第3章 5 恭香
5.恭香
なんかもう、最悪だわ。
私は捗らない仕事にイライラして、工具を投げつけた。
チームのメンバーが驚いたように私を見た。
梁さんを紹介したのは間違いだった。
そう思わざるを得ない。
梁さんもひどく気落ちしている。
貴彦さんが倒れた。
あの話の後、悠美さんに拒絶されたのが原因みたい。
非常に容態が悪く、面会謝絶らしい。
お見舞いに行った友達が暗い顔で帰ってきた。
精神の人たちが総出で治療に当たっているんだって…
真人さんが立ち入り禁止区域に入り込んで、人造人間から狙撃されたらしい。
肩と足に大怪我をして、医療地区にしばらく入院になった。
本人は地下大都市に来たばかりで不案内なので、間違って入ったと言い張っているらしいけど、そんなわけなはないと梁さんは言っていた。
うっかり入れるような簡単なシールドじゃない。確信犯だと。
そして。
遠夜さんが大暴走して、居住地区の一部を破壊した挙句、意識不明で大怪我して入院している。
まだ意識は戻っていなくて、私は毎日様子を見に行っては医師に慰められて帰ってくる。
時々、啓司さんに病室の前で会う。
遠夜さんに地下大都市トウキョウのホストコンピュータへのクラッキング行為の容疑がかかっているらしいと、啓司さんから聞いた。
梁さんはとても心を痛めていた。
自分が余計なことを話したから、少年たちは無茶をしたのだとものすごく後悔している。
私が悪いんだ。
梁さんがあの話をすると解っていて、強引に皆に会わせたりしたから。
遠夜さんのことが心配でたまらない。
遠夜さん。遠夜さん。会いたいよ。
仕事に集中できず、かなり予定時間をオーバーしてやっと終わらせて部屋へ戻る。
私が遠夜さんのことを好きだというのはもう皆に知れ渡っていて(当たり前か)、仕事終わりにおしゃべりしようとか甘いものでも食べようとか、そういうお誘いは一切なくなった。
私もそういう気持ちにはとてもなれない。
裕太はあれからは人が変わったように穏やかになって、私は自分の甘さというか今までの態度を心から反省した。
裕太も遠夜さんのことをとても心配してくれた。
クラッキングも、何かの間違いじゃないかなあと言っていた。
だって、俺たちのIDじゃそもそもホストコンピュータまで入れないだろ?
でも頭脳のトップの人だもん、私たちの思いもつかないようなやり方でクラッキングできちゃうのかもしれない。
あの話をしていなければ、私も裕太と同じように何かの間違いと思ったかもしれない。
遠夜さんは、ホストコンピュータに入り込んで何を知ったのだろうか。
汚れた作業着を脱いでシャワーを浴び、着替えていると啓司さんからショートメッセージが来た。
展開すると、遠夜さんの意識が戻ったと書いてあった。
髪も濡れたまま、私は部屋を飛び出して医療地区に走っていった。
人工音声の誰何に答える間ももどかしく病室に飛び込むと、全身包帯を巻かれた遠夜さんが起き上がってポカンとしていた。
「誰?」遠夜さんが訊く。
えっ!記憶喪失?!と私が驚いて口も利けずにいると、医師が呆れたように「何言ってんだ遠夜、愛しの恭香ちゃんだろう」と言った。
「えーっ恭香さん?…いつもと違う感じだから」遠夜さんは照れたように笑った。
私は遠夜さんの笑顔が嬉しくて、抱きついて大声で泣いてしまった。
良かった。もう会えなかったらどうしようと思った。
「ちょっと恭香ちゃん、気持ちはわかるけどさ、コイツまだ意識戻ったばかりで怪我もしてるからそこらへんで勘弁してやって」医師が苦笑しながら私の肩をたたいた。
私は不承不承、泣き泣き身体を離した。
遠夜さんの顔は包帯が巻かれてないところが真っ赤になっているのが判った。
あら…ごめんなさい。私ったら。
啓司さんが微苦笑してハンカチを渡してくれる。
私はショートメッセージのお礼も言ってなかったと気が付いて、涙を拭きながら礼を言った。
医師が医療ロボットに指示しながら、手際よく遠夜さんの頭や身体のあちこちにセンサーをつけていく。
モニターにバイタルサインが映し出され、脳波や心電図も表示される。
遠夜さんが「そうだ!貴彦は?」と訊いた。
医師は生体モニターを操作しながら「貴彦もさっき気が付いた。悠美がつききりだから邪魔しちゃ悪いと思って。ったく、遠夜も貴彦もうまいことやりやがったなあ…」と最後は愚痴った。
「…よし。後でエコーするけど、とりあえずは内臓の損傷もないようだ。
本当、勘弁してくれよ。お前ら僕を殺す気か?
貴彦が倒れて意識不明の重体になったかと思ったら、真人が立入禁止のエリアに入り込んであろうことか銃創負って担ぎ込まれてくるし、とどめはお前が大暴走で部屋の周りまで破壊して大怪我ときた」
「えっ真人が?」遠夜さんが驚いたように起き上がろうとして医師に押さえつけられた。
「動くな寝てろ。今チェックしてんだから!お前に問題なければ真人と同室にしてやるよ。
…あ、でも恭香ちゃんが来にくくなるか?」と私をちらっと見た。
私は赤くなる。啓司さんが面白そうに笑って私を見ているのが判って、余計に恥ずかしい。
「オーカミせんせー腹減った~」と遠夜さんが情けない声を出す。
啓司さんが「暴走した後は、いつも大メシ食らうよなあ遠夜は」と思い出したように言う。
「今回は暴走の程度が酷いし、今日のところは美味しい点滴で我慢しろ」医師はにべもなく言った。
「えーっ」遠夜さんはがっくりと力を抜いてベッドに横たわった。
私は髪がまだ濡れているのに気が付き、着替えが途中で上着を羽織ってこなかったので寒くなってきて
「じゃあ私、部屋に戻ります。遠夜さん、お大事に。また来ます」
と言って部屋を出ようとすると、遠夜さんが「恭香さん!」と声をかけてきた。
振り返ると「来てくれてありがとう。また待ってるね」包帯だらけの手を振ってくれた。
私は嬉しくなって笑って手を振り返した。
真人さんが同室でも、めげずに来るんだ~~♡




