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第六話 名門校の亡霊②

縁視点です。

縁視点で二話続きます。

「あ、雨守先生! ど、ど、な、な、こ、こ!」

 何を言いたいのかわからないけど、先生がひっぱたいて怒らせたから、この(ひと)には今、私も見えてるはず!

『私の声も聞こえてるでしょ?!』

 ブロンズ像を見つめたまま顔をひきつらせていた彼女は、私の声につられるようにこっちを向くや、さらに顔を歪めた。

「いやぁ~ッ! もう一人出たぁ!」

 出たって、もとからいたのにッ! ちょっと傷ついちゃったけど、しょうがないのかな。先生がこのブロンズ像に憑いてる誰かと話をしてたのはわかってたけど、この人にとっては恐らく初めての幽霊目撃が、いっぺんに二人なんだもの。でも。

『黙ってってば! 落ち着いて先生の言うこと聞いてッ!』

 私だって正直どういうことかわからないんだし。

「渡瀬さん。この子は後代縁(ごだい ゆかり)、幽霊だが俺の相棒だ」

 きゃーッ♪ 先生が私を相棒って言ってくれた! なんだか嬉し……あ、でも言いながらその目が嫌そうなのが、ちょっとへこみます、先生。

「この婆さんはここからは動けない。だから渡瀬さんの体を使おうとしたんだ」

 言いながら先生は、ブロンズ像を睨みながら手を上げて私達にも下がるように促した。

「私の……体を……?」

 まだ事態がつかめないって感じの彼女が聞く。震えていても、もう冷静だなんて、肝座ってるのね。

 ブロンズ像から五、六メートル離れたところで先生は私達に振り向いた。そして校舎に戻るよう、目で伝える。先生に並ぶように彼女も続いた。

 もう! それ以上先生に近づいたり触れようとしたら、また邪魔するわよ?

 あ、でもまた先生に呆れられたら嫌だな。ちょっと複雑な気持ちになりながら、先生を間に挟んで私は宙を滑るように移動する。彼女はそんな私をガン見しながら走る。先生はさっきの彼女の質問に答えた。

「婆さんはここの卒業生、それも創立五十周年記念に作られたっていう、あの像のモデルだよ。モデルになった時は死ぬほど恥ずかしかったそうだがね。だが歳とってくうちに気持ちは反転したらしい。」

 するとこの(ひと)は何か、はっと気がついたみたい。

「つまり、美しいままの姿を残しておきたくなったってこと?」

 ああ、そういうことか! さすが私より歳とってるから実感してるのね、きっと。

「そういうこと。で、あの像に執着するあまり、霊体としてはあそこに固着してしまった。それに五十年のうちに校舎も建て替わり、自分を見てくれる人間がほとんどいなくなったから恨みがましく今も化けて出てきてるのさ」

 先生、さすが全てお見通しって感じです!!

 そして再び私達は校舎に戻った。長い廊下を前にした途端、彼女が悲鳴のような声を上げる。

「ひ! この中を進むんですか?! 雨守先生?!」

「怖けりゃ俺の足元だけ見てついてきてくれ!」

 私には何を彼女が怖がってるのか、わからないわ?!

『先生、どうしたんですか?!』

 先頭を進みながら先生は私を見つめて(~♪ッ)やや早口で答えてくれる。

生霊(いきりょう)の群れだ。俺たちに纏わりつこうとしている。廊下の卒業生の作品にはみんな、制作者の生霊が憑いているんだ。それも女子校時代の卒業生のな。」

『生霊って、確か実体は生きた人ですよね?!』

「ああ、そうだ。こいつらは厄介だぜ。霊体同士は相手が見えないが、実体同士は互いに意識しあってるからな。母校に名を残すために、他はみんな蹴落としたいライバルさ」

「じゃあ、この生霊たちも競い合ってるっていうの?」

 どうやら彼女は落ち着いてきたみたい。

「ああ。他人の作品が脚光を浴びれば嫉妬にまみれ、逆に自分が注目されれば御馳走になる。作品を見てしまうだけで、こいつらに力を与えてしまうんだ。」

「私、全部しっかり見ちゃったわよ?」

 彼女は顔をひきつらせた。

『だから先生は無視していたんですね?!』

「ん……まあな。」

 さすが先生♪ でも、なんだか歯切れ悪くないですか?

「だが霊能力がある俺が来てしまったんで、無視しててもキャーキャーだったが」

『えーッ? それってモテモテってことですか? やだ~ッ!!』

 思わず悲鳴をあげてしまう。

「嬉しくないがそういうことらしい。渡瀬さんも霊が見えるようになっちゃったから、もう奴らの力は倍増だ」

「それってあなたがやらかしたことでしょうがッ?!」

 真ん丸な目をして叫ぶ彼女。

「仕方ないだろ? あんたにとり憑こうとした婆さん牽制したら、あんたの腕、叩いちゃったんだから。」

『不可抗力ですよね!』

 すごく面白くなさそうに私をにらむ彼女。

「そうそれ! 渡瀬さん、あのままだったらあんた、魂消されて体は乗っ取られてたぜ? 若いってだけで婆さんには十分だからな。」

「だけだなんて酷い!」

 喚く彼女を無視して、私はふっと思いついた疑問を口にした。

『霊が取り憑くのって、誰でもいいんですか?』

「ああ。相手が誰でも霊がその気になれば、な。」

「相性とかないの?」

「ない! 普通の人間が相手にしていいものじゃない!」

 先生は纏わりつこうとしてくる生霊たちを払いのけながら、どうにか進もうとする。生霊たちの目は青白くまるで炎のよう揺らめいている。それもなんだか段々大きくなっていくみたい。

「まずい、こいつらの目を見ろ。自分だけを見て欲しいって女の情念で燃え上がる寸前だ。」

「え? まさか、ホントに火事になるっていうの?」

「婆さんは生霊ほどの力はないから、渡瀬さんの体を使って校舎に火を点ける気だったんだ。だが婆さんが何かしなくても生霊どもの考えてることも同じだったってわけさ。長い間に波長が合っていたんだろう。」

『まさか、それで皆一斉に動きだしたんですか?!』

「そう! ちょうど創立百周年を目前に、互いに目立ちたい願望やら嫉妬やらの邪気がピークに達している。ライバルは消し去ろうってね。火事で済めばいいが、爆発でもされたら。」

「この学校の先生達を避難させなきゃ!」

「ああ、そうだ! 生霊達には善悪なんて関係ない。だが自分を見てもらうための人間は囲おうとする」

『それって、この学校の先生達も一緒に焼き殺しちゃうってことですか?』

 びっくりした私に、先生は深く頷いた。

「もう時間の問題だ。急ごう!」

 私と彼女は真ん中で走る先生を見つめ、それぞれ咄嗟に叫んだ。

「非常ベルはどこ?!」

『それより叫んで!!』

「皆! 火事だッ!!」

 先生が叫んだ途端、そこかしこの卒業生の作品から、競い合うようにボッと青白い炎が上がり、集まったそれは瞬く間に長い廊下の天井を、舐めるように広がっていく。

『火の回りが早いですよ?』

「普通の火じゃないからな!」

 渡瀬さんが押した非常ベルに、廊下に出た校長先生達はその炎を見て愕然とした。生霊の青白い炎だけじゃなく、実際に火が移って勢いよく燃え始めてる!

 すぐに校舎内は逃げようとするこの学校の先生達で騒然となった。でも、なぜか足がもつれたようにうまく走れず、転んでいる人が四人残っている! これって?!

「生霊どもに捕まった! 渡瀬さんは他の皆を外にッ!!」

「あなたはどうするの?!」

 雨守先生は彼女には答えず、転んでもがいてる先生のもとに走ると、そのすぐそばに展示されていた書道作品の額を壁から叩き落した。額のガラスが音を立てて割れる。すると急に身が軽くなったのか、その先生はお礼も言わずに逃げていく。先生はきっと生霊の憑いた作品を壊したんだわ。

 ああ、もどかしい! こんな時、私、なんの役にも立てないよッ!!

 先生は残りの人達を全員、同じように助けると後から玄関ホールに向かった。そこに既に外へと避難誘導していた渡瀬さんが戻ってきた。ガラス戸の開いた玄関の向こうで彼女が叫ぶ。

「雨守先生、これでもう全員無事に避難できたそうです! 先生も早く!」

 でも先生はなぜかそこに突っ立ったまま、渡瀬さんに応えるふうではなく、ゆっくり私に振り向いた。

「縁。残念だが、ここでサヨナラだ」

『え? 何言ってるんです? 先生! 先生も早くここを出ましょうよ!』

 そう、一歩前に出るだけなのに。

「出られないんだ。俺、見ちまったからな」

 先生はゆっくりと、天井まで広がるステンドグラスを見上げた。

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