第2章 8
8.
「公式の発表では、地下大都市トウキョウ・コウシュウとも、人口は150万人となっています。
これは大戦中に地下大都市ができて、大戦が終わってなんとか機能しだした新暦20年ごろから現在までの150年近く殆ど変わっていません。
新暦60年ごろから、特殊能力のない人たちが地上都市に移住し始め、どんどん地上都市の人口が増えているにも関わらず、です」
また画像が切り替わった。
折れ線グラフが出てきて、青いラインが「地下大都市トウキョウ」、赤いラインが「地上都市東京」と書いてある。
赤いラインが激しく上下しながら右肩あがりに推移しているのに対し、青いラインは縦軸ラベルに「1,500,000」と書いてある辺りでずっとほぼ横ばいになっている。
「地下大都市も一時的な増減は多少あるのですが、どう考えてもおかしい。
地上都市の人口は、流行り病があったり食料が上手く生産できなかったりした時にはがくっと人口が減っています。
それが当然だと思うのです」
「しかも、地下大都市の人口は、特殊能力を持つ人間のみで構成されています。
地上都市がどんどん増え、それに伴って供給源が増えたとも考えられますが、しかし本来、我々特殊能力者というのは、大量に放射生物質を浴びた結果生まれた、言うなれば奇形です。
代を重ねて、研究も進み、遺伝子はもともとのホモ・サピエンスが持っていた構造に戻ってきている。
我々特殊能力者、そして地下大都市の人口はもっと大幅に減って然るべきだと考えています」
梁はここでタブレット端末の画像を切った。
皆の頭の中の画像も消え、悠美は疲れたように眉間を手で押さえた。
すかさず貴彦が悠美の前に跪いて悠美の額に掌をかざしながら「お話を続けてください」と梁を促した。
梁は悠美と貴彦に軽く一礼すると、話し出した。
「私は、地上都市と地下大都市の建造物の構造から人口に疑問を持ち、先ほどお話ししたような結論にたどり着きました。
そこからさらに調べていくうちに、おかしなことに気づきました。
新暦100年前後からの地上都市群の急激な人口増加の仕方では、地下大都市に人間を供給している余裕はないのです」
えっ、と皆驚いて顔を見合わせる。
どういうことだ?
梁は、真人を見つめて口を開いた。
「マヒトさんに聞きたい。
地上都市にいた時、どれくらいの頻度で特殊能力の検査が行われていたか、覚えていますか?」
真人は少し考えて答えた。
「乳児の時と幼児の時にあったと思うけど…それ以降は殆どなかったと思います。
小中高の入学前に試験があって、検査を兼ねていたのかなとは思いますが…判りません。
俺が今回、頭脳だと解ったのは、たまたま学校でIQテストがあったからです」
そういえば、と啓司は思い出す。
真人の検査結果を見た時、貴彦がかなり違和感を唱えていたことを。
『特殊な形のギフテッドチャイルド』は証明されなかったし、赤ん坊のころに自らの意思で検査を拒否できるものなのか?と。
梁は真人の言葉を聞いて頷いた。
「ありがとう。
大抵は出生後すぐか、でなければ遅くとも3~4歳までには判明するはずだから、その時期に集中して検査が行われるのが当然ではあるのですが…」
「実は、マヒトさんのようなケースが、他の地下大都市でも報告されているのです。
その子は13歳で地上都市シカゴで技術の特殊能力者として認められ、地下大都市ワシントンへ送られました。
ここ15年ほどで9件、そういった報告がなされています。
それ以前のことは調べましたが記録が見つかりませんでした」
「ここからは私の推測になります。
憶測と言ってもいいかもしれない。あるいは妄想であってくれればと思いますが。
マヒトさんのお話にもあったように、地上都市での検査は形骸化していると思われます。
実際には、検査など大して行われておらず」言葉を切って皆を見回す。
「ここ60年ほどは、もう地上から特殊能力者は来ていないのではないのかと」
えっ!皆は言葉を失くす。
貴彦と悠美も驚いたように目を見張っている。
あまりの暴論に思える。
じゃあ、自分たちは?
「俺…産道を通った記憶はあって、産湯を遣ってくれた看護師の顔は覚えてるのに、母親と父親の記憶がまったくないんだ。
不思議に思ってたんだけど…」と遠夜がひとりごちた。
えーーーーーっ!
皆は遠夜の話に驚く。産道の記憶って…
梁も「信じられない…トオヤさんのIQはどうなっているんでしょうね」と呟いた。
「それは、俺には父と母がいないってことなのか?」遠夜は梁の顔を見る。
梁は困ったように笑って「判りません。私も今、それを疑問に思っています」と言った。
「両親がいなくて、なぜ我々は今ここにいるのか。
特殊能力者として、どこからどうやってこの都下大都市に来たのか。
私はそれを解明したい」
「解明して…それでどうするの?」悠美が梁を見て不意に言う。
きつい口調。貴彦は悠美の憤りを感じた。
「地下大都市を解体するの?地上都市に移住するの?そんなことして何になるの?
いずれにせよ、あたしたちは今ここにいて、ここでしか生きていけない。
真人を見れば解るでしょう。
特殊能力を持つ人間が、普通の人間に交じって生きていくことの困難さを」
真人は強く頷いた。
「俺、ここに来て、本当にラクになった。理解してくれる人がいて、学習とか訓練で頭が冴えわたるような気がして、精神の訓練で気持ちがすごく安定していると思う。
俺はここで生きるべき人間だって思ってる」
そうなんだ…啓司は心が痛んだ。
それほどまでに地上での生活は、真人にとってつらいものだったんだ。
俺たちともやけに馴染むのが早いなとは感じたんだけど、そういう思いがあったんだな。
悠美は真人の言葉を聞いて強い口調で続ける。
「あたしたちがどこで生まれてどこから来たかなんてどうでもいい。
この子たちを、そんなことに巻き込むのはあたしが許さない!」
周りに張ってあったシールドがふうっと消えた。
貴彦が驚いているところを見ると、悠美が強引に解除したらしい。
悠美はそのまま足早に部屋を出て行った。
梁は、困惑したように頭をかいた。
「怒らせてしまいましたね…そういうつもりではなかったのですが。
ま、皆さんも、変なガイジンの戯言と思って忘れてくださいね」
笑って「話は終わりです。長い時間、ごめんなさい」と頭を下げた。
4人は複雑な表情で顔を見合わせた。
恭香が「悠美さんは怒ってたけど、私は自分の生い立ちっていうかルーツを知りたいと思うの。
それって、人間としてごく当たり前の感情でしょ?
それでどうしようとかは全然考えてない。ただ知りたい。
悠美さんは年長者の責任としてああ言ったんだと思うわ。私たちが危ないことをしないように」
と呟くように言った。
いろんなことを一度に聞いて、それぞれの思いに沈みながらその日は解散した。
自分はどうしたい?
結論は容易には出そうにない。
貴彦は悠美のことがとても心配で、なんとか連絡を取ろうと試みたが駄目だった。
何度呼び掛けても、応答はなかった。回路を遮断されているような感じだった。
拒絶されたことに貴彦は深く傷ついた。
貴彦が見た、悠美の予知とは。
梁・恭香・貴彦・啓司・遠夜・真人そして悠美が、傷だらけになりながら、どこかへ乗り込んでいくところだった。