第3章 2.真人
2.真人
俺は地下大都市トウキョウに来てから、毎日がとても楽しかった。
地上都市にいた時には、地下大都市なんて仕事ばっかりで休みもないと聞かされ、楽しいことなんか一つもないと思い込んでいたけれど。
確かに毎日仕事で休みもないけど、この俺に友達ができたんだ。
遠夜と啓司と貴彦。
特に遠夜とはゲームやったりしてすごく気が合う。
遠夜は俺が今までに出会ったどの人よりもめちゃめちゃ頭が良い。
性格は子供っぽいところもあるけど、純粋だな~と感じることが多々ある。
啓司は業務時間は怖いけど、仕事に対しての評価は公正で全然嘘がない。
疲れないかなあ…と時々思うけど、こういう性格だからって笑ってる人だ。
同い年なのに、見習わなくてはと思わせる。
貴彦は本当に同い年かと思うほど、落ち着いて大人な人だ。
いつも一歩引いて俺たちを見ている感じだが、よく気が付いてベストなタイミングでその場に一番ふさわしい言葉をかけてくる。
最初に酷い言葉を浴びせてしまって、本当に申し訳なかったと思う。
でも、あの日。
コウシュウから来たという技術者の話を聞いてから、俺たちの生活というか、雰囲気が一変してしまった。
悠美さんが怒って退席して、その後貴彦が追いかけて行ったみたいだけど、拒絶されたらしくてものすごく沈んでいた。
良くも悪くも、あんなに感情を露にしている貴彦を見るのは初めてだった。
見ていてこちらも胸が痛くなるほどの苦しみようだった。
悠美さんのことが好きなんだなと思った。
俺も何とかできないかと、悠美さんに連絡してみたけど『自分の今、やるべきことをやりなさい』というお説教めいた返信が来ただけだった。
取り付く島もないって感じ。
貴彦が倒れて意識不明になったと聞いて、俺と啓司と遠夜はすぐに医療地区に行ったけど、医師に怒られただけだった。
何があったと言われても、答えられるわけがない。
あんな話、まともな大人なら取り合わないだろうし、何より貴彦が倒れたのは悠美さんに拒絶されたからだし。
俺は皆に良くしてもらうばかりで何もできない自分が嫌になった。
地下大都市の地理に不案内なのを利用して、使われていないエリアで何が行われているのか探ってみようと思い立った。
空いている時間がある日に、俺は迷い込んだふりをして普段はいかない業務地区の奥に入っていった。
意外と人に行きあわない。見咎められることもなく進んでいった。
梁という人が疑問に思っていたように、ここに150万人もの人が本当にいるんだろうか。
あの日に見た、地下大都市トウキョウの図面を頭に思い浮かべながら、使われていないとされていた場所へ近づいた。
回廊から外れて、独立したエリアに入っていく。
ある場所へ来ると、突然なんだかこれ以上進みたくなくなった。
訝しく思って後ずさりすると、しばらくして気持ちが落ち着く。
また前進しようとすると嫌になる。
何度か繰り返して、何か精神に作用する心理的なシールドのようなものがあるのだと判った。
すっげえなあ。妙に感心してしまった。
嫌だと思っても進もうと心を決めて歩き出した。
結構つらい。いや、すごくつらい。途轍もなくつらい。
でも進まなきゃ。強いて何も考えずにただ前進する。
と、ある地点で廊下中に響き渡るようなサイレンが鳴り響いた。
咄嗟に身構え、辺りを見回す。
1箇所だけ壁がへこんでいて、奥に扉がある場所がある。
そこに身を隠した。
すると、そこの扉が俺の方に開いて、何かが出てきた。
あろうことか2人の、銃を構えた人だった。
俺は仰天して扉の陰に隠れた。
その人達が通り過ぎるのを待って、扉の中に入る。
なんだろう、ここは。
たくさんの電極に繋がれた、水槽のようなものがずらっと並んでいる。
奥の方には電子制御線のようなものが張り巡らされた大きな装置と、モニターとたくさんの小さなキーが並んだ盤があった。
吸い寄せられるように水槽のようなものに近づくと、後ろから『動クナ!』と電子音声で鋭く制止された。
咄嗟に水槽の向こうへ滑り込む。
あれ…人造人間か。
何だか判らんけどこの水槽は撃てないだろ。
ケーブルを踏みながらじりじりと少しずつ端に移動する。
胸ポケットから超小型のVRゴーグルを取り出し、電源を入れて俺が居るのと逆方向の壁に向かって投げつける。
耳障りなエラー音が鳴り、人造人間がそちらへ銃口を向けた隙に俺は扉へ向かってダッシュした。
扉を出る寸前に右肩に鋭い痛みを感じた。
熱い。やられたか。
次に左の大腿に。痛ってぇ!
思い切り走って廊下へ飛び出し、そのまま駆け続けて回廊までたどり着いて、倒れて気を失った。