第5章 2
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〈宇航・遠夜)
梁宇航は世界中の仲間に呼びかけて集めた、膨大な資料を遠夜と分析した。
一緒に仕事してみると遠夜は本当に頼りになる存在だった。
何しろ信じられないほど理解が早く頭の回転が速い。
宇航の思考の常に3歩くらい先を行っていて、宇航が追いつくのを待っている感じだった。
しかもそれが全然嫌味のようではなく、宇航のプライドとか考えを傷つけることなくものすごいスピードで分析を進めていく。
この人はリーダーの器だ。宇航は脱帽した。
こんな計画に加担させたりせず、このまま成人させた方が良いのではないか。
地下大都市トウキョウのトップとして世界中の地下大都市の特殊能力者を率いて、いつの日か堂々と地上都市を築き、穏やかに滅んでいく方法を導き出せるのではないか。
休憩しているときに宇航は遠夜に言ってみたことがある。
このまま成人して、αクラスの首位として中央の行政に関わり、隆一とは違った方法で地下大都市の最期を見届けるというやり方もあるのではないかと。
遠夜のずば抜けた頭脳を、技術を、胆力を、レジスタンスなどではなく正攻法で役立てる方法を考えた方が皆のためになるのではないかと。
遠夜は照れたような困ったような表情で、頭の後ろに手をやった。
「宇航は俺を買い被りすぎてるよ。俺はそんな人間じゃない。
幼いころからとにかく体制に反抗ばかり、我が強くて、異端児で鬼っ子の遠夜って言われてたんだ。
貴彦と啓司がいなかったら、俺は今ここにいないと思う。とっくに廃棄処分されてるね。
だから俺にはこういうやり方が一番合ってるんだよ」
それに…と遠夜は続けた。
「俺はね、宇航。地上都市なんかで滅びる気はないんだ。
せっかく地下大都市を脱出するなら、もっと楽しく壮大なところに行きたいじゃないか?」
ふふふといたずらっ子のように笑う。
敵わないな…宇航は笑って、もうこの話はしないと決めた。
今は目の前のことに集中だ。
〈恭香・真人〉
真人は完全に恭香の手下となっていた。
恭香の人心把握能力というのはまったく素晴らしくて、少しでも異議を唱えようものなら、大きな瞳をあっという間に潤ませ「ひどい…」と上目遣いに見上げてくる。
これで真人は全然逆らえなくなり、ハイハイとロボットのように動くことになる。
傍目から見れば、真人が恭香に惚れているからというごく単純な理由に過ぎないのだが、真人は恭香の能力だと心底恐れ入っていた。
ともあれ、恭香の設計は完璧で技術力は正確で指示は的確で、防弾スーツはものすごい速さでプロトタイプが山ほど作られて改良を重ねられ、どんどん良いものになっていって一週間も経たぬうちに完成した。
その上、恭香は遠夜に頼まれて、とんでもないものを修理していた。
恭香でも一人では音を上げそうになる難しさで、裕太もよく判らぬままに駆り出され、真人は下働きでコキ使われていた。
遠夜も時間を作っては様子を見に来て、設計図を見て恭香を助け励ましついでにちゃっかりキスして恭香の文句を封じていた。
ある時、たまたま遠夜と恭香は二人で格納庫にいた。
遠夜が設計図を見ながら「ねえ、これ前から思ってたんだけど、動力と操縦のラインおかしくね?どこからどう繋がってんだ?で、どこへ行くんだ?」と言い出した。
恭香は「え~?どこぉ?私は別におかしいと思わなかったけど…」と遠夜の背中から抱きつきながら覗き込む。
遠夜は背中に恭香の胸の感触を感じて秘かに赤面しながら、恭香の細い手首を持って図面に沿って恭香の指を走らせる。
「ここから…こっちに繋がるのは判る。
問題はここなんだよ。動力からのラインが、ここのメインコンピュータに繋がってないような気がしないか?
