97話「憎しみの縁」
「良いねぇ良いねぇ!やっぱり槍使いとの戦いは楽しいよ!」
「そうですか」
香の言葉を冷たい返答で流しながら、潤叶は3本の水の槍を器用に振るう。
技量は遥かに及ばないが、防ぎきれない攻撃は芽依が結界で阻むため、なんとか互角の戦いを続けていた。
「ねぇねぇ、昨日の術は使わないの?あれないと私には勝てないよ?」
「あれを使う気はありません。もう、自分の身を顧みない行為はしないと決めたので……水、砲、激、『激流弾』」
潤叶は水槍による牽制と同時に水の散弾を放つが、香は余裕の表情でその全てを躱し、反撃を加えていた。
「槍で突いて、水の弾撃って、また槍で突いて、さっきからそれの繰り返しだけど、そんなの何度やっても私には当たんないよ?いい加減昨日の術使いなよ〜」
「たしかに、このままでは何度やっても当たらないですね……もう充分繋がりましたし、そろそろ始めましょうか」
そう呟きながら、潤叶は2本の水の槍を捨て、1本の槍で香と同じ構えを見せた。
「何?挑発のつもり?」
「やってみれば分かります」
「ふーん、あっそ!」
香のフェイントを混ぜた横薙ぎを、潤叶は全く同じ動きで防ぐ。
続けざまに放たれた突きも、寸分違わぬ動きで同じ突きを放ち、切っ先を合わせることでそれを防いだ。
「あれ?なんで私と同じ技使えんの?」
「さぁ?どうしてでしょう」
突きの連打、薙ぎ払い、足払い、香の繰り出す全ての技を、潤叶は同じ精度で繰り出した別の技で防ぎきる。
そんな中、香は10年前の戦いで対峙したある術師の存在を思い出した。
「その術、見たことあるわ。あんた、『結び』の術で私と繋がったのね!」
「……どうやら、10年前の戦いで母の術を見たことがあるみたいですね」
そう返しながらも、潤叶は香と同じ精度の槍術を繰り出していく。
潤叶が香と同じ槍術を使えるのは、木庭家の当主の血縁者しか習得できない秘術、『結び』による効果であった。
この術は物同士を繋げるだけでなく、人や妖と繋いだ縁を通して、相手の技術の一部を共有するという特性も備えているのである。
「私と縁を繋いで技を真似たのね、あの忌々しい術師のように!」
「母には相当苦しめられたようですね」
母の戦いは、確かに千年将棋を追い詰めていた。
その事実の一端を知れた潤叶は、僅かな誇らしさを感じながらも戦闘続ける。
「なるほどね。あの術師の娘だから同じ術がつかえるんだ。でも、その術って完璧に真似ることはできないんでしょ?10年前もそうだったし」
「普通ならそうですね。この術は、縁の深い相手じゃないと効果は薄いので」
『結び』の術は、相手との縁の深さによって共有できる技術の効力が変わる。そのため、縁もゆかりもない相手には効力が薄いという大きな欠点もあるのだ。
「ですけど、私の結びはあなたたちを相手にした時だけ、母の使う結びよりも効力が高いんです。この10年間抱え続けてきた千年将棋への憎しみの縁は、誰よりも深いですから!」
「ぐっ!」
潤叶の放つ鋭い突きが、香の衣服を僅かに掠める。
千年将棋に対する憎しみの縁によって繋がれた結びは、香と完全に同じ技量を潤叶に授けていたのである。
「水、流、刀、『激流刀』!」
「ぐぁあっ!」
さらに、潤叶は左手に出現させた水の刀を使い、達人級の一太刀によって香の右腕を斬り飛ばした。
「この太刀筋……まさか、私だけじゃなくて桂にも縁を繋いだの!?」
「その通りです。いくら縁が深くても、所詮は真似事に過ぎません。ですので、あなたたち2人の技を共有させていただきました。そのせいで少し時間がかかってしまいましたけどね」
