第1章 2
2.
遠夜たちが住む、この地下大都市トウキョウ。
今は150万人くらいがここで起居し、それぞれの業務に従事している。
西暦2000年代初頭、極東のとある小国の独裁者が大国に向けて発射した核弾頭を積んだミサイルが海を越え大国の頭上で爆発したのを皮切りに、第3次世界大戦が勃発した。
世界各地にあっという間に飛び火したこの核戦争は、地球上のありとあらゆる地域を巻き込み、世界中が壊滅的な被害を被った。
自然は取り返しのつかないほど荒廃し、気候は異変しかなく、生物は遺伝子レベルでの甚大な被害を受け再生できずに絶滅した。
生き残った人々(かなり早い段階で避難した人々を含む)は、国境を越えて集まり放射性物質に汚染された地上を捨て、地下に都市を築いた。
全世界で10の地下都市が作られ、統廃合を繰り返してどんどん巨大化し、新暦157年の現在は5つになっている。
地下大都市トウキョウはその5大地下都市のひとつである。
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混雑のピークを迎えた食堂に遠夜と貴彦が入っていくと、周りが少しざわついている気がした。
貴彦は何げなくやり過ごしているようだが、遠夜はなんとなく違和感を覚えた。
あまりいい空気感じゃない。
定食を取り、やっと空いている席を見つけて二人で向かい合って座る。
これは不味いこれも不味いと文句ばかり言う遠夜を貴彦がなだめながら食事する。
いつもの夕食の風景に、近づく人影があった。
遠夜は後ろから近づいてくる大きな威圧感に、思わず首をすくめた。
思ったより早かったなぁ…
「遠夜、もう終わったのか?終わるまで食うなと言っておいたはずだが」遠夜の真後ろに立った青年は凍るように冷たい声で遠夜に話しかける。
「・・・・・・」
遠夜は首をすくめたまま声が出ない。怖すぎる。
「え、まだ終わってなかったのか…」貴彦は呆気にとられたように言い「啓司、俺が誘ったんだよ。遠夜はまだやるつもりだったんだから、その…」
と言いかけるのに、
「貴彦が遠夜の精神状態を読まずに誘うわけがない。思い切りサボってただろう」冷静に正確に看破した。
「さっさと食え!戻って仕事しろ!」一喝され、遠夜は急いで食べ始める。
くっそ~、なんで俺はいつもこいつの言うなりなんだ!
遠夜としては冷静になって考えてみると不思議なのだが、なぜかいつも啓司には逆らえない。
このトウキョウでは異端児中の異端児の自分が。
遠夜の隣の席が空き、啓司はそこに座って向かいの貴彦の方へ身を乗り出して声を潜めて言った。
「あの話、本決まりらしいぞ」
途端に貴彦の顔が曇る。
「そうか…可哀相に。属性は?」
「ブレインだ」
「珍しいな。ブレインが発覚しないとは」
「特殊なギフテッドだったみたいだ。サイキックでもある」
「…ふうん…」貴彦がフォークを持ったまま考え込む。
「貴彦の仕事が増えるな」気遣うように啓司が言う。
遠夜には納得できない。啓司は遠夜以外の人間には、極めて人間的にふるまうのだ。
「いやいや。遠夜に比べれば、誰でも素直ないい子ちゃんだよ」貴彦は本心から言い、
「ちょっとそれどういう意味」ぼそっと遠夜が呟く。
「言葉通りの意味だ!とっとと部屋へ戻れ!」啓司の雷が落ちる。
へえへえ。遠夜はそそくさと夕食を済ませると席を立った。
「遠夜、終わったら連絡くれ。話がある」啓司が後ろから声をかけてきた。
「あー終わったら。そんで気が向いたら」遠夜は振り向かず精一杯の反抗を試みる。
また何か言われるかなと背後を伺うと、啓司は貴彦に何事か話しかけており、貴彦がこちらをちらっと見て微笑んだ。
『頑張って、また後でね』
貴彦の声が頭の中に直接響いてくる。
へえへえ。
遠夜は心の中で返事すると、部屋に向かって歩き出した。
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新暦60年を過ぎるころから、地下都市の人々は少しずつ回復しつつある地上に戻るべく、都市を建設し始めた。
地上の都市は点在し、一つ一つの規模は小さい。
地上都市に住む人々と地下大都市に住む人々。
そこには大きな繋がりと同時に、大きな隔たりがあった。
世界を動かす経済、政治、軍事などの地上都市も含む社会の中枢を担うのはすべて地下大都市である。
食料などの生産や加工などの製造業を行うのは地上都市。
そして、子供を産むのは地上都市の人々の役目である。
核戦争以後、人間も染色体に大きな損傷を受け、著しい奇形や偏った能力を持つ者が続出した。
地上に還ったのは、比較的そういった損傷の少ない人たちで、生殖の行える労働者階級が主だった。
地上都市で生まれた子供たちは、生まれてすぐに地下大都市に送られ、とある検査を受ける。
その検査とは、特殊な能力を持つ子供たちを選別するもので
・頭脳
・精神
・技術
に大別される。
放射性物質の影響か、未だにこういう特殊能力を持つ子供たちは必ず一定数生まれてくる。
何も特殊能力のない人間は地上都市に帰され、特殊能力を持つ子供たちは能力に応じて高度な教育を施される。
そして地下大都市に起居しながら、それぞれの業務に従事する。
そこに選択の余地はない。
地上に人々が還りはじめてから100年近くが経ち、地上都市にも様々な思惑が渦巻くようになった。
表立って地下大都市との軋轢はないものの、じわじわと水がにじむように地下大都市への不満が広がりつつあった。
地下大都市トウキョウの上層部は沈黙を守り、地上都市との接触を避け続けていて、両者の溝は徐々に深まっていっている状態であった。
遠夜・貴彦・啓司はそんな時代の地下大都市トウキョウに暮らしていた。