機甲砲科特務隊 ③
ルディ大尉はまず、私を宿舎代わりにしている家屋の一つへ案内した。私はその場所を、キリアン軍曹という整備兵と共同利用する事になっていた。もちろん男性だ。
部屋にキリアン軍曹の姿は無かった。大尉によれば、彼は一日の大半を整備工場で過ごしているらしい。整備工場は日差しや砂埃に悩まされる事のない数少ない場所で、工場の片隅ではオイルの匂いの中で必ず誰かがコークやコーヒーを飲んでいるという。つまりはたまり場のようになっているようだ。
次に大尉は、私をその整備工場へ連れて行った。機甲砲科特務隊がどのような部隊であるのかを説明するには、まず理解しやすい所からという事らしかった。結果からいえば私は理解をするどころか、ずっと驚きっぱなしだった。
整備工場へ入ると、すぐに煙突のようなものが目に飛び込んできた。それが整備中の巨大な重砲であると気がつくまでに、私は少しの時間を要した。その十インチ榴弾砲は、旧式のM1918二百四十ミリ榴弾砲に代わるものとして開発中である重砲の一つであるそうだ。つまり、試作品である。因みに十インチは、二百五十四ミリに相当する。
十インチ榴弾砲はキャビンに装甲が施された新型のトラクターと、牽引式セミトレーラーにより構成される戦車運搬車に載せられていた。セミトレーラーの後部には本来、戦車を乗降させる為の跳ね上げ式スロープがあるのだが、これは砲撃の反動を吸収するための駐鍬に変えられていた。他にもセミトレーラーには〝H〟の形に張り出した、地面に突き立てて車体を支える為のアウトリガーが装備されており、その姿は一見すると建設用の大型重機のような趣だ。あまりにもごちゃまぜで、とにかく異質だった。
本来は装輪車、つまりゴムタイヤを履いた車両は戦車砲や榴弾砲の搭載には向いていない。極端な話をすれば、装輪車に大砲を乗せるという事は、膨らんだ風船の上に大砲を乗せるという事と同義なのだ。砲撃の反動で車体は激しく揺れ動き、砲撃の度に照準が大きくぶれる。それどころか、車軸が折れて走行不能に陥ってしまう場合もあるのだ。この戦車運搬車に装備されている駐鍬とアウトリガーは、それらの不利を緩和させるものであるのだろう。つまり、この十インチ榴弾砲は運搬の為にセミトレーラーに載せられているのではなく、このまま運用する為にここにあるということだ。
「随分と大仰なおもちゃだ。これも自走榴弾砲というやつなのですか?」
陸軍兵器局が砲兵の自走化を目指し、M3中戦車の車体に百五ミリ榴弾砲を搭載した車両を開発したという話は聞いたことがあった。
「まだまだ改良の余地あり、といった所ですけれどね」
「使い物になるのですか、これは」
「それは既にご存知のはずでしょう? マッド少尉。と言いたい所ですが、実のところ砲精度は酷いものです。グロースビット性能試験場では的を大きく外して観測車をスクラップにした、なんてジョークが作られるほどに。これを効果的に扱えるのは、我々機甲砲科特務隊だけでしょう」
ルディ大尉によれば十インチ榴弾砲は兵器として欠陥品らしいが、しかしその威力だけは本物だ。目を閉じれば、砂の大地に広がった紅蓮の海が今でも鮮明に浮かんでくる。
次に使用する砲弾をご説明します、と歩を進める大尉に男性整備兵たちが「おつかれさん、大尉」「ついに男ができたんですかい?」「いい加減酒の相手をしてくれよ」などと気安く声を掛けている。大尉は怒るどころか、笑顔で一つ一つ丁寧に言葉を返していた。およそ軍隊らしからぬ雰囲気に、私は居心地の悪さを覚えて肩を竦めた。
工場の隅でトランプ遊びに興じている少女たちを横目に、整備中の特殊車両から降ろされた砲弾が集められている一角にたどり着いた。十インチ榴弾砲が使用する砲弾は四種類。空を飛ぶ巨大爆弾とでもいうべき通常榴弾、ゼリー状の燃焼剤を充填した油脂焼夷砲弾、多数の炸裂する子弾を搭載した収束爆砲弾、そして瞬間的に広範囲を焼尽させる対空用焼霧砲弾だ。通常榴弾はともかくとして、他の三種類は聞いたこともない。
「これらの特殊砲弾も、開発中の試作品です。試作品だらけですよね」
そういって大尉はさらさらと笑うが、私は冗談ではない、と怒りを感じていた。
悪夢のような色モノ部隊、破壊力だけのポンコツ砲、有り合わせで急造したヘンテコ車両、思い付きで造ったような変態砲弾。
なんという酷い話だ。マグヌス中佐は、こんな代物で私に何をさせようというのだ? 更にはその任務さえも今は秘密だという。こんな馬鹿げた話があるか。
中佐の執務室がある建物の一階には、広い食堂が設けられていた。少し休憩をしようとの大尉の提案だ。ありがたい申し出だった。私の脳と精神力は許容限界をとうに超えていた。
憮然としている私に、ルディ大尉がコーヒーを淹れてくれた。私は感謝をすると同時に、恐縮してしまった。軍隊は強烈な縦社会であり、階級が一つ違うだけでも飼い犬とご主人様くらいに立場が違う。だというのに、この部隊ではそのようなものは関係ないらしい。「みんな、軍のお堅い所とか、あまり得意ではありませんから」と大尉は微笑む。
「少尉は私より年齢も上なのですから、お気を使われることはないですよ」
「貴方は二つも階級が上です。流石に対等に、というわけには」
「本当、妙な所で真面目ですねマッド少尉。であれば、シルバースター勲章を受けては頂けませんか。辞退をされては申請をした中佐と、中佐に進言した私が困ります」
そうすれば私は中尉となり、秘密にされている作戦が始まると同時に大尉へ格上げされるのだという。ここまで言われては、固辞するのは失礼にあたるだろう。私たちの任務について何か知らないかと尋ねると、大尉は悪戯っぽく微笑み「今は〝不意打ち〟とだけ」と答えた。
「マッド少尉、私からも一つお聞きしたいのですが、少尉は〝どちら〟に怒っておられたのですか?」
どちらとは? などと私は聞かない。大尉が何を言わんとしているかは解る。
「どちらにも、ですよ大尉。年端もいかぬ子供を戦争に叩き込む行為もそうですし、軍は私にそんな子供たちを率いてゲニアと戦えという。冷静でいられるはずはありません」
行き過ぎた発言だ、と理解はしている。だが、それでも言わなければならないこともある。私の言葉に対する大尉の反応は、予想外のものだった。
「ありがとうございます、少尉。安心しました」
と、ルディ大尉は本当に嬉しそうに笑う。私は流石に面食らってしまった。
「私、少し不安だったんです。だって、〝死神〟だなんて呼ばれる人ですもの。拝見した機甲戦闘も凄く力強くて大胆で、私とても感動したのですけれど、もしかしたら怖い人なのかなって」
「怖い、と思って頂いたほうが、私としてはやりやすいのですがね。一度戦場に立てば、女子供も区別する気はありません。私はピクニックの引率をしに来たのではない」
「それでも、少尉は優しいですよ。このような私たちを受け入れて、兵士として扱うと覚悟をしてくださった少尉に、私は深い感謝をしているのです」
私たちの生き方は、もうこれしかありませんから、と照れくさそうに大尉は笑う。私は言葉を返せない。どんな言葉も上滑りをしてしまいそうだった。
「大尉。先ほど私の戦いを〝拝見した〟とおっしゃいましたが」
咳払いでとりなおし、私がその疑問を口にすると、大尉は「ああ」と思い出したように声をあげ、自分の眼もとに人差し指をあてた。
「私の能力は〝行為に対する未来予知〟と、〝千里眼〟です。特務隊で唯一の二重能力者なんですよ」
放った砲弾がどこへ着弾し、どのような結果をもたらすかを予見する未来予知。そして遥か数十キロ先の敵を空から見下ろすように視認する千里眼。それら二つの能力の組み合わせこそが武器なのだと彼女は言う。
そして能力の強度に個人差はあれど、砲撃部隊の砲手も全員が未来予知や千里眼の能力者であるらしい。ルディが敵を見つけ、砲手が狙いを定め、最も能力強度の高いルディが指揮し、状況を判断して修正を加える。それが彼女らの戦い方だ。
しかしながら戦場は広く広大で、様々な偽装を凝らして隠れる敵をただ俯瞰するだけで見つけ出すのは容易ではない。これまでは他部隊からの情報を元に敵を視認し攻撃していたが、この先の作戦では自分たちだけで索敵も行う必要がある。少女らを率い、敵の姿を探して前線に立つものが必要なのだ。それが私の役割であるらしい。つまり、私は敵の位置を知らせる為のビーコンという訳だった。大尉はだだっぴろい砂漠を無作為に探し回らずに、ただ私の姿を追えば良いのだ。
それにしても、と私は思う。覚悟をしていたとはいえ、まるで現実の話をされているとは思えなかった。私は現実的な、もう一方の気になっている事を口にした。
「大尉。ずっと気になっていたのですが、〝マッド〟というのが私の名前だと、勘違いをしてはおられませんか?」
「はい?」
「ウッド。私の名はサミュエル・ウッドでありますよ、大尉」
まさか本当に〝気狂い(マッド)〟を私の名前だと思っていたとは、こちらも驚きだ。大尉は「あっ、あの少尉、ごめんなさい。私、勘違いを」と慌てふためいている。そうしていると、本当にどこにでもいる街娘のようだった。
「あの、お詫びという訳ではないのですが、私のことを大尉ではなく、ルディと呼び捨てにして頂いて構いませんよ。堅苦しい口調も、無しにしてください。私も貴方をサミュと呼ばせて頂きますね」
名案だ、と言わんばかりに大尉、いや、ルディは目を輝かせて手を合わせる。私は思わずため息をついた。本当に軍人なのか? この娘は。まったく、色々と気苦労の絶えなさそうな部隊だ。