木庭家の秘術である『結び』の発動は、繊細な霊力操作が必要となってくる難易度の高い術式である。
そのため、戦いの出だしではあえて本気を出さず、潤叶は結びを発動する時間を稼いでいたのだった。
「ここからが本番です」
右手に水の槍を、左手に水の刀を構えた潤叶は、すでに右腕の再生が終わった香に強烈な威圧感を放つ。
「ぐっ……」
その威圧感に押された香は、僅かに後退りしながらも必死に策を練っていた。
体内にストックしてある膨大な数の妖。
その中から、この状況を打開できる能力を持つ妖を冷静に選び抜いていたのである。
「潤叶ちゃん、準備完了したよ!」
そんな中、潤叶に向けて芽依はある術の完成を知らせた。
結びを発動してから潤叶を援護する必要がなくなった芽依は、ある術式の構築に全神経を集中させていたのだ。
「ただ、動かれると失敗するかも知れないから、3秒くらい止めてもらってもいい?」
「大丈夫です」
「なっ、舐めるなぁ!!」
余裕の表情でそう言い放った潤叶の言葉に激しい怒りを覚えた香は、その感情のままに強烈な突きを放つ。
だが、潤叶は難なくそれをかわし、そのままの勢いで香の片脚を斬り飛ばした。
「ぐぅっ!」
「怒りに身を任せた行動って、こんなにも読みやすいんですね」
怒りのままに突撃した昨日の行動を反省しながら、潤叶はそんな感想を漏らす。
「ナイス潤叶ちゃん、ジャスト3秒ね。『果ての二十日レプリカ』、発動!」
芽依がそう叫ぶと漆黒の支柱が香の背後に現れ、その体を取り込んでいく。
「まさか、果ての二十日が使えるなんてね……」
「残念ながら、これは本物には遠く及ばない偽物よ。果ての二十日は封印術の中でも結界術に共通してる点が多くてね。だから頑張って練習したことがあるんだけど、この偽物を作るので精一杯だったわ」
漆黒の支柱に呑み込まれていく香にそう言いながら、芽依は作り出した補霊結界で霊力を回復していた。
たとえ偽物とは言え、果ての二十日は莫大な霊力を必要とする術式なのである。
「次、は……負け、な……」
「いいえ、次も私たちが勝ちます。何度復活してこようと、必ず私たちが勝ちます」
悔しさを滲ませながら睨みつけてくる香の目を強く見つめ返して、潤叶はそう言い放った。
そして、香は漆黒の支柱に完全に飲み込まれた。
「私はこれを維持しないといけないから、あとは任せていい?」
「大丈夫です。いってきます」
果ての二十日の維持のために芽依はその場に残り、潤叶は儀式を止めるべく駆け出したのだった。
◇
「くっ、一体何なんだこいつは!」
理解が追いつかない状況に焦りを滲ませながら、桂はそう叫ぶ。
昨日の戦いで一太刀交えた際に、桂はリンの実力を限りなく正確に把握していた。
それを踏まえた上で、白いカラスと共闘されたとしても勝てる見込であったのだが……いざ戦いが始まると予想しなかった結果が待ち受けていたのである。
「成長速度が、速すぎるっ!」
初めこそ、桂はリンとシロを同時に相手にしながら立ち回れていた。
しかし、刀を交えるたびに、一太刀毎に、リンの斬撃は鋭さと速さを増し、桂の技量を軽々と超えていったのである。
今では、一人でリンを押さえることすらできない状況となっていた。
「すごーい!これもよけれるんだー。これは?これは?」
「ぐっ、このぉっ!!」
桂はリンの成長速度に驚愕しながらも、ギリギリで致命傷を回避し続けていた。
「カー……」
そんなリンの姿を見ながら、シロは安堵の表情を浮かべる。
リンは、生まれた直後に戦った三鶴城以外の相手と刀を交えた戦闘を行ったことがない。その三鶴城戦でも、覚えたての飛ぶ斬撃によってすぐに戦いが終わってしまったため、剣術をまともに見る機会がなかった。
剣術を司る式神として召喚されたにも関わらず、リンには真にその剣術を高める機会がなかったのである。
しかし、この戦いで本来の才能と戦闘スタイルを開花させたリンは、桂から得られる全ての技術を吸収し、今まで抑圧されていた分を取り戻すように成長を続けていた。
「カカーカ」
それを見たシロは、妹分でもあるリンが成長できる機会に出会えたことを、心の底から祝福していたのである。
「くっ、妖共!私を守れ!」
そんなシロの思いをよそに、戦いは続く。
足払いからの横薙ぎ。と同時に繰り出される刺突。
長さの違う2本の刀から繰り出される連撃を躱しきれないと判断した桂は、耐久力の高い妖たちを即座に召喚する。
だが、その妖たちは数秒と保たずに細切れにされていく。
「このままではっ……またか!」
そんな中、召喚された妖の隙間を縫って無数の衝撃波が飛来する。
しかし、そのうちの数発は桂を狙っておらず、桂の後方で儀式を行なっている妖たちへ向けて放たれていた。
「カラスめぇ!」
シロはリンの成長を見守りながらも、隙をついて儀式を食い止めるための攻撃を続けていたのである。
「ぐぁああ!!」
「あ、チャンスだー!」
桂はシロの放った衝撃波を斬り伏せ、間に合わないものは自身の体を使って防いだ。
だが、そうして体勢の崩れた桂に向けて、リンがさらに鋭さの増した斬撃を放つ。
「くっ、ここまでか……」
リンの斬撃が迫る中。
香が封印されたであろう漆黒の支柱と、儀式を妨害するために駆け出している潤叶の姿が桂の視界に入った。
「こいつだけは使いたくなかったが、仕方がない……大儺!全てを鬼に変えろ!」
リンに袈裟斬りにされながらも、桂が吐き出した駒にそう命令した瞬間。
莫大な霊力が北電公園を支配した。
「たいな?今、大儺って言ったの!?」
桂が召喚した莫大な霊力を放つ鬼。
その姿を見ながら、ことの重大さにいち早く気が付いたのは芽依だった。
「おにだー!」
「リンちゃんダメ!刀越しでも触れるのは危険だわ!」
芽依の剣幕に只事ではないと悟ったリンは斬りかかるという選択を捨て、大きく間合いを取った。
直後。儀式を中断するために駆け出していた潤叶も召喚された妖の危険性に気付き、その場で全力の警戒体勢へと移行する。
「何あれ!?さっき倒した鬼より遥かに強そうなんだけど!」
「千年将棋ノ2体ヨリモ、強大ナ霊力ヲ持ッテイルヨウデスネ……」
そんな緊張と静寂の中。黄金巨兵に乗ったウルとニアが芽依のもとへ合流した。
「芽依サン、アノ妖ヲ知ッテイルンデスカ?」
「文献で読んだことがあるわ。『大儺』っていう名前はたしか、『鬼ごっこ』の元となった儀式の名称だったはずよ。その名を冠する大儺っていう妖は、触れただけで相手を鬼に変える能力を持っているらしいわ。しかも、鬼にされた相手に触られても鬼になるっていう最悪の能力なの」
「それって、触られたらアウトってこと?」
「そういうことよ」
触れられたら終わるという芽依の説明を聞き、ウルたちに緊張が走る。
「楔の完成までもう少しだ。あとは頼むぞ、大儺……ん?」
そんな中、傷の再生を終えた桂はある違和感に気がついた。
笑い地蔵の霊力が、大きく乱れているのである。
「まさか……!」
次の瞬間。笑い地蔵の背後の空間が歪み、巨大な爆炎が噴き上がる。
爆炎に巻き込まれた笑い地蔵は一瞬にして消し炭となり、その存在は霧散して消えた。
「……千年将棋はどこだ」
親友との思い出を利用され、怒りを宿した幸助が、大儺をも上回る霊力を放出しながら塔の上に現れたのだった。