第3章 4 貴彦
4.貴彦
悠美さんから拒絶されて、俺は息をしているのも苦しかった。
なぜ、こんなふうに急に、完全に遮断されてしまったのか。
理由が判らない。ただただ苦しい。
仕事にも集中できずにミスばかりして、訓練中も悠美さんの姿を探してしまって先輩から怒鳴られ、精神の上司から、少し休んではどうかと言われてしまった。
当然だ。俺は反省するけれど、本当にどうにもならない。
休憩中や食事時に、遠夜、真人、啓司に会っても同情の目を向けられてしまう。
微笑んでみるけど、皆余計に憐れむような顔をするだけだ。
情けない…
俺の中で、悠美さんという人がいかに大きな存在だったか、思い知った。
俺は悠美さんが好きだ。
自覚すると、尚更今の状況がつらくてしんどくて耐え難かった。
もう死んでしまいたい。
そんなことを日に何度も思うようになった。
精神を壊すのが、俺たち精神にとっては一番有効な自殺の方法だ。
精神に肉体がついてくるからだ。
精神を壊せば自動的に心臓や脳の活動は停まる。
悠美さんのかつての恋人のように。
俺は毎日ギリギリの状態で仕事を続けた。
俺の精神がすり減っていくのが判る。
悠美さんが予知の実現を知って倒れかかったときに支えた、あの感触を何度も思い出す。
俺の腕の中で震えていた。
今まで大きな存在で、手の届かない人だと思っていた悠美さんは、小さく華奢だった。
頬を寄せたときのいい香り…
悠美さん。俺、あなたが好きだ。
恋人がいたことも、その人が事故で酷い亡くなり方をしたのも知ってる。
あなたの心の中に、今も常に彼がいるのも知っている。
だけど…
俺は気が遠くなるのを感じた。
ああ、ついに死ねるかな。
そしてブラックアウト。
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・・・・・・暖かい。
とても温かい。
淡く柔らかい、オレンジ色の光。
俺の中に少しずつ流れ込み、俺の身体中を満たす。
『貴彦…』
誰かが泣いている。誰?
『貴彦…』
俺の手を握って、静かにずっと涙を流している。
『貴彦…』
判らないけれど、とても好きな声だ。
俺の好きな人だ。
「…ゆうみさん…」
俺は目を開けた。
悠美さんが目の前にいて、泣いている。
悠美さんの悲しみが、俺の中に流れ込んでくる。
「…泣いてるの?」
俺は手を伸ばして悠美さんの涙を指で拭った。
悠美さんは俺の手を両手で握りしめた。
「ごめんね、貴彦…
あたし、あなたにとんでもないことを…」
俺の手を握ったまま泣きじゃくる。
温かいオレンジ色の光が俺を包む。
「予知がいよいよ実現することを知って、あたしとても動揺してしまって。
とにかく自分の気持ちを立て直さなければと、貴彦にあたしの動揺を悟られてはいけないと。
ラインを切った。
だから、こんなにも貴彦が苦しんでいることを知らなかった」
「貴彦の気持ちには、ずいぶん以前から気づいていた。
でもあたしにとっては幼いころから知ってる可愛い弟のような存在だし、貴彦自身がまだ自覚していないようだったから、もう少し放っておいて大丈夫だと思ったの。
優秀で、地下大都市中の女子から人気のある貴彦のあこがれの存在。そういう立ち位置が、あたしにとってとても心地よかった」
俺の手を離して、両手で涙を拭いた。
子供っぽい仕草がとても可愛い。
俺は微笑んだ。
「貴彦が倒れたって聞いて、あたしも治療チームに参加させてくれって言ったんだけど、邪念が入るからダメだって言われて。
4年前に亡くなった日向の時と容体が似ていて、正直あたしはちゃんと治療できるか自信がなかった。
でも貴彦が危篤に近いって言われて、貴彦が死んでしまうかもと思ったら気が狂いそうだった」
「その時、今度は遠夜が大暴走して、貴彦がいないし、精神の皆は貴彦の治療にあたっているし、あたしが駆け付けたの。
遠夜は今まで見たことがないくらい大荒れで、居住地区の一部を完全に破壊してしまってもまだ収まる気配がなかった。遠夜も大けがしていて」
「切れ切れの遠夜の意識を拾ってつなぎ合わせたら、貴彦が倒れたのはあたしのせいだって、ものすごい怒りだった。
遠夜の意識にある貴彦は、それは優しくて頼りになる、遠夜にとってはお兄さんのようなお父さんのような、思い切り甘えられる存在で、好きとかそういう感情を超越してた。
自分はどうなってもいいから、とにかくあたしを引っ張り出して貴彦の治療をして気持ちに応えろと。
そればっかりの強大な思念だった」
俺は驚いていた。
遠夜がそんなことを…無茶して…
「このあたしでも遠夜を抑えるのに苦労した。
貴彦は小さいころから、全身全霊で遠夜に向き合ってきたんだって解って、心から尊敬したよ。
すごいね。貴彦は…
あたしには遠夜みたいに思ってくれる人はいない」
そして悠美さんは俺の頬を優しく撫で、髪を梳いた。
「あのね、貴彦…
あたしも自分の気持ちに正直になろうと思ったの。
日向のことは忘れられない。それはもう仕方がない。
そういう意味では、もしかしたら貴彦に悲しい思いをさせてしまうかもしれない」
俺は目を見開いて、悠美さんを見つめた。
それって…
悠美さんは微笑んで俺の唇にキスした。
流れ込んでくる悠美さんの気持ちが、俺の中で言葉になる。
『好きだよ』




