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第七話 名門校の亡霊③

名門校の亡霊、最終話。

縁ちゃん視点です。

「こんな大きな霊が、まさか! まるで大蛇じゃない!」

 渡瀬さんが外からステンドグラスを呆然と見上げている。

「そのまさかだ。この学校一番の大物だよ。こいつの場合、制作に関わった何人もの生霊がとり憑いている。それを俺が見ちまったから霊力が半端じゃないんだ。いいからあんたも逃げろ」

 先生は渡瀬さんにそう告げると、また私に振り向いた。

「後代も行け。俺はもう、動けないから」

 生霊にまとわり憑かれてるというの? 先生の体、首から下がピクリとも動かない! そんな! 皆を助けたのに、なんで先生だけ……。天井を舐め尽くした青い炎は、どろりどろりと滴り落ちながら先生を包もうとしている。

『お願い! 渡瀬さん!! ステンドグラスを割って!! 早く! 私にはできないからッ!』

「後代、お前……」

 言葉の意味をすぐ理解してくれた渡瀬さんは私を睨みつけた。

「あんた泣くのはまだ早いわよッ! すぐ来るから待ってて!!」

 ぐっと涙をこらえるけど、渡瀬さんが戻ってくるまでの時間が、時の概念のなくなった私にも、とても長く感じられた。渡瀬さんの目は吊り上がっていた。手の平ほどの石を、二、三個抱えて戻ってきてくれた。渡瀬さんが靴に履き替えてなかったことに、今頃になって気がついた。ストッキングが、すっかりボロボロになっている。皆の避難誘導からずっと、なりふり構わず行動してくれてたんだ。

 渡瀬さんはタイトスカートの裾を思い切りたくし上げて、露わになった長い脚を高く振り上げるとピッチャーのようなフォームで石を思い切り投げる。

「ふんっ!!」

 バギン! 鈍い音を立てて色違いのガラスを嵌めたフレームに勢い良く当たったけど、ガラスにはひびが入っただけ。

『もう一度ッ!』

「わかってるッ!」

 叫びながらさっきは動きにくかったのか、渡瀬さんはスカートの横を裾からびりりと引き裂いた。二投目、ビシッ! ガラスに当たった! ヒビが大きく広がり欠片がこっちに降ってきた。

『もう少しです!!』

 でもその時だ。突然、ガラスではなく燃えた校舎の柱や天井の一部が私と先生の頭上にバラバラと降ってきた。

『先生!』

 振り向いたとき、私のもう動いていない心臓が、また止まったように感じた。身動きできなかった先生が、ガレキの下敷きになってる?!

『先生ッ?!』

「こっちから見て頭には当たってなかったと思うけど、意識はあるのッ?!」

 その声にハッとした。渡瀬さん、とても冷静だ。慌てて先生の様子を見る。触れることはできないから、よくわからないけど。先生はかすかにうめき声をあげてくれた。

『大丈夫です! でも、足がガレキの下にッ!!』

 顔を上げて、愕然とした。上からゆっくり降りてきた青い炎が、まるで大蛇がとぐろを巻くように弧を描いて渡瀬さんを囲みだし、見るみるうちにその円を小さくしていく。そしてついに渡瀬さんに巻き付いた。渡瀬さんの髪も服も、燃えてはいないし火傷もしていないみたいだけど、体が縛り上げられていく。このままじゃ!

「舐めんじゃ……ないわよおッ!!」

 信じられないほどの大きな叫び声を上げながら、渡瀬さんは強引に最後の一投を放った。ステンドグラスのド真ん中に命中! その場の空気を震わせて獣の咆哮に似た大音響を発し、ステンドガラスは一瞬のうちに砕けた。ばらばらとその破片があちこちに散らばる。大蛇のような青い炎はふっと消えた。と、同時に、力尽きた渡瀬さんはその場にどさっと倒れてしまった。

『渡瀬さんッ!』

 校舎を包んでいた炎はさらに激しさを増し、私達の周りを囲んでくる。どうしよう、このままじゃ二人とも焼け死んじゃう。二人を助けなきゃ。でも、どうしたら?

『そうだ。私にも…』


*********************************


 病室のベッドに、右足に簡易ギプスをした雨守先生は静かな寝息を立てていた。幸い足も骨折してはいなかったから良かったけど、他にもあちこち打撲の症状が。でも、ここに運ばれてからずっと先生は眠っている。その枕元の椅子には、両手の指をすべて包帯で覆われた渡瀬さんが腕を組み……私のこと、じっと睨んでる。私は先生を挟んで反対側で、中空に正座していた。

「で、私の体を使ったわけね?」

 組んだ足の先にひっかけた病院のスリッパをユラユラさせて、渡瀬さんはため息を長く吐いた。

『すみません。あの時、二人を一度に助けるには、それしか方法が。』

 首をすくめたまま答える私。私は渡瀬さんに憑依して、雨守先生と渡瀬さんを同時に助けたのだ。渡瀬さんは深呼吸をすると、また半分だけ開いたような目で私を睨む。

「もう、いいわ。それが正解だったんだろうし。でもずいぶん乱暴に使ってくれたわね。指先の擦り傷切り傷は仕方ないにしても、そこら中、筋肉痛でたまらないわ?」

 本当に痛そうに顔をしかめて、その両腕を交互に上げて見せた。

『あ、あは、はは……。』

 ごまかして笑うしかできない。だって無我夢中でガレキをどかしたし、先生を抱きかかえて、炎の外に連れ出したし。それに本当に久しぶりに、人の体の重み、温かさというものを感じることができたし。それに……。

 あの時のことを思い出して、ちょっとぼーっとしていたら、渡瀬さんは一段ときつい口調になった。

「それとあなた、私が気がついた時のことだけど。」

 ドキッ!

