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機甲砲科特務隊 ①

 山賊のような格好で司令部に赴くわけにもゆくまい。私はシャワーを浴び、伸びきっていた髭を剃り、身なりを整える。それだけで、随分と気持ちがシャキッとしてきた。行動はそれなりに精神に影響を及ぼすらしい。

 タクシーや辻馬車を拾う事もできたが、司令部までたっぷりと時間をかけて歩く。兵士としての感覚を取り戻すのに、必要な時間だった。やがて司令部へ到着した私に、背後から声が掛けられた。


「サミュエル・ウッド少尉かね」

 振り向くと、一人の痩せた男が立っていた。年のころは五十代程度だろうか。彼が中佐の地位にいることを示す階級章が首元で光っていた。

「その通りであります、中佐殿」

私は敬礼をする。随分と久しぶりな気がした。不格好になっていなければ良いのだが。中佐は敬礼を返し「マグヌスだ」と、短く自己紹介をした。

「司令部へ向かう必要は無い。私の車で話をしよう。便所を借りたいというのであれば別だが」

 マグヌス中佐が親指で示す先には、屋根付きのジープが停められていた。私と中佐が乗り込むと運転手がアクセルを踏み、ジープは咳き込むような音を立てて走り出した。


 ファルレ・リードの中心街から離れていくにつれ、周囲から軍隊という集団が発する、特有の熱気のようなものが薄れていくのを感じた。戦いから引き離されるようで、私は少し不安を覚える。

「さて、この車はどこへ行くのか? と君は考えているね。サミュエル少尉」

 不意にマグヌス中佐が口を開く。私は頷いた。

「恐らく君はもう察しているだろうが、私は君が配属される予定の部隊を任されている。だが、この車の行き先が機甲砲科特務隊の本部なのか、君を本国へ送り返す為の飛行場なのかは、君次第だ」

「それはどういう意味でありますか」

「まだ私は質問を許可していないぞ、サミュエル少尉」

 私は謝罪し、前を向く。喉が鳴らないようにするので精一杯だった。私の兵士としての運命は、今やこの退屈そうに眉を顰めた中佐殿の機嫌次第なのだ。マグヌス中佐は多くの高級将校のように高圧的ではないが、唸る戦車を前にした時のような、無機質な威圧感を纏っている。怒声ではなく、空気で部下の背筋を伸ばさせる軍人だった。


「前線で戦う君には今更言うまでも無いだろうが、今我が軍は、とてもナーバスになっている」

 マグヌス中佐の言葉の通り、我々の士気は地の底にまで落ちていた。最新戦車であるM4を大量にひっさげ、ゲ二ア北アリウム軍団を蹴散らすつもりで上陸したというのに、蹴散らされたのは我々の方だった。奴らの巧みな戦術、強力な兵器、そして歴戦のエースたちによって我々は何度も敗北を味わされた。

 前線で戦う兵士たちに特に恐れられたのは、重装甲と大火力で全てを蹴散らすゲ二アのティーガー重戦車だ。こちらの攻撃は全て弾き飛ばされ、ティーガー重戦車の八十八ミリ砲は我々のあらゆる地上戦力を撃破できる。戦争に公平などありはしないが、それでもこれは圧倒的な不公平だった。

「司令部はティーガー重戦車一両につき、M4中戦車三両以上で対処すべしと命令を出すつもりでいるそうだ。信じられるかね、少尉? 驚くべき人命軽視だ」

 そして兵士たちが最も恐れたのは、他ならぬアルストロ合衆国軍から下される命令そのものだった。敵が思っていたよりも手強かったからといって、今更戦いをやめる訳にもいかない。銃口を並べ、虎の咢に飛び込むしかないのだ。士気など上がりようも無い。


「この状況をどう思うかね、少尉」

 マグヌス中佐が、顎を軽く前に動かす。私に発言を促しているのだ。 

「司令部の命令は、適切であると判断します」

 私は自らの考えを何も隠さず、繕わずに伝える。

「軍人の仕事は殺すこと。そして死ぬことであります。死を恐れる軍人など、便所に顔を突っ込んだ豚にも劣ります。M4三両以上での突撃、結構ではありませんか。ティーガー重戦車は確かに強力な兵器ですが、数は少ない。十数人の命で葬れるのであれば、安い買い物でしょう」

「君は、同胞の命を安いと言うのかね?」

「戦争に勝つ為です。消耗戦に持ち込めれば、負けは無いのです」

 ゲ二ア北アリウム軍団は強力な軍隊だ。しかし、兵力は我々の方が圧倒的に多い。それが我々にとって、唯一の有利な点だ。どれだけの敗北を重ねようが、全ての将兵が死を恐れずに戦えば、戦争そのものには勝てるはずなのだ。


 マグヌス中佐は大きく息を吐き出し、そして喉の奥でくつくつと声を漏らした。私は眉