第6章 4
4.
暗い廊下で明かりを灯すわけにもいかず、5人は往生して立ち止まった。
真人がアイシールドの暗視機能を最大限にするが「こう真っ暗じゃな。何も見えない。自家発電とかないのか?」とぼやいた。
悠美が「…大丈夫よ、降ろして」と言ったが、宇航は「無理しない方が良い。貴彦にだいぶん力を送り込んでいただろう?私は大丈夫だから、ナビゲーションだけしてくれないか」と背負い直した。
「ありがとう。とりあえずまっすぐ進んで」
5人は再びそろそろと歩き始めた。
「オーカミ医師!戦闘ロボット停まった?!」遠夜がイヤーカフのマイクに向かって言っている。
『おう、停まった停まった!どうなることかと思ったが…、梁さん、恭香ちゃん、この宇宙船凄いぞ!戦闘能力めちゃ高い!』
興奮した様子の大神医師の声が、全員のイヤーカフを通して聞こえてくる。
ああ…そんな気はする。宇航と恭香は思った。
隆一さん、そういうとこ子供みたいなんじゃないかな多分。
「宇宙船が凄い…?」真人が訝しげに言う。
「大神医師、操縦っていうか、メインコンピュータの扱い方知ってるのか?」
「さあ…知らないと思うけど」恭香がすっとぼけて、宇航も頷く。
「まあとにかく、急ごう。貴彦の様子も気になる」遠夜が言って、皆は足を速める。
啓司の背で、貴彦は完全に気を失っているようだ。
「あたしとのラインを繋ぎ続けるために、限界まで意識を保とうとしたみたいで…」悠美が唇を噛む。
こんなに無理して…精神を壊したらどうするの、日向みたいに…
「船には精神の奴らもいる。治療を助けてもらおう。
啓司、大丈夫か代わろうか」遠夜が訊いて、啓司は
「もうちょっと大丈夫だ。しかし、こいつを背負ったのも久しぶりだな。昔は、遠夜の暴走を止めて力を使い果たした貴彦を、よくおぶって大神医師のところへ運んだもんだ」と笑った。
「…そうだったな」暗闇の中、遠夜の声にも懐古の色が混ざる。
「俺たち3人だったから、なんとかここまで来られたなぁ」
「いやいや。俺と貴彦は別にお前がいないほうが、平和にここまで来たと思うぞ」啓司は真面目に言う。
「これからは彼女に任せて、俺は楽隠居だ」はっはっはぁと笑い声になる。
「いえそれは…どうかしら」思わず恭香は呟いた。
「え?」と真人が訊く。
「ううん、なんでもない」恭香は慌てて言った。
船に行くのが怖いような気がする。
「そういえばさあ。あれ、遠夜の中の恭香のイメージ?」真人が訊いた。
えっ?何?と遠夜が思う間もなく「ああ…やたら可愛かったな」と啓司が言った。
ふふふっと、宇航と悠美が笑う。
「皆の表層意識もミュータントに悟られないようにしようと思って、遠夜の頭の中のイメージを皆に共有させたの。
皆の意識が恭香の笑顔でいっぱいになっちゃって…」またふふふと笑う。
「えーっ!」遠夜は仰天した。
「悠美!俺に何の断りもなく…」恥ずかしさで言葉が続けられない。
「誇張しすぎよ、私あんなに可愛くないし」恭香の拗ねたような声がする。
「ちょっ…恭香までそんなこと言うなよ~俺の立つ瀬がないじゃん」遠夜は泣きたくなってきた。
皆の笑い声が廊下に響いた。
その時、廊下の明かりがうっすらと灯った。
「自家発電が動き出したな。急げ、人々が冷静になる前に出航しないと!」
5人は格納庫へ急いだ。
格納庫へ入ると、船の動力が動き出していた。
「あれ?もうエンジンかかってんの?」真人が不思議そうに言う。
タラップの上で大神医師が大きく手を振っている。
「おーい!急げ!