 渡瀬さんの意識が戻ろうとした瞬間、私はその体からポコンッと弾き出されたのだけど。渡瀬さんは雨守先生の顔にピッと指をさす。

「なんでこの人の顔が私のすぐ目の前にあったの?」

『お、おぶってたからじゃないんですかね~?』

 私はしどろもどろになりながら、上目づかいで渡瀬さんの唇を見つめた。ホントのことなんて言えない。だって……。いけないと思いながらも、つい、ほんとについ……私のファーストキス。忘れられない、忘れたくない感触を思い出す。でも、どぎまぎして、渡瀬さんの目を見られないッ。

「ん。ここは?」

 先生の目が覚めた! 嬉しいのに恥ずかしくて、私はうつむいて顔をそらせたまま小声で答えた。

『先生、渡瀬さんが助けてくれたんです』

「うううん。それはこの子の……後代さんの機転。私の体に乗り移ってね。それで私も同時に助けられたもの」

「そうだったんだ、ありが……あれ、渡瀬さん、今も後代が見えてるの?」

「ええ。ずっとね。それになんだか病院内の、他の人の霊も見えちゃってるんだけど」 

「俺の能力は相手の心の隙をついて、一時的に霊を見させるだけだが。そうか、後代が渡瀬さんに憑依したんで、その相乗効果か何かで渡瀬さん、『見える人』になっちゃったのかな?」

「きっとそうよね。不思議と、もう何を見ても怖くないわ」

 そうなの? 私は両手で口を覆って渡瀬さんを見つめた。ごめんなさい。そんな風になるなんて知らなかったんです! でも渡瀬さんは私に、というより、むしろ先生に向かって怒ってるように見えた。

「そんなことより、あの老婆の幽霊と会った後、わざわざ校舎に戻ったのは、生霊達を全部自分で引き受けて他の人を助けようとしたからなんでしょ? 学校についた時に最初にあの大物を見てしまったから、それしかないって。そもそも私に先に帰れって言ったのも、巻き込まないように考えたんでしょッ?」

『そ、そうなんですか?』

 最初からあんな覚悟してたんですか? 急に胸が潰れそうに苦しくなった。少しの間のあと、先生は小さくつぶやいた。

「買いかぶりだよ」

 先生の嘘つき。ほんとに泣きそうになった時、渡瀬さんが凄い形相で先生の胸倉をつかんだッ。先生は驚きもせず、変わらない表情で彼女の目を見ている。怒鳴るかと思いきや、ものすごい低い声で渡瀬さんは唸った。

「この子がどんな思いであなたを助けたか、わかってんの?」

 私の気持ちって、え? 誰にも言ってないですよ? すると先生は渡瀬さんから目をそらし、私の方も見ようともせずつぶやいた。

「俺はただ、昔、自分を犠牲にしても俺を守ってくれた奴の気持ちが少しはわかるかと」

 その瞬間、なぜか私は先生の部屋の、あの肖像画を思い出した。もしかして、あの女性が先生を守って消えたってこと? 先生があの肖像画を残しているわけがわかった気がした。でも胸が、ずきんと痛い。苦しい、変なの、私、とっくにそういうの、感じないはずなのに。

 しばらくの間、先生を睨みつけていた渡瀬さんは、その手を無造作に離すと呆れたように言った。

「ばっかじゃないの? そんな消えちゃった人のことなんかより、今、隣にいる子の気持ちを考えなさいよね」

 先生は何も答えない。渡瀬さんは、今度は少し口元を緩めた。

「でも。なんとなくだけど、わかった気がするわ。あなたが短期間のうちに退職を繰り返していた理由(わけ)が。」

 あれ? 渡瀬さんの言葉遣い、なんとなく優しくなってない? 気のせいかな。

「こんな危なっかしい人、これからは県教委としてしっかり管理しなきゃね」

『是非ッ! 何卒よろしくお願いしますッ! 危ないのはもう嫌です!』

 頭を下げる私のすぐ横で、先生が苦虫噛み潰したような顔したけど、そんなの気にしていられない!

「あなたも諦めちゃダメよ?」

『はいッ!』

 あ、うっかり返事しちゃった。でも諦めちゃって…何を?

「油断しても、ね」

 油断? 油断ってなんの油断?

 その時、まだふてくされて明後日の方を向いてる先生を見つめながら微笑んでいる渡瀬さんに、私の全身がぶるっと震えた。さっきまで怒ってたのに、どうしてそんな優しい目で先生を……女の勘がびびびと走る。まさか!

『天敵!』

 ぞっとしながら、改めてその言葉が、私の脳裏によぎったのでした。

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