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第1章 6

6.


 貴彦は案外早く住居地区レジデンスセクションに戻ってきた。

 遠夜が午後も退屈な会議に二つも出て、それぞれ悪気なく意見して会議をクラッシュさせてしまい、大人たちの嫉妬と羨望と蔑視を浴びながら這う這うの体で退散して、やっと夕食にありついたとき食堂がざわめいた。


 振り返ると、貴彦が頭に包帯を巻いたままの姿で、皆から声をかけられるのににこやかに応えながら、こちらへ近づいてくるのが見えた。

 

 「遠夜!今日は大丈夫だった?」遠夜の目の前まで来ると、真っ先に質問が飛んでくる。

 「あいよーヴ」遠夜は肉にかじりついたまま返事をする。

 貴彦はホッとしたように椅子に腰かけた。


 「貴彦こそどうなんだよ大丈夫だったの?」遠夜は技術テクニックの恭香って知ってるか、と訊きたいのを堪えて訊く。

 「ああ、俺は啓司の思念に巻き込まれそうになっただけだから。爆発しないように意識を飛ばした」

 啓司にあんなに強大な思念が渦巻いているとは思いも寄らなかったけど。今まで啓司から感じたことがなかった。貴彦は秘かにため息をつく。


 「へえ…啓司は今日入院だって。どうしたのかな」フォークを芋に刺して遠夜は呟く。

 「昼前に貴彦と啓司の様子見に行ったんだ。でもオーカミ医師せんせいあまり詳しく話してくれなかった」

 「遠夜、女の子連れてきたんだって?医師せんせいがあの娘、遠夜の何だろうって超気にしてたよ」貴彦がにこやかに言う。

 遠夜は芋を丸ごと飲み込みそうになって噎せる。あんのオーカミ!

 「あ、ああ…技術テクニックの恭香っていう娘。貴彦のこと凄い心配してたから連れて行った。今日の午前中の会議で初めて会ったんだ」

 知ってるの?と訊きたい。でも訊けない。何でだろう。


 「技術テクニックの恭香?ああ、未成年アンダーでトップの娘だね。会ったことはあるけど…、俺を心配してた?」不思議そうに貴彦は言う。

 「うん。貴彦はすぐに治るって聞いて、すごく嬉しそうだった」遠夜は何気なさを装って言う。

 「ふーん。よく判らないな。まあ、遠夜がその娘と仲良くなりたいならご自由に?」パチンとウィンクして微笑む。

 「べ、つに俺は…」耳まで赤くなるのを自覚して余計に動揺する。どうした、俺!


 貴彦はそんな遠夜を意外そうに、でも面白そうに眺めていたが「さて、俺も何か食べよう。朝食も昼食も摂れなかったし」と立ち上がって食事を取りに行った。

 

 恭香に連絡してあげたいけど、なんて書いたらいいか判らない。うーむ。どうしよう。

 遠夜が考え込んでいると、「どうした?」と貴彦が戻ってきて言う。

 「…啓司なにがあったの?俺のせい、なの?」恭香にメッセージを、とは言えないので、朝から気になっていたことを訊く。

 

 貴彦は一瞬、真剣な表情になったが、すぐに和らげていつもの微笑みを浮かべた。

 「いや、遠夜のせいじゃない。それは啓司だって判っているさ。

 今までの君のワガママに対する鬱憤が爆発しちゃったんだな」

 「う…」素直に頷くことができずに遠夜の動きが停まる。


 「俺のこと嫌いだからとか、仕事だからとか、そういうことなのか?」

 「まさか!そんなことあるわけないだろう」貴彦は驚いて否定する。なんでそういう方向へ行ったかな。

 

 「あのね、遠夜。啓司は君のことすごく大切な友人だと思っているよ。あいつは口が裂けてもそんなこと言わないだろうから、俺が代わりに言っちゃうけどね」

 貴彦はフォークを置き、両手の指を突き合わせて遠夜を見た。


 「幼いころから何でだろうね、常に意識が君の方を向いてる。本人も気づいてない感じはあるけど…遠夜があまりに危なっかしすぎて放っとけないんだろうな。

 自分から志願して、君のマネジメント買って出てるんだよ。他の人はあまりやりたがらない仕事だし」くすっと笑う。


 「たまには放っといて欲しい…」遠夜が思わず呟くと貴彦は苦笑する。

 「まあ、啓司は完璧主義者だからね。遠夜に対しては強気に出た方がコントロールしやすいってのも、小さいころからの経験で解ってるし」


 そこで言葉を切り、貴彦は真顔になって続けた。

 「だからね、遠夜。啓司が戻ってきたら、今まで通り接して欲しい。君が構えちゃうと啓司は再起不能になるかも。いや、冗談じゃなく」

 遠夜が驚いて口を開こうとするのを制して、貴彦は強引に続ける。

 

