第6章 6
6.
サイボーグ隆一の話は続く。
『恭香と悠美のために言っておくが、結果的には、子供はできなかった。
体細胞から遺伝子を取り出して培養したり、iPS細胞・ES細胞から卵子精子を作ったりしたが、上手く育たなかった。
どこまでも俺たちは、細胞レベルでの奇形体なんだよな…』
『でも人工子宮の存在を知って、自分たちの子供が授かると本当に喜んでいる美奈を見て、俺も翔馬もできないとは言えなかった。
だから俺と美奈の細胞をゲノム解析してそのDNA情報を受精卵に遺伝子操作して、人工子宮に入れて育てた。
受精卵をいくつ作ったか判らない。でも悪いことをしているという考えはなかった。
俺と美奈の子供を美奈に抱かせたい、その一心だった』
遠夜はなんだか嫌な予感がした。
それ、聞きたくない気がする…
『美奈は、29歳の時に遺伝的な病気を発病した。
精神に特有の進行性の病気で、進行度合いに個人差があるものの、確実に命を奪うものだった。
そのころ成人したばかりだった、春見と一緒に治療薬の開発もやったが全滅した』
「はるみって、大神医師か!」真人が大声で言う。
「女の子みたいで嫌だって、苗字で呼ばせるんだよな昔から」遠夜が渋面を作る。
「あの人もう38歳なのね。若く見えるけど…」悠美が驚いたように言った。
『俺は病気の美奈に何もしてやれないことを悔やみ、全然上手くいかない、子供を作ることに倦み疲れていた。
何か美奈の病気に関することでヒントはないかと、ホストコンピュータの中の文献を漁っていて、宇宙船の存在を知った。
翔馬に見せたらすごく興奮して、地下大都市トウキョウ中を探して格納庫を見つけた』
「あの格納庫は、何か特別な仕掛けがしてあるようですね」貴彦が言った。
「昔から、遠夜があの格納庫に行っちゃうと、俺も啓司も見つけられなくて苦労しました。
遠夜は絶対に教えてくれなかったし」
「だって、あそこは教えちゃダメだって…」遠夜は言いかけて考える。
あれ?誰に言われたっけ?男の人だったけど…
『そうなんだ。電磁波を張り巡らせてあって、どのマップにも載っていない。
だから結局俺にも、誰がどんな目的であれを建造したのか判らなかったんだ』
『俺はあの宇宙船を見つけ、人間の脳がメインコンピュータだと知って、落胆した。
だけど翔馬が言ったんだ。
美奈の脳が病気に侵される前にサイボーグになって、この船で3人でここから出て宇宙へ行こうって』
『もうあの時、俺たち3人ともおかしくなっちゃってたとしか言いようがないんだが…
すごく良いアイデアだと思ってしまったんだ。
だから、翔馬は改造して新たに感覚センサーを取り付けて美奈と会話したり、美奈の声が聴けるようにした』
「そうね。サイボーグになるなら別に宇宙船じゃなくても良いものね」恭香が呟く。
そうか、そうだな。
皆、納得して頷いた。
『そんな時、もう子供どころじゃないと放ってあった、最後の受精卵が着実に育っていることが判った。
美奈はすごく喜んで、病の身体をおして毎日見に行っていた。
名前もつけていた』
「聞きたくない!」思わず遠夜は叫んだ。
皆、驚いて遠夜を見る。
両手で顔を覆ってしまった遠夜の肩に、恭香が心配そうに手を置いて顔を覗きこむ。
『察しが良いな。さすがだな』隆一の声がコクピット内に響く。
まさか…
『そう。遠夜。お前だよ』
『地下大都市の遠い夜が明けるように。夜が明ける扉を開くように。
美奈はそう言っていた。
母親の胎内で育つ子供のように、自分の心音を聞かせたりしていた。
とても幸せそうだった』
『だから俺は言えなかった。
遠夜が生まれるまで待っていたら、美奈の脳まで病に侵されて船にはなれなくなってしまう。
子供をこの腕に抱きたいという美奈の強い願いを知っていたから、言えなかった』
