98話「百年記念塔ロボ」
常世結界からの脱出は、意外と時間がかかってしまった。
中にいた妖の殲滅はそこまで時間はかからなかったのだが、常世結界自体の耐久力が高かったのだ。
まさか、本気の散炎弾を3発も耐えられるとは思わなかった。
「にしても、出たところが百年記念塔の上って運が良いな」
ここからなら北電公園全体が見える。
下を見ると潤叶さんやシロたちが集まっており、全員無事な様子だった。
遠くのほうではクロも絶賛戦闘中なので、あっちも無事のようだ。
「とりあえず、儀式完了までには間に合ったか……『強化』!」
身体能力を強化し、塔の下で祈りを捧げている妖たちへ向かって勢いよく飛び降りる。
絶対にこの儀式は邪魔してやる!
「させるか!いけ!大儺!」
大太刀使いがそう叫ぶと、異様な雰囲気の鬼が物凄い速度で塔へと接近し、俺の落下地点で両手を広げて待ち構えた。
落下の加速と合わせれば大ダメージ確実だが、良いのだろうか?
「幸助くん!その鬼に触れちゃダメ!鬼にされるわ!」
すると、別方向から潤叶さんの声が聞こえた。
触れたら鬼にされるって、まるで鬼ごっこだな。そんな危険な能力もあるのか。
「それじゃあ触れずに倒すか……『三重結界』」
落下の勢いを乗せた打撃は中断。鬼を囲うようにして三重結界を張り、そこへ着地して手を触れる。
「『寒熱』」
護衛のバイトが終わった後、実はソージに異能を見せてもらっていたのだ。
その際に習得した『寒熱』を、鬼を囲っている三重結界へ向けて全力で発動する。
「これじゃあ鬼ごっこじゃなくて氷鬼だな」
三重結界に閉じ込められたまま完全に温度を吸い取られた鬼は、一瞬で氷像と化した。
『寒熱』。初めて実戦で使ったが、とんでもない異能だな。
「というわけで、もう一度『寒熱』」
続けて、百年記念塔で儀式を進めている妖たちを氷像にした。
「儀式は止まっ……てない?」
これで儀式は阻止できた……と思ったのだが、百年記念塔内部の霊力の流れは途絶えていない。
塔の中を循環する莫大な霊力が、徐々に展望デッキあたりへ集まっている。
「すでに儀式は最終段階へと移行している!その妖共を止めても儀式は止まらないぞ!」
大太刀使いがこちらに駆けてきながらそう叫んでいる。
さらに、氷像にした鬼もいつの間にか動き出しており、三重結界を壊しはじめていた。
この鬼、タフだな。
「あるじ!まもる!」
「幸助くん!今行くから!」
「あ、2人とも来ない方がいいよ。危ないからっ」
「「えっ?」」
俺を心配して駆け付けようとしてくれているリンと潤叶さんをに止まるよう促し、百年記念塔へと触れる。
「さすがにこうすれば止めれるでしょ……『玩具』!」
60メートル近い高さの塔は、内部に放置されていた装飾や家具を撒き散らしながらみるみるうちに変形し、巨大なロボットと化した。
塔の形が変わったせいか、内部を流れていた霊力も行き場を失って霧散しはじめている。
「よし、成功だな」
「い、一体何を……!?」
「塔の形が変われば儀式は止まるかなと思って、変形させただけだよ。どう?」
「き、貴様ぁぁああああ!」
俺の挑発的な笑みを見た大太刀使いがブチ切れている。ざまぁだな。
澄人との思い出を利用された怒りはまだあるが、少しは発散できた。
「『三重結界』」
「なっ!?くっ!」
「踏み潰せ」
俺の命令を聞き、百年記念塔ロボは三重結界に閉じ込められた鬼と大太刀使いをまとめて踏み潰した。
「す、凄い威力だな……」
数千トンはあるであろう百年記念塔ロボの体重が乗った一撃は、地震かと思うほどの揺れと地面の巨大な陥没を発生させた。
そして百年記念塔ロボがゆっくりと足を上げると、満身創痍ながらも鬼と大太刀使いは消えていなかった。
「マジかよ……これでもまだ生きてるのか」
地面にめり込んだことでダメージを軽減できたのかも知れないが、それでも仕留めきれないとは思わなかった。
「にしても、寒熱に耐えた鬼なら仕留めきれないのは納得だが、大太刀使いが生き残っているのは少し疑問だな……」
昨日の戦闘ではそこまで耐久力がある妖には見えなかった。
そう思ってよくよく観察すると、大太刀使いの頭に角が生えている。
「まさか……鬼が大太刀使いに触れたのか!?」
百年記念塔ロボの踏み潰しによって三重結界が砕けた瞬間。鬼が大太刀使いに触れて鬼化させたのだろう。
あくまでも推測だが、鬼化すると耐久力が上がるようだ。面倒な能力だな。
「ちっ、『三重結界』!」
「グルァァアア!!」
鬼化した大太刀使いは速度も上がっているらしく、三重結界が完成する寸前に抜け出された。捕らえられたのは満身創痍の鬼だけだ。
さらに、千年将棋としての能力も使えるようで、すでに傷は回復しつつある。
「グルルル……」
「理性は消えているようだな」
言語機能も理性も失っている様子の大太刀使いは、俺を睨みつけながら隙を伺っているようだ。
望むところだな。先ほどの速度は確かに速かったが、強化した動体視力なら捉え切れる。
「グルァァアア!!」
「きたか!」
何の策略もなく、大太刀使いは一直線に突っ込んできた。
尋常ではない速度だが、結界を張る余裕はある。その直後に、先ほどの寒熱で蓄えておいた熱を放出すれば大ダメージは確実だ。
それで仕留められなくても足さえ止められれば結界で囲える!