 「啓司という大切な友人を失いたくないなら。判ったね、遠夜」

 「…判った」

何だか全然判らなかったけど、貴彦の真剣な雰囲気に気押されて遠夜はとりあえず頷いた。


 しばらく二人で黙ってそれぞれの思いに耽っていると「お疲れ。貴彦大丈夫なのか?」と声をかけられた。声で直紀と判る。

 「ああ、ありがとう大丈夫。今日は啓司の代わりに遠夜のマネジメント?」貴彦がにっこり笑って答える。

 直紀は頷いて遠夜の隣の椅子を引いて座った。


 「今日は1日、会議参加お疲れさん。

 しっかしやってくれたなあ遠夜…」ため息をつく。

 「えっ?何を?」とりあえず惚けておこう。

 「何をじゃねーよ、判ってるだろ。今日の3つの会議からの報告書見たら、お前の評価凄いことになってるぞ」


 「えーっ評価なんかされんの?」

 だったらもっと真面目にやれば良かった。いやでも真面目にやったからこそ、あんなふうになっちゃったんだし。

 「啓司から訊いてなかったか?…ま、いいや、全部最高点の評価だ」

 「マジすか」意外な評価に驚いて問い直すと「点数は、な。コメントは最悪だよ。酷評されてる」タブレット端末を指の背でコツコツ叩きながら言った。

 

 ああ、やっぱりな。遠夜はそちらの方がすんなり納得した。

 あ、じゃあ、恭香もか…


 「まあ、今日突然初めて参加した未成年に、今までやってきたことを根底から覆されるような理論を、初見でぽっと出されちゃなあ。しかも遠夜の理論の方が数段上を行っちゃってれば、尚更面白くないのは判るけど」

 「大人の癖に大人げないね」黙って聞いてた貴彦が少し笑って言った。

 「そうなんだよ!レポート読みながら俺は内心、空気読めない遠夜に喝采を送ったね。

 だけど来年成人していろんなプロジェクトに関わるようになったら、大変だな遠夜」


 「悪気は無かったんだ」遠夜はぶつぶつ言う。

『空気読めない』…確かに。その通りなんだよな…

 「そりゃ幼い頃からお前を知ってる俺たちには判るよ。だけど他の大人はそうは思わないって事さ」

 直紀は立ちあがり、遠夜の肩をぽんぽんと叩いて言った。


 「いずれにせよ、初日にしては上出来だ。明日のスケジュールはまたショートメッセージで知らせる。

 早く寝めよ」

 じゃあなおやすみ、と言って直紀は食堂から出ていった。


 「何も言わない方が良いのかなあ…」思わず呟く。

 でもなあ、改善点はたくさん見えてるのに、目隠しをしたまましゃべってるような人たちの中に黙って座ってるのも辛すぎる…

 

 貴彦は食べ終わった食器を押しやって、テーブルに肘をつき遠夜をじっと見て口を開いた。

 「いや、今日みたいに思ったことはどんどん言った方がいい。空気なんて読めなくて全然構わないんだよ。遠夜の評価は絶対に下がらないし、そもそも来年から遠夜が関わるようなプロジェクトは、αクラスの人しか居ないものばかりになるはずだから」


 そこで一度言葉を切ってニコッと笑った。

 「恭香さんとか、俺とかね」


 あっそーだ!遠夜は唐突に思い出した。

 そわそわと席を立つ。

 「あの、俺…」言いかけると貴彦はいたずらっぽく笑って「部屋に戻る?いいよ、俺ここ片付けとく。恭香さんに宜しくね、心配してくれてありがとうって言っといて」立ちがって食器の載ったプレートをふたつ持って立ち上がった。


 ホント、精神(サイキック)って嫌だ!

 遠夜はムカつきながら部屋へ戻ってデスクの椅子に座り、早速ウェアラブル端末でショートメッセージを呼び出して送信先に恭香のIDを打ち込み『貴彦は全然元気でメシ食ってます。心配してくれてありがとうって言ってます』と書き込んで、こっそり撮った食事している貴彦の画像を添付して送信した。


 コーヒーでも淹れようと立ち上がると、ウェアラブル端末がアラームを鳴らした。

 なんだかドキドキしながら操作すると文字が目の前に浮かび上がった。

 『ありがとう‼元気なようで何よりです。画像もThankyou♡友達に自慢します‼』


 この、ハートマークってどういう意味だろう…

 遠夜の悩みは尽きないのだった。


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