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第1章 5 

5.


 最新型の降雨調整装置とやらの会議は、やたら冗長で退屈なものだった。

 何だこいつら。侃々諤々意見を戦わせる人々を、会議室の長机の端の方に座って遠夜は呆れて見ていた。

 なぜこんなところでこんなに議論が白熱するのか判らない。

 本質はもっと違うところにあるのに、些末なことに何故そんなにこだわるのか。

 根本を解決してやれば、そもそも起こらない問題だろ?

 俺、今日初めて設計図見たけど、問題はそこじゃないと思うけどねえ…


 これでβクラスか…遠夜はこっそりため息をつく。

 啓司と同じクラス(まだ未成年だけど…)とはとても思えない。

 啓司は本当にすごい奴だ。事務処理能力だけなら、αクラスかもしれない。

 上層部もアイツには篤い信頼を置いている。


 その時、やはり先ほどからこの会議の様子を退屈そうに見ていた同い年くらいの女の子と、会議室の端と端で目が合った。

 黒髪をポニーテールにした、目の大きな可愛い子だ。割と。

 知らないってことは精神サイキック技術テクニックか。

 ユニフォームからすると、技術テクニックかな。

 俺と同じ幹部候補のαクラスか。


 相手も同じように自分を値踏みしているのが判る。

 と、大きな瞳で遠夜を見つめながら、議論に熱中している人たちに細い指を向けた。

 遠夜は胸の前で、人差し指と人差し指で×を作る。

 女の子は、目を閉じて大きく首を横に振った。ポニーテールが揺れる。


 はいはい。判りましたよ。

 遠夜は立ち上がり「あのー、すみません」と会議中の人々に声をかけた。

 

 皆、急に声をかけてきた未知の人物に訝し気な目を向ける。

 あからさまに上からの目線。

 未成年アンダーごときが自分たちの素晴らしい論戦を邪魔しないでくれるかな。


 「俺、今日この会議を見学するように言われた、B1-α489622-U001の遠夜って言いますが」

 女の子にも聞こえるように自己紹介すると、そこにいた人が皆「α…遠夜?!」とざわついた。

 おお、そこそこ有名か、俺。


 「先ほどから拝見しててちょっと気になるところがあるんですけど、言ってみてもいいですかね」

 わざと下手に出る。

 「あ、…どうぞ」と進行役らしい人が言った。


 遠夜は電子黒板に歩み寄り、図の左側にある部位を指さした。

 「まず。ここの設計に問題があると思う。氷核を作る段階で、この接続では時間がかかりすぎるし、過冷却になりやすい。もっと単純に考えて良いんだ。ここを仮にA、A’とするとダイレクトに接続して問題ない」


 ざわっと場がどよめいた。

 「確かに…」「でも今までの設計はずっとこうだったし」「いやだけど、効率はあがる!」

 ざわざわと静まらない。

 

 「ちょっと皆黙って!」進行役の人が驚愕の表情を浮かべて皆を制する。

 「続けて頂けますか?」遠夜の意見を促す。


 「あとここ」と遠夜は今度は右を指さす。

 「液体窒素では結晶が大きすぎる。成長させるのに手間がかかるし、重い。触媒キャタリストを使えばいい。降らせることだけを前提で考えるなら希ガス化合物でいけると思う」


 「技術的なことは私が捕捉するわ」とポニーテールの女の子が立って近づいてきた。

 「私も今日は、ここで見学するように言われたんだけど。T1-α500671-U001の恭香と言います」遠夜の方を見て、少し唇を緩めた。


 「先ほど遠夜さんが言ってた部位の接続だけど…」進行役からペンを受け取り、電子黒板に向かってサラサラと図を書き始める。

 遠夜も皆と眺めていた。

 うん、そうそう。そうした方が良いよな。機械的な専門用語はいまひとつ判らないが…


 頷く遠夜の周りで、会議に参加していた人たちが囁いている。

 「…凄すぎる。今までの降雨装置の概念がひっくり返っちゃう…」

 「今日初めて設計見て、この理論がすぐでてくるんだ」

 「私たちのこの1時間の議論、すべて無駄じゃね?」


 恭香は非常に細かく図を描いており、遠夜にはよく理解できたが、その場にいた人たちにはそうはいかないようだった。

 「あのー、ここにいる全員がすべてを今すぐに理解するのはちょっと困難なので、これから検討したいと思います、ので…」と進行役の人が言い、皆がうんうんと頷いた。


 「私と遠夜さんは終わりってことかしら?」恭香が首を傾げる。

 「はい、後でコーディネータには報告しておきますので」

 部屋の空気が、生意気なαクラスの子供は出てってくれと言わんばかりの雰囲気になる。


 「じゃあ、行きましょうか」と恭香は遠夜を見て言う。

 「ああ、お疲れさんでした」遠夜はぺこりと頭を下げて出口に向かい、ドアのロックを解除して恭香を先に通らせると自分も廊下へ出た。


 「驚いた。βってあんななの?」恭香は歩きながら口元に手を当てる。

 「俺も初めて見た。大変だなあ」遠夜も女の子の歩調に合わせてゆっくり歩きながら言った。

 「しかし、会議ぶっ壊しちゃってまずかったかな」ヤバかったか?啓司の怒声が幻聴で聞こえる。

 「あら、大丈夫よ。っていうか、あれ黙って見ていられないでしょ、3時間も」

 確かに。遠夜は肩をすくめる。


 「さて、時間余っちゃったわね。宜しかったらお茶でもいかが?」と恭香が大きな瞳で見上げながら訊いてくる。

 「ああ、カフェテリア行くか」遠夜は頷いて、住居地区レジデンスセクションへ恭香を促した。

 

 歩きながら、遠夜は自分で自分に驚いていた。

 俺が女の子と普通にしゃべってる!

 貴彦と啓司に見せてやりたい。ふふふ。


 そこで気が付いた。

 貴彦と啓司はどうしたかな。


 急に足を止めた。

 恭香が振り向いて「どうしたの?」と驚いたように訊いた。

 「あの…友達が今朝、食堂の近くで倒れて医療施設に運ばれたん」と遠夜が言いかけると

 「あっ!もしかして貴彦さん?」と被せてきた。


 「そう、精神サイキックの貴彦。知ってる?」

 「この地下大都市トウキョウで彼を知らない人なんていないわよ。今朝倒れたって噂があって…どうしたの?」心配そうに訊く。

 

 遠夜は何となくモヤモヤする気持ちを押し殺して

 「いや、俺もよく解らないんだ。今から医療地区メディカルセクションに行ってみる。良かったら一緒に行く?」

 訊くと「うん。行くわ」と即答する。


 二人で連れだって、医療地区メディカルセクションに急ぐ。

 ドアの前でセンサーライトに一瞬照らされ、中に入ると『B1-α489622-U001遠夜・T1-α500671-U001恭香、用件は』と人工音声が訊いてきた。

 

 「啓司と貴彦どうなったか見に来た」遠夜が雑に言うと、人工音声は途切れ代わって医師の声で『おう遠夜、1707だ、入れ』と聞こえてきた。

 迷路のようなエリアの中を右左に折れながら進んでいき、『1707』とプレートの掲げてある部屋のドアをノックする。


 予め設定してあったようで自動ドアは音もなく開き、遠夜と恭香は中へ入った。

 精神波を遮蔽するシールドのテントの中で、様々な電子機器のセンサーを付けられた貴彦がベッドに横たわり眠っている。

 頭に包帯が巻いてあるのを見て、恭香が息を飲んだ。


 「女の子連れとは珍しいな遠夜」部屋の隅でパソコンとシャアカステンを交互に見ていた医師が、椅子をギっと回してこちらを振り向き、笑った。

 「貴彦、どうしたんだ?怪我したの?」遠夜が質問の答えは無視して訊くと、医師は苦笑した。

 「気を失って転倒したときにちょっとぶつけただけだ」


 「なんで気を失った?啓司が何か…」貴彦は啓司を追いかけていって、その後、悲鳴が聞こえた。

 「んー、まあ、それなんだが…」医師は腕を組み、上を向いて言う。

 「僕も啓司から話を聞いただけなんだが、啓司が相当動揺しててね。啓司も今日は入院させることにした。継続してきちんとした治療が必要になると思う」


 「え…」啓司も?遠夜は不安になる。

 恭香は話が判らないなりに気にかかるようで、大きな瞳を見張って医師を見ている。

 「啓司の心の問題が端緒らしい。貴彦は例によってとばっちりを受けただけだ。

 一緒にいたのが遠夜じゃなかったから、一瞬ビックリしたぜ。ははは」


 医師は無神経に笑うと「貴彦は大丈夫だよ。精神波を遮断してしばらく休めば気が付くだろう。僕としては啓司のほうが心配だな」と表情を曇らせた。

 

 その時、遠夜と恭香の腕に着けられたウェアラブル端末が揃ってアラームを鳴らした。

 操作すると目の前にショートメッセージの文字が浮かび上がる。

 『会議終了。昼食後、13時より地下大都市コウシュウの技術者テクニシャンとの面談。業務地区オフィスセクションD209号室』これは恭香のメッセージ。

 『会議終了。昼食後、13時半より地上都市東京食料部との会議に参加。業務地区オフィスセクションB117号室』遠夜はメッセージを見て、げえっと言う。なんだそりゃ。


 「啓司は様子を見て通常業務に戻すか判断する。遠夜、ひとりで頑張れるか?」医師が心配そうに言う。

 「子ども扱いすんなっての!俺は大丈夫だよ。啓司を早く治して。じゃあね」遠夜は恭香を促して部屋から出た。


 「医師せんせいと仲いいのね?」歩きながら恭香が目を丸くして訊いてきた。

 「まあ…小さいころからしょっちゅう世話になってるから」遠夜は目を逸らして答える。

 「貴彦さんは大丈夫なのね。良かった」恭香は嬉しそうに言う。

 

 うーん。なんだろう、このモヤモヤは。

 遠夜は黙って歩き、やがて食堂に着いた。

 「じゃあ私、友達と約束してるから。また今度、お茶でもしましょう」恭香がにこりと笑って、手を振って行こうとするのに、思わず遠夜は「あの」と声をかけた。


 「何?」ポニーテールを揺らして、恭香が振り返る。

 「貴彦が心配だったら…あとで連絡してあげようか?」

 俺何言ってんだ。遠夜は自分の言動に焦る。

 「本当?じゃあ、連絡待ってる」

 遠夜に小さく手を振って、友達と思しき女の子の集団に向かって歩いていく。

 女の子たちはこちらを向いて、恭香に何事か話しかけている。


 ぼーっと見ていると「遠夜!」後ろから声をかけられた。

 振り返ると直紀がいて、昼食の載ったプレートを抱えている。

 「お疲れさん。一緒に食おう」と席を指さす。

 「うん」と頷いて、遠夜はプレートを取りに行った。


 啓司のことを心配しながらも、ともすれば考えは恭香にいってしまう。

 黒髪のポニーテールと大きな瞳。笑うときゅっとあがる口角。

 何だ俺…おかしい。

 

 

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