「三重結か……」
「雷木棒、ごイっ!」
瞬間。そう叫んだ大太刀使いの目には理性が戻っており、こちらへ駆けてくる勢いを使って高く飛び上がった。
同時に、百年記念塔ロボの頭部のほうからもの凄い量の霊力を纏った棒状の妖が落下してくる。
「理性を取り戻したのか!でも何で飛び上がって……ちっ、とりあえず『三重結界』!」
棒の妖との共闘や、飛び上がって上に意識を向けさせるための陽動など、相手の目的を考えたが判断材料が少なすぎてわからない。
とりあえず攻撃にだけは備えようと思い、自分を守るように全力の三重結界を張った。
「回じゅウ、完リョう……」
「は?」
何をしてくるかと待ち構えていたのだが、大太刀使いは棒の妖を駒に戻し、それを飲み込んだだけだった。
「回収完了って……その妖の回収が目的だったのか」
微かな理性を残した大太刀使いを見ながらそう呟く。
おそらく、いま回収した妖が『楔』とかいう存在の重要な鍵だったのだろう。
「執念……か」
親友との思い出を利用された怒りはあるが、自分の身を犠牲にしてでも目的を達成する執念は見事だと感じた。
「ギ、ざまハ……目デギの、邪マ!倒ズ!!」
「『寒熱』『散炎弾』!」
再び飛びかかってきた大太刀使いに向けて、先ほど吸収した熱量と散炎弾を同時に放った。
強大な熱量によって大太刀使いは一瞬にして炭化し、体のほとんどが消し飛んだようだ。
「ぐザび……くザ……」
「まだ意識があるのかよ……凄まじい精神力だな」
全身が炭化し、頭と胴体と右腕だけがかろうじて残っているような状態だが、まだ僅かに意識があるようだ。
大儺とかいう鬼による強化も恐ろしいが、こんな状態でも意識を保っている大太刀使いも相当な妖なのだと改めて感じる。
「それほどの強さと執念を持っていて、お前たちは一体何をしようとしているんだ……?」
「……ごの、ゼがイニ……敵ナど、いなイと……証めイ、ズる……」
大太刀使いは俺の問いかけに答えるようにそう呟き、消えていった。
さすがに肉体は限界を迎えていたようだ。
「『この世界に、敵などいないと証明する』……か」
何故そんな目的を持っているかはわからないが、今の大太刀使いの言葉からは大きな憎しみを感じた。
それこそ、本気でこの世界を滅ぼすつもりだと確信できるほどの憎しみが篭っていた。
「千年将棋に、一体何があったんだ……?」
何か釈然としない気持ちを抱きながら、千年将棋の駒との戦いは幕を閉じたのだった。
『追儺』
節分の時に皆さんがよくやる「鬼は外!」と言いながら鬼を払う行事のことらしいです。
鬼ごっこの起源とも言われており、別名で『大儺』とも言うらしいですね。
『雷木棒』
名前はかっこいいですけど、すり鉢をゴリゴリする擂り粉木の妖怪だそうです。
『笑い地蔵』
別名『袈裟斬り地蔵』。人を化かして赤い舌を見せながらゲラゲラ笑う地蔵の妖怪。若い侍に袈裟斬りにされたらしいです。
東京都の中野区にある縁起の良い笑い地蔵とは別物です。