それでメインコンピュータから操縦桿までも不明。
このメインコンピュータがどうも気になる…実際はどうなってる?」
恭香の頭の中で、一瞬にして設計図が立体化する。
実際のコクピットの構造を思い浮かべて重ね合わせる。
はっとして遠夜の背から身を起こした。
遠夜は後ろを振り返って恭香を見た。
「そうだわ…!私もおかしいと思ったのよ。
実際は繋がってるの。でも、メインコンピュータがどこにあるのか、よく判らないのよ。
何かを格納する場所はあるの。だけどなんていうか…接続線が見たことないような形で。
スピード重視で修理してたから、判らないことは後で考えようと思っていたんだった」
遠夜は図面を指の背でコツコツと叩きながら考えていたが、やがて顔を上げた。
「メインコンピュータがどこか判らないってのは致命的だ。
俺もはるか昔に、何となく見た覚えがあるような気がするんだけど…思い出せない。
忙しいから遠慮してたんだけど、こうなったら宇航に頼るしかないな」
恭香は座り込み、しゅんとして俯いた。
「ごめんなさい…私って全然あてにならないわね。
こんなんでαクラスって威張ってるなんておこがましいわ」
遠夜は慌てて恭香の肩を両手でポンポンと叩いた。
「恭香はすごくよくやってくれてるよ!俺がこんなに丸投げできる人は滅多にいない。
コクピット以外はもうほとんど修理も終わってるし、この短期間で凄いと思ってるんだ。
コクピットは最初から俺や梁さんも一緒にやろうと考えてたんだよ」
恭香の両肩を持ったまま、遠夜は額を俯く恭香の額にあてた。
「俺、本当に言葉が足りなくて…恭香を傷つけてばかりだな。
恭香は頼りになるパートナーで、心から尊敬してる。
俺のこんな無茶な頼みを聴いてくれて、ありがとう感謝してるよ」
恭香は顔を上げ、潤んだ瞳で遠夜を見た。
拗ねたような顔をする。
「そんな言葉じゃなくて…他にあるでしょう?
私はそのためにこんなに頑張ってるの~」
遠夜は苦笑して恭香を抱きしめた。
女の子って面倒だな~
でもこういうの嫌いじゃない。むしろ嬉しい。
「恭香…大好きだよ」耳元で囁く。
恭香は遠夜の背に腕を回してぎゅっと抱きしめる。
どちらからともなく身体を離して唇を重ねた。
深く口づける。
恭香の身体から力が抜け、遠夜はキスしたまま左腕で恭香の身体を支え、右手を床につけてゆっくりと恭香の身体を横にした。
左腕を恭香の首の下に移動させ、右手で胸に触れる。
唇を離して見つめ合った後、遠夜は恭香の耳から顎、首筋にかけてキスしていく。
恭香の呼吸が早くなってはぁっと息を吐き、遠夜は止まらなくなって恭香のユニフォームの襟のボタンを外した。
その時、格納庫の入り口の方でガタッと大きな音がして、二人がはっとして顔を向けると「…ごめんっ!」と誰かが駆け出していく音が聞こえた。
「…誰?真人?」遠夜が起き上がって入り口の方を見た。
「扉、ロック開いてたのね…」恭香も襟のボタンに手をやりながら身を起こした。
「閉めてたとしても真人ならキー持ってるから同じことだけどな」
遠夜は自分の行動を思い起こして、今更のように赤くなって口元を右手で覆った。
「行きつくとこまでいってなくて良かった…」思わず呟く。
恭香は遠夜に背を向けてユニフォームを直し、乱れてしまった髪も結い直した。
顔が熱く火照っているのが判る。
私…今、遠夜に抱かれたいと思った。
怖いとか、全然思わなかった…
背を向けてしまった恭香に、遠夜は慌てる。
「恭香ごめん…俺止まらなくなっちゃって…怒ってる?」
恭香は背を向けたまま、首を横に振った。
「全然怒ってないから…嬉しかったから」思い切って言った。
遠夜は恭香を後ろから抱きしめた。
髪にキスして離れる。
ダメだこれ以上は。また我慢できなくなる。
「ああ~真人呼んでこなきゃな。なんて言おうかなぁ」天井を振り仰いで嘆息する。
「コクピットを残すだけでほぼ修理終わったし、宇航と一緒にコクピットをやるんだったら皆にお披露目していいんじゃない?
計画の最終段階と、私たちの最終目的も含めて話した方が良いと思うわ」
「いや、でも、メインコンピュータの問題があるから、そこが解決したらだな。
宇航に先に来てもらおう。あと真人」
遠夜はウェアラブル端末を操作して、とりあえず宇航を遠夜の部屋に呼び出した。
宇航からはすぐに返事があり、19時ごろなら行けるとのことだった。
真人か…遠夜は唇を噛んだ。
あいつ、恭香のこと好きだよね…恭香はまったく気づいてないみたいだけど。
よりによって真人に見られるとは。
ああ、最悪だ。
計画から抜けたいなんて言ってきたらどうしよう。
遠夜の危惧は的中することになる。




