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第1章 7 

7.


 啓司は重苦しい気持ちで目覚めた。

 大神医師に処方してもらった睡眠導入剤のお陰で久しぶりに長時間眠ることができたが、とても質の良い睡眠とは言えない。

 

 今、何時だろう。部屋の中を見回しても時計がない。

 ウェアラブル端末は取り外されてしまった。あんな機械ひとつないだけで、すごく心細い。

 遠夜は、今朝はちゃんと起きただろうか…

 

 ベッドに起き上ってぼんやりしていると病室のスピーカーから「啓司、起きたか」と大神医師の声が聞こえて、啓司は「はい。おはようございます」と答えた。


 「今、食事を運ばせる。少しでもいいから食べろ」と大神医師の声がし、同時に病室のドアが開き『失礼します』と人工音声が聞こえて、看護師型ヒューマノイドが食事をワゴンに載せて運んできた。

 『お済みになりましたら、ナースコールでお呼びください』と感情の無い声で言うと、感情の浮かばない瞳で啓司をじっと見て、急に反転して部屋を出て行った。


 トウキョウの医療地区メディカルセクションの看護師は殆どが人造人間ヒューマノイドだ。

 精神サイキックが病人の場合、生身の看護師だとその思考が勝手に流れ込んできて悪化したり、影響を受けやすいからである。

 

 まったく食欲は湧かなかったが、啓司はテーブルに置かれた食事を少しずつ食べた。

 今日の予定は…遠夜はちゃんと会議なんかに参加しているだろうか。

 ワガママばかり言って直紀や美都を困らせていないだろうか。

 誰からも相手にされなくなったら、どうするつもりなんだまったく。


 だけど…と更に考えて、啓司は思わずフォークを取り落とす。

 遠夜がきちんと仕事をこなしていたら?

 ワガママなんて言わず直紀や美都と仲良く仕事をやってたら?

 啓司がいなくても、全然大丈夫だよなんて言われたら…


 俺の方が遠夜に依存しているのかもしれない。

 図抜けて頭が良いくせに、甘ったれで幼稚で感情的で、異端児の遠夜。

 そう仕向けてきたのは、俺かもしれない。頼って欲しくて。

 啓司は両手で顔を覆った。


 その時、部屋のドアがノックされ、「啓司、食事終わったか」と大神医師の声がした。

 「あ…はい」啓司はベッドから落ちたフォークを拾ってプレートに戻した。

 大神医師がドアを開けて入ってきた。

 「よく眠れたか」啓司の顔を見てすこし笑う。

 

 「長時間寝たって感じはありますが…」啓司が言い淀むと

 「スッキリはしないか」引き取って大神医師が言った。

 「…はい」

 

 大神医師は病室の隅にあった椅子を引っ張ってきて啓司のベッドの横に据えると腰かけた。

 「あまり食も進まないな」

 「あの…貴彦はどうですか?」

「ああ、大丈夫。昨日の夜には帰ったよ」大神医師は安心させるように笑う。

 「アイツは誰かの側杖食うのには慣れてるし。遠夜のお陰で」


 「そうですか…」良かった。ほっと息をつく。

 「遠夜が昨日、啓司と貴彦を心配して見舞いに来たよ。僕がたまたま貴彦の病室にいたんで、そこだけで帰したが」

 遠夜の名前を聞くと、胸が痛む。無駄に傷つけてしまった…

 

 「それがさあ、遠夜が女の子と一緒に来たんだよ。技術テクニック制服ユニフォームの娘だったな。可愛い子だったよ~」わははと笑う。

 啓司は話の内容にとても驚いたが、何と答えていいか判らずに黙っていると、大神医師はごほんと咳払いして話し出した。


 「…昨日聞いた話から推察するに、君は自己肯定感が極端に低いんだな。

 この都市のように、赤ん坊のころから親と引き離して育てて、しかもすべての人間をランク付けして管理するような場所にいれば、無理もないが。

 遠夜や貴彦が君を貶めるようなことを言うはずはないと思うんだけど、どうかな?」


 「はい。遠夜と貴彦は、俺を認めてくれていると思います。

 それも俺には苦しいのです。俺はαクラスでもぶっちぎりの頂点にいる遠夜や貴彦に認めてもらえる人間じゃない。

 日常のちょっとしたことで、遠夜や貴彦には遠く及ばないことを思い知らされる。

 実は蔑まれているのではないかと勘繰ってしまう。

 でも俺は認められたい。遠夜や貴彦と肩を並べられる人間になりたい」

 

 最後は涙声になって、思いを吐露する啓司を大神医師は黙って見つめている。

 「俺は遠夜に甘えているんだと思います。

 世話を焼くことで、遠夜に俺がいないと何もできないと思い込ませているのかも。

 遠夜に頼りにされたい。遠夜に依存しているのは俺の方なのかもしれないです」

 ぽとりと涙が落ちる。


 「自己分析はできているようだな。さすがだね。

 次のステップは少しずつでいいから、その思いを自分自身で肯定していくことだ。

 今まで、そこまで強い劣等感を、精神感応力テレパシーのずば抜けてる貴彦にさえ隠し通してきた克己心には恐れ入るが、やっぱり今回のようにいつかは無理が来る」


 「君は、そりゃランク的には遠夜や貴彦には敵わないが、マネジメント能力、仕事に対する執念と言ってもいいほどの責任感、上層部からの篤い信頼、どれもあの二人にはないものだ。

 ランク付けされる能力だけが素晴らしいわけじゃない。ここではそう錯覚させられがちだけどな。

 もっと自分で自分を認めてやれ。それは慢心とは言わない。ラクになって良いんだよ」


 そうなんだろうか…啓司は涙を手の甲で拭う。

 対等な友達…仲間だと思っていいんだろうか。


 「辛くなったら、話しにおいで。何でも聞いてやる」大神医師は啓司の頭をポンポンと叩いて、優しい声で話しかけた。

 「…はい」啓司は頷いて、また涙を拭った。

 

 「できれば、遠夜と昨日の女の子のことをちょっと調べてくれないかなあ。

 僕もうなんだか気になっちゃって。貴彦はこういうこと訊いても躱すのが上手すぎてさあ。

 自分が阿呆に思えてくる」

 大神医師はそわそわと立ったり座ったりしている。よほど気になるのだろう。

 「判ります」啓司は笑って「承知しました。探りを入れてみます」と請け合った。


 「よし、じゃあそれ全部食べたら、帰っていいぞ。ただし、仕事は今日まで休み」

 「あ…さっきフォークを床に落としちゃって」

 「なんだそうか。ちょっと待て」

 大神医師は首に引っかけていたインカムのマイクに何事か囁いた。

 すぐに『失礼します』と先ほどのヒューマノイドがフォークを持って入ってきた。

 

 啓司は大神医師の前で完食し、遠夜と女の子の件を念押しされて、住居地区レジデンスセクションへ戻った。


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