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機甲砲科特務隊 ②

 ファルレ・リードから南へ車で約二時間。塩水湖のほとりにあるリゾート地を抜け、中佐と私を乗せたジープは小さな集落にたどり着いた。現地人の姿は無い。いくつもの茶色い空き箱のような家に部隊を詰め込んだこの廃村の一角が、機甲砲科特務隊の本部だった。


 時が止まってしまったかのような景色の中を走り、ジープが一回り大きい建物の前に停まる。促されて車外へ出ると、遠くから整備兵のたてる様々な騒音が流れてきた。

「私の執務室は中庭を抜けた先にある。こちらだ」

 走り去るジープを背に、マグヌス中佐の後ろについて建物に入る。その辺りから、私は違和感を覚えていた。耳に届く騒音に、軍隊という集団にはありえない音が混ざっていた。

 中庭が見えてくると、私は思わず固まってしまった。馬鹿な、と呟いたかもしれない。目の前には掛け声を上げながら、走り込みや腕立て、腹筋などの基礎体育訓練をおこなっている〝少女たち〟の姿があった。

 私は思わず立ち尽くした。

 なんの冗談だ? これは。


「私の部隊は〝特殊〟だと言っただろう?」

 言葉を失っている私に、マグヌス中佐が声をかける。

「……いつから我が軍は、女学校になったのですか」

「選んでこうなったのではない。彼女らはみな特別な能力開発訓練を受け、顕著な成績を収めた者たちだ。能力開花に成功するのは、ほぼ年若い女性のみであり、結果として機甲砲科特務隊はその約七割が女性で構成されている」

「能力、開発?」

 私がそういうと、マグヌス中佐が中庭の一点を指で示した。そこにある光景を、私は受け入れる事ができなかった。

 ああ、何ということだ。私は夢でも見ているのか? ミドル・スクールに通う手前のような少女が、屈強な男性兵士が複数で扱うような重砲弾をまるでゴムボールのように弄んでいる。。

 私はいま、池のアヒルよりも間抜けな顔をしているのだろう。だがそんなことにも気が付けないほど、私は驚愕していた。目に見えている光景がこの世のものであるとは、到底思えなかった。

「呆けている暇は無いぞ、サミュエル少尉。君には覚えるべき事が山ほどあるのだ」

 中佐の執務室は赤黒いカーペットと天井まで届く本棚で形作られた、狭い空間だった。細長い小窓から差し込む光が執務机を艶やかに照らし出し、部屋の隅では扇風機が歩哨のように真っ直ぐに立ち、カラカラと音を立てて淀んだ空気を掻き混ぜている。


「君には通常の訓練に加え、これらの教材を一週間以内に吸収してもらう」

 マグヌス中佐は執務机の上にうず高く積み上げられた、教科書のチーズバーガーに手を乗せて言う。あれを一週間以内? 眩暈のする思いだが、今の私には頭痛薬よりも必要なものがあった。

「中佐殿。私には、貴方に伺わなければならないことがあります」

「私も君に目隠しをしたままジルバを踊れと言うつもりはない。可能な限り答えよう」

 私は執務机挟んでマグヌス中佐と向き合った。小窓を背にした中佐の顔を、暗い影が覆う。

「特別な能力を持つ兵士の〝製造〟という計画は、昔からあった。それこそ、君がまだ父親の中で種として生み出されるずっと以前から。この計画では彼女らを〝PS〟。すなわち〝サイキック・ソルジャー〟と呼んでいる」

 マグヌス中佐が言うには、彼女らはアルストロ合衆国、ハイネス州の片田舎、岩と赤土と地面を転がるタンブルウィードしかないような土地に建てられた、とある研究所に集められた孤児だそうだ。そこで彼女らはSF小説でしかお目にかかれないような手術や訓練を受け、能力開花に成功した者たちがこの北アリウム戦線に送り込まれたという。敵を殺すための、生きた兵器として。


「本気、なのですか」

「今更何を疑うというのかね、少尉。彼女らの能力が本物であることは君も見たはずだ」

「そういう話では無い!!」

 私は執務机を両腕で激しく叩いた。積み上げられた教科書が音を立ててカーペットへ落ちて行く。

「サイキック・ソルジャーだと!? ふざけるのも大概にしろ!! コミックヒーローもどきの妄想に子供を巻き込むなど、気は確かなのか!?」

 目にした少女は誰もが、二十歳には到底届かないであろう子供たちだった。重砲弾をサイコキネシスで持ち上げていた少女に至っては、十歳にもなっていないだろう。正気の沙汰では無い。この部隊は、マグヌス中佐は、アルストロ合衆国は、本当の本当に狂っている。

「君の言う通りだ、少尉。機甲砲科特務隊は、悪魔の心臓のようなものだ。度が過ぎた悪ふざけと、後引けなくなったくだらない意地が生み出してしまった、我々の罪だ」

「ならば」

「放り出すか? それこそ罪だろう。彼女らは、もう普通の生活には戻れない。勘違いをするな少尉。彼女らは被害者では無い。自ら望んで砂の大地に立ったのだ」

「それしか選択肢が無かったからだ。あんた達が選ばせた」

「もう一度言う。勘違いをするな。これは戦争で、彼女らは兵士なのだ。我々の使命はただ一つ、戦争に勝利することだけだ。その為にならば、我々は便所に浮かぶもの以外の全てを総動員しなければならない。君はそれを正しく理解しているはずだね?」

 私の喉がぐっ、と音を立てる。兵士の仕事は殺すこと、そして死ぬこと。確かに私はそう言った。しかし――。


「少尉、私は君を高く評価している。三倍以上の数の敵に臆さず挑む胆力、大胆で合理的な戦術、見事という他ない。君は常識的な一般人である以上に、戦争を体現する純粋な兵士であると、私は考えている」

 だが、と中佐が言葉を続ける。

「君がこの任務を降りるというのなら、止めはせん。しかし軍に席を置かせておく訳にはいかん。故郷に帰ってクソ掘りをするか、私と一緒にこの狂ったダンスパーティーを踊り明かすかは、君の自由だ。君はスコップを抱えて故郷に帰るような真似は、しないだろう?」

 命を顧みず、敵を討ち滅ぼすことだけを考える気狂い(マッド)兵士(ソルジャー)。確かにそうだ。兵士とはそうあるべきだと思っているし、私はそうあろうとしてきた。だが、勘弁してくれ。これは違うだろう? これは、こんなものは、違うはずなのだ。こんな戦争があってたまるか。

「我々は、こんなことをしなければならない程に、追い詰められていたのですか」

「そうは言わん。だが、時間はない。春が来る前に北アリウムを抑え、ゲ二アの首を締め上げる。雪に阻まれて停戦状態のマルヴァ連邦とゲ二アが再び戦端を開き、仮にゲ二アが油田を奪いでもすれば、ゲ二ア一国に連合国の全てが窮地に追いやられてしまう。それだけは避けなければならん」

 機甲砲科特務隊は強力な部隊だ。しかし、それを効果的に運用するには経験を積んだ現場指揮官が必要で、しかしまともな人間ならば、こんな任務を引き受けはしない。だからこそ、私なのだ。豊富な実戦経験を持ち、命を天秤にかけない、純粋な兵士。女子供を区別しない公平さこそが、私に求められているものだ。

 私は断ることができない。ゲ二アとの戦いは、今や私の存在意義そのものだ。今更、それを奪われる事は――。それに、仮に私が任務を拒否したところで何かが好転するわけでは無い。他の狂った誰かが引き継ぐだけだろう。


「……承知しました。お受け致します」

「感謝する、少尉。礼という訳でもないが、ここでの無礼は不問にしよう」

 マグヌス中佐は大仰に頷く。私は噛みしめた奥歯の音が響かないように、唇を引き結んでいた。私は辛うじて自身の任務について尋ねたが、中佐は曖昧に微笑むだけだ。

「今はまだ詳しくは言えんが、君と彼女らには何度かの実戦的砲撃訓練の後、ゲ二ア野郎共のケツを蹴り上げてもらう。その為の準備も順調に進んでいる。楽しみにしておきたまえ」

 マグヌス中佐が手を叩くと、先ほどの運転手が執務室に入って来た。運転手が軍帽を脱ぐと、艶やかな長い黒髪が溢れ出す。

「ルディシア大尉だ。砲撃部隊の指揮を任せている。君とルディシア大尉の二部隊で作戦を行って貰うことになる。ワルツを踊れる程度には、仲よくしたまえ」

 握手を求めて手を差し出し、ルディシア大尉が柔らかく微笑む。

「ご紹介に(あずか)りました、ルディシア・エンシスです。ルディとお呼び下さい、〝マッド〟少尉?」

 光の粒子が、彼女の周囲で踊っているかのようだ。その美しい微笑みが、かえって私には薄ら寒く感じられるのだった。


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