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第十七話 サクラ咲く地で②

縁ちゃん視点です。

「それは大変でしたね。」


「小規模校ならではの悩みですよ。

 少ない職員でも、なんとか切り盛りしなきゃね。

 でも、こんなことが続いていたら、学校は回らないですよねえ。」


 雨守先生に、教務主任の宮前みやまえ先生は肩を落として呟いた。宮前先生、五十歳くらいかと思ったらまだ三十九歳だって! 大人の人の年齢って、わかんないな。


 前の教頭先生が昨年十二月に過労で亡くなってからずっと、教務主任の宮前先生が代行する形になってたんだって。それに命まで落とさなくても、過労で倒れる先生は今までも大勢いたんだとか。


「お陰で白髪もめっきり増えちゃいましたよ。

 四つになる娘に毎晩抜かれて。

 今に禿げちゃうなあ。」


 そう言って笑う宮前先生も、きっと気苦労から老けて見えるんだろうなぁ。


 今は月明かりに照らされた通学路の桜並木のトンネルを、二人は並んで下りていくところだった。始業式のあった今日の夕方、新任の先生達の歓迎会があって。先生達だけじゃなく、朝会ったおじいさんも含めた村の人達も大勢参加していて。雨守先生はそういう集まりは苦手だって言ってたけど、今日は気持ちいいくらいよく話してた。


 そんな雨守先生に私も嬉しくなってたんだけど……場所があそこでさえなければなぁ。それが『あの桜の木の下』で、お花見も兼ねてってことだったから。もう怖くて怖くて。


 朝から「俺の背中に張り付いてろ」なんて優しく先生は言ってくれて、それはそれで凄く嬉しかったけど(だから今もずっと背中合わせにくっついているんだけど)。

 とてもじゃないけど、あんな話を聞いてしまったら、お花見なんて気にはなれなかった。酔ったおじいさんが先生に「この村で嫁さんを見つけてずっと住みなよ」なんて言ってくるのも、いつもの私なら「きいっ」て怒っちゃうかも知れないのに、そんな気にもなれず……。

 だから、帰りにようやくこの『怖くない桜』を見上げることができてホッとしてたんだ。


 少し疲れた感じの宮前先生に、雨守先生は話しかける。


「先生方は皆さん、打ち解けてる感じでしたね。

 お陰で新しい教頭さんも含めて、私達新任もすぐ安心できましたし。

 他校じゃ、あんないい雰囲気、ないって言っても間違いないですよ。」


「それは嬉しいなぁ。

 いくつもの学校を経験されてる雨守先生が言うなら、本当なんでしょうね。

 村の人も生徒にとても良くしてくださってるし。

 お互い助け合っていけるとこはそうしないとね。

 雨守先生も、何か困ったことがあったら遠慮なく言って下さいね。」


「はい。ありがとうございます。」


「じゃあ……ああ、雨守先生は明日の入学式はお休みでしたね。

 しっかり休んで、明後日から、また!」


「はい。おやすみなさい。」


 桜並木が終わって下の大きな通りに出たところで、雨守先生は宮前先生と別れた。

 この村で借りることになった教員住宅に向かう道の両脇の田んぼには、水が入ったみたい。もうじき蛙が鳴く頃だろうなぁ。


『もう隣にいてもいいですか?』


「ああ、いいよ。」


 嬉しくて自分でもにっこり笑うのを可笑しく感じながら、背中合わせにくっついていた先生の背中から、隣に並ぶ。


『とても人の良さそうな先生でしたね。宮前先生って。』


「ああ。

 でも心身ともに相当疲れていると思うな。

 宮前先生の守護霊も、とても心配そうだった。」


『なんでこの学校の先生達って、忙しいというか、大変なんですか?』


「職員が大勢いる学校と、仕事量は変わらないんだよ。」


『じゃあ、一人当たりの負担が大きくなると。』


「そういうこと。それにベテラン不在っていうか。

 公務員といっても年配の先生は地元に戻るのが通例だ。

 こんな過疎地には、

 たいてい採用されたばかりの経験の少ない若手が回されるからな。」


『ああ!

 どおりで新任の先生八人の中で、

 雨守先生が教頭先生に次いで上から二番目だったんですね?』


「うん。ありえないアンバランスだよ。

 渡瀬さんはこういう問題、わかってるのかな?」


 いきなり渡瀬てんてきさんの名前が出て、ドキっとしてしまったッ。

 先生は一体、どんな気持ちで渡瀬てんてきさんの名前を呼んでるんだろう?

 渡瀬てんてきさん、美人だし、スタイルだっていいし。それになにより絶対、雨守先生のこと、好きなはずだし……。

 その渡瀬てんてきさんの気持ちに気づいたら、先生どうするんだろう?

 やっぱり渡瀬てんてきさんのことが……。


「それにしても長い時間悪かったな、後代。

 俺なりに事情を知っておきたくてお前まで付き合わせてしまったが。

 あの桜が怖かっただろうになぁ。

 ん? どうした? 後代。」


『あッ! べ、別に何でもないですよ、なんでもッ。』


 ずっと考え込んでいたから、顔を覗き込まれて焦ってきょどってるよね? 私ッ。先生がじっと見つめてくるよぉ。なんとかごまかさなきゃ。


『せ、先生先生っ。

 お昼休みに宮前先生から校舎案内に誘われた時、

 どうして「後でェ」なんて断ったんですか?』


 そうそう。用意されたお弁当を新任の先生達がそろって頂いたあと、先生にしてはわざとらしく、教材の準備があるから、なんて嘘ついて。


「あれか。」


 先生は立ち止まると振り向いて、通りからはもう小さく屋根しか見えない校舎を見上げた。


「俺にしては珍しく、近寄ったらまずいなって場所があってな。」


『ちッ 近づけない場所……ですか?』


「うん。校舎の裏手の山。その奥の森にいるんだ。」


『いるって、何がですか?』


「死霊の群れが。」


 死霊と聞いて言葉がでなくなった。

 死霊って、生きた人間だけじゃなく、私みたいな他の幽霊までもとり殺すって先生から聞いている。死霊からは見えているんだ。私が。


 そう考えたら、いきなり頭の中が真っ白になっちゃった。


 だって、死霊って。

 先生が好きだった人が、先生を守ろうと自分を犠牲にして、最後は一緒に消えてしまったって。


 私、私だって先生を守りたいッ!

 その気持ちに変わりはない!

 でも、でも。


 どうしちゃったんだろう、私。

 どうにも抑えることができないの。

 怖くて怖くて、体のそこから震えてくるのが全然止まらないの。


「縁。」


『はいッ?』


 名前を呼ばれて嬉しいというより、びっくりして先生を見つめる。

 先生はゾッとするような冷たい目を校舎に向けたまま、力強く言った。


「お前は俺が守る。死んでもな。」


 私のこと心配してくれてても、死ぬだなんて。そんなの、ダメですッ。


 ダメって言いたかったのに。

 怖くて、どうしようもなくて。

 その日の夜は、先に死んだように眠ってしまった先生の隣に、ずっと寄り添っていた。


 先生、怒らないでね。

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