第3章 3.遠夜
3.遠夜
梁宇航という人の講演を聞いた後、俺は地上都市群と地下大都市の構造、歴史、関係性などに興味を持って文献を集めて読み漁った。
実を言うと、梁さんほどの明確なものではないけど俺も違和感を覚えたんだ。
地下大都市ってなんだ?
人間が第3次大戦中~戦後にかけて、放射性物質の脅威から逃れて安全に暮らし、また地上に戻ることを目的として建設され機能する施設、という定義だ。
新暦60年ごろから、人間は少しずつ地上に戻り始めた。
そのころはまだ、放射性物質の影響を受け損傷したDNAを持つ人間も多かったし、とても地上で働ける状態ではない人も多かったらしい(身体の奇形とか、脳の障害とか)。
だから一定の期間は、地下大都市にも存在を継続する必要があったのは判る。
だけどなぜ、これだけ地表が回復して人間も食料や生活のものを自給するようになり、自治できるようになったのに、地下大都市は存在し続ける?
地下大都市トウキョウは歴史が古く、また統廃合もなくずっと孤立したような存在であったので、さまざまな文献が残っていた。
俺は初期から最近までの、人々の染色体損傷に関する文献を紐解いてみた。比喩ですよ。
PC端末で見たんです。
初期には目を覆わんばかりの症例があって、読み進めるのがつらいものも結構あった。
でも、このトウキョウでも頭脳の研究者たちが懸命に研究や治療に取り組んで、時代を追っていくごとにどんどん元々の人間のDNAに近づいていく様子が見て取れた。
俺の先輩にあたる、この研究者たちに俺は心の底から敬意を表する。
梁さんが言っていた通り、新暦100年ごろから地上の人口が爆発的に増加する。
それまではDNAに何かしらの異常がある人は生殖を禁じられていたからだ。
ということは、DNAに異常のある人が極端に減ったことを表す。
にもかかわらず、一定数の特殊能力者が生まれてくるのは何故だ?
地下大都市を存続させるために生まれてくるかのような…
地下大都市の特殊能力者は、現在でも子供を持つことはできない。
染色体が異状な人間だから。
それについて、今までは何とも思ったことがなかった。
でも…恭香さんという人に出会ってしまってからの俺は、ぼんやりとそんなことを考えるようになった。
そんな時に梁さんの話を聞いた。
裏付けはないけれど、殆ど俺が思っていたのと同じような疑問を持っていたのが判った。
俺は梁さんの話を聞いて、地下大都市が何故こんなに無理無理に存続していこうとしているのか、それは誰の意思なのか、地下大都市はこの先どうしようとしているのか、ますます知りたくなった。
俺は自分のルーツとかにはあまり興味がなかったのだが、恭香さんが知りたいと言っていたので、それも調べてみようと思った。
つまり、クラッキングである。
現在、全世界で5箇所ある地下大都市のどこかに、メインフレームがあると言われている。
俺は個人的にはここトウキョウにあるんじゃないかと睨んでる。根拠はないけれど。
俺のIDでホストコンピュータに入り込むのは無理なので、隆一さんのIDを拝借してパスワードを書き換える。
すごい厳重なセキュリティをひとつひとつクリアしていって、かなり深部まで入り込んだ。
公開されている文献とは違う論文がたくさんあった。
興味をひかれた論文を見て、俺は衝撃を受けた。
今から60年ほど前、新暦100年ごろに地上都市からの特殊能力者はほぼいなくなっていた。
普通の人間しか生まれなくなり、地下大都市への特殊能力者の供給は完全に途絶えている。
検査も廃止されたらしい。
やっぱりという思いの方が強かった。
でも、じゃあ、俺たちはどうやって生まれた?
俺たち特殊能力者のDNAを詳しく解析した文献もあった。
頭脳に特有の塩基配列、さらに踏み込んで優秀な頭脳に共通の染色体とは。
これ…遺伝子操作にまで話が及んでいる?
ぞっとして閉じた。
適当に目についた項目をクリックする。
[Immigration project]―移住計画と名付けられたそれは、思ってもいないものだった。
まだ期限は決められていないようだったが、地上都市の人間を一掃して地下大都市の特殊能力を持つ人間が地上に移住するという壮大にして滅茶苦茶な計画だった。
そんなことしたら、いずれ地下大都市の人間だっていなくなるだろう。
子供を作ることができないんだから。
いや待てよ、俺たちでも子供を作れるようになるってことか?
すると[artificial uterus project]という項目が出てきた。
なんだこれ…人工子宮計画?
俺ははっとしてクリックした。
そこでエラーが出た。
セキュリティがパスワードを要求している。
厳重だな。これ以上はやめといたほうが良いか。
すべて閉じて、隆一さんのIDパスワードを元に戻す。
アラートでバレただろうなぁ。怒られるかな。
いつ呼び出しを食らうかとビクビクしていた矢先に、飛び込んできたのは貴彦が倒れたというニュースだった。
梁さんたちと話したあの日以来、悠美さんと話せないと貴彦が酷く意気消沈しているのは知っていた。
俺を見て微笑む顔が日に日に痛々しくなっていくのを感じていた。
悠美さんを好きなんだと判ったけど、俺は自分のことで手いっぱいで、貴彦の気持ちにまで振り向ける余裕がなかった。
啓司と真人と一緒に、急いで医療地区に行った。
でも病室の前にはオーカミ医師が仁王立ちになっていて「どういうことなんだ。何があった!」とめちゃめちゃ怒った。
怒られても何も言うことはできない。
俺たちは悔しさに唇を噛み拳を握って俯いていた。
オーカミ医師は大きなため息をついて「誰か言う気になったら来い」とだけ言って病室に入っていった。
言えるわけはない。
俺たちはしょんぼりと顔を見合わせ、医療地区を後にした。
悠美さんはなぜ、貴彦を拒絶したのだろう。
真人がショートメッセージを送ったら、一応返信が来たそうだ。説教臭かったけど。
俺には、悠美さんは貴彦に知られたくない何かがあると思えて仕方なかった。
悠美さんが「揃ってしまった」と真っ青になった予知のことか?
それとも他のことか?
いずれにせよ、貴彦の気持ちを知っていて(あれほどの能力者なら絶対に気づいてるはず)それを傲然と無視してその上、貴彦が苦しむと解っていて拒絶するなんて酷すぎる。
可哀相な貴彦。あんなに気持ちの優しい奴はいない。
幼いころからずっと迷惑をかけてきた。それでも兄弟と言ってくれる、器の大きな男だ。
危篤に近いとオーカミ医師は言っていた。
精神の人たちが殆ど総出で治療に当たっているらしい。
でもその中に悠美さんはいない。
おかしいだろ!悠美さんのせいなんだぞ!
俺は理不尽な状況に対する怒りがこみあげてきて、その怒りが徐々に暴風へと育って行くのを感じていた。
久々だ…この感じ。
そうだ、この状況で暴れれば貴彦がいない今、悠美さんが出てくるはずだ。
俺はイヤーカフを外した。これで自分では全く制御不能になる。
狭い部屋の中に、俺の思念が引き起こす強い嵐が巻き起こり始めた。
悠美さん!絶対引っ張り出してやる!