予定の人間は全員積み込んだ。何人か、急に乗せてくれと言ってきた人が何人かいるが、良いな?」
「いいよ!」遠夜が叫ぶ。
もうすぐ時限装置が作動する。
この時間までに格納庫へ来られて良かった。
予定ギリギリだ。
啓司に代わって貴彦を背負い、真人に助けられながらタラップを上がって最上段に着いたその時、大きな音量でそれが聴こえてきた。
はっとして皆立ち止まる。
振り向いて、遠夜を見た。
「隆一さんに宛てて捧げる曲。
今朝、ホストコンピュータに時限式で仕掛けておいた。
可愛がってもらったのに、さようならって言えなかったから」
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『レクイエム』だな…」
大神医師が呟いた。
曲は最後まで流れ、船の中にいた人たちも遠夜たちも、頭を垂れて隆一の冥福を祈った。
「えー…さて。感動的な場面に水を差すようで、大変申し訳ないんだが」
曲が終わると、大神医師が咳ばらいをして言った。
「中に入ってくれ」
貴彦をとりあえず船室に寝かせて悠美に託し、コクピットへ急ぐ。
出航の準備をしなければ。
そして、遠夜はひとつの可能性を頭に描いていた。
コクピットには、5人と大神医師がいた。
遠夜はメインコンピュータが取り付けられているはずの場所にある、大脳を見て
「…やっぱりそうか。隆一さんだったか」
と呟いた。
『さすがだな、遠夜』とコクピット内に隆一の声が響いて、遠夜は度肝を抜かれた。
「なんっ…」言葉が続かず、目を見開いて口をあんぐりと開けた。
こんな設計知らないぞ?!
「とりあえず、話は後だ」急いで宇航は言った。
「出航しよう」
呆然としている遠夜を尻目に、宇航と恭香はバタバタと動き回りキーボードに様々なコマンドを打ち込んでいった。
宇宙船のエンジン音が大きくなり、船全体が細かく振動し始める。
船を繋留していたアンカーボルトが解かれて船から離れ、代わりに船体から車輪が出てくる。
「隆一、準備は良いか」と宇航が訊くと『OK』と返事が来た。
会話できるのか?!
遠夜と啓司と真人は、驚きすぎて開いた口が塞がらない。
恭香が船内用のマイクのスイッチを入れた。
『搭乗の皆さんにお知らせします。
これからこの宇宙船は出航します。
地上に出るまではしばらく大きい揺れが発生することが予想されますので、お気を付けください』
「ほれ、船長、号令だよ」大神医師が遠夜に言った。
遠夜は、我に返って
「出航!」
と大きな声で言った。
ドンっと一度大きく揺れ、宇宙船はガガガガガっと轟音をとどろかせながら動き出した。
無事に動いてくれ…皆は祈るような気持ちで、コクピットの椅子やテーブルにしがみつく。
「格納庫上部扉、オープンします」恭香が激しい揺れに耐えながら言って、キーボードにコマンドを打ち込む。
ものすごい音が響き渡るのと同時に、大量の土砂が格納庫内に落ちてくるのが船窓から見える。
「開いた!良かった」恭香が喜ぶ。
宇宙船は格納庫の上部扉をスロープのように登っていき、「プロペラスタート」という宇航の声とともにぐおんぐおんという耳障りな音を立ててプロペラの回る音がした。
上下左右ガタガタと揺れ「気持ちわり…」と啓司が呻く。
その次の瞬間、床に押し付けられるような感じがして、身体がふわっと浮くような感じがした。
コクピット・ウィンドウの外には、、、青空!
「やっ…たああ!」皆立ち上がって、飛び跳ねて喜ぶ。
恭香と宇航はがっちりと握手する。
大量の土砂を振り落としながら、大きな宇宙船は大空へ飛び立った。
目指すは、地上都市 X。