『だけど翔馬は違った。
美奈をどうしても死なせたくない、そう言って美奈を早くサイボーグにしたがっていた。
翔馬も美奈を愛していることは知っていた。
俺も美奈も翔馬も、3人とも感情の板挟みの中で苦しんでいた』
自分がそれぞれの立場だったら…と考え、皆、暗い気持ちになった。
とても結論のでる話ではない。
でも、病の進行は確実で、残された時間はないのだ。
『美奈は遠夜を抱くまでは絶対に死なないと言って、受けられる治療はすべて受けた。
副作用に苦しんで一睡もできない夜でも遠夜の人工子宮に子守唄を歌っていた。
その姿を見て、翔馬も諦めた。俺も覚悟を決めた』
『遠夜が生まれた時には、美奈は酷く体調が悪くて会えなかった。
だけど気力で起き上がって、遠夜を抱っこしたんだよ。
あの笑顔を…忘れない』
隆一の声が湿ったようになる。
恭香も悠美も泣き出していた。
遠夜の記憶が、隆一の言葉で開かれる。
あの、誰だか判らなかった、笑顔の女の人…
美奈さんだったんだ。
「額に…何か輪のような…飾り?じゃないか。医療器具?みたいなの着けてた?」と遠夜が訊いた。
『凄いな!覚えてるのか!』
隆一の声が驚いたように響く。
『そうだ。痛みを感じる脳の中枢に直接作用して痛みを感じなくする額輪だ。
薬剤点滴では意識を失くしてしまって抱っこできないからと、翔馬が作ったんだ。
そうか…覚えていたか…顔は?』
「うん…笑顔の女の人としか。
すごく良い感情だった。安心する笑顔だった。
だから覚えてるんだと思う」
遠夜は呟いた。
『…それからほどなくして、美奈は力尽きたように逝ってしまった。
5年後くらいに翔馬も病気で亡くなった。美奈に会えると笑って逝ったよ。
俺は後を追おうにも、美奈に遠夜を頼むと言われていたから死ぬに死ねなかった。
だから精神に頼んで、記憶を7割方消してもらったんだ。
そうでもしないと、辛すぎてとてもトウキョウのトップとしてやっていけなかった』
『でも先日、コンピュータルームに遠夜を連れて行ったとき、あれは悠美の精神波だな?を浴びて気を失って、起きた時にすべて思い出してしまってなあ。
遠夜が何をするのか注意していたら、なんと宇宙船を動かしてどこかへ行こうとしてるじゃないか?
その時に、俺が宇宙船になろうと思ったんだ』
『格納庫の存在を幼い遠夜に教えたのは、翔馬だろうな。
頭脳でありながら、美奈の遺伝子も受け継いで精神の能力も高い遠夜がここに馴染めないのを心配してたから、逃げ場を与えたんだと思う。
翔馬なりに美奈の子供を愛してたんだ』
『俺と美奈と翔馬の夢だった、宇宙に行くってことを、俺たちの息子がやってくれると思うと嬉しくてな。
俺の身体はもう、どうせあと保って1年だ。
美奈に会うのは、遠夜と一緒に宇宙に行ってからでも遅くないと思った』
「俺たちの息子とか言うな!気持ち悪い」遠夜が腕をさすって言う。
まあ、地下大都市ではそういう概念がないからなあ…気持ち悪いかも。
でもそれにしては本気で嫌がってないな…貴彦は思い、悠美を見ると悠美も笑ってウィンクした。
「じゃあ、俺たちは誰と戦ってここへ来たんだ?」遠夜がブツブツ言う。
『そりゃ古い体制と戦ったのさ。
俺は特に太一に何も指示していない。示唆はしたけどね。
俺が早晩、病気で死んだら太一が頭脳のトップだ。
例え、遠夜が来年成人してトップになったとしても、太一の力を借りないわけにはいかない。
太一がこんな計画に乗るはずはないから、戦わなけりゃならなかったんだ』
『遠夜がコンピュータルームで俺に言ったことは正しい。
地下大都市は役目を終えたんだ。とっくに滅びていなければいけない存在だった。
俺は脳天をガンと打たれたような気がした』
隆一は誇らしげに言った。
『遠夜は、まさしく、遠い夜が明ける扉を開いたんだ』




