切にしてほしいが、命を賭けなくなったぶん改善傾向ではあるのかもしれない。
というか、身代わり札頼りで何度か命懸けの戦いをしてきた俺が言えた義理ではないな。
「潤叶さんたちが槍使いを倒してくれなかったら、シロたちも無事じゃなかったかもしれないから、お互い様ってことで恩は感じなくてもいいよ」
「だとしても、困ったことがあったらいつでも言ってね。私にできることなら何でも力になるから!」
「えっと、わかった。ありがとう」
結局、潤叶さんへの貸しを清算するつもりで同行した仕事だったが、また貸しを作る形となってしまった。
そう考えながら支度を終えて立ち上がると、実家に帰ってきたらしておくつもりだった用事を思い出した。
「忘れてた……先に車乗ってて、ちょっと用事済ませてくるから」
「うん、わかった。それじゃあ車で待ってるね」
車に先に乗る潤叶さんを見届けながら、家の車庫へと向かった。
そこには車や農作業で使うトラクターや除雪機などが停められており、たくさんの農器具もしまわれている。
「『玩具』、『玩具』、『玩具』……」
それらの機械や道具に手を触れ、次々と玩具を発動していく。
同時に、父さんと母さんを守るよう命令もしておいた。これで家のセキュリティは少しはマシになったはずだ。
「おお!幸助、こんなところにいたのか」
「もうみんな車に乗っているわよ」
「父さん、母さん」
実家のセキュリティ強化を終えると、父さんと母さんがたくさんの野菜やお菓子を持って見送りに来てくれた。
本当にたくさんある。パンパンの手提げ袋を何個も持っている。
「これ、潤叶ちゃんや芽依ちゃんにも渡してあげてね」
「リンたちは結構食べるからなぁ、もっとたくさん持ってくか?」
「いいよいいよ!これだけあれば充分だからっ」
文字通り両手に抱えきれないほどの量だ。しばらくは野菜とお菓子には困らなそうだな。
「ところで幸助」
「なに?」
「学校は……楽しいか?」
父さんが少しだけ真面目な表情でそう聞いてきた。
おそらく、この質問はただ楽しいかを聞きたいわけではない。
きっと、中学時代の澄人の一件を思い出しながら、父さんは色々な思いを込めてこの質問をしたのだろう。
「……うん、楽しいよ。とっても楽しい」
だからこそ、俺は堂々とした表情でそう答えた。
気の合う友達だけでなく、仲のいい後輩や先輩もできた。
普通の人が味わえないような経験もたくさんしたし、新しい家族もたくさんできた。
求めている平穏は全然手に入らないけど、不思議な力はどんどん手に入る。
そんな色々な思いを、俺はその言葉に込めた。
「そうか。体に気をつけてな」
父さんは安心した表情でそう言った。
横にいる母さんも同じ表情をしている。
「こうちゃん。またいつでも帰って来てね」
「いつでも待ってるからな」
「うん。母さん父さん、いってきます」
「「いってらっしゃい」」
両親に手を振りながら車に乗り込み、札幌への帰路につく。
帰りは芽依さんの運転による車での移動なので、車内でお菓子を堪能したり途中でパーキングエリアに寄ったりと、とても楽しい帰路だった。
しかし、この時の俺は気付いていなかった。
潤叶さんの手を借りるほどの新たな危機が、目前まで迫っていることを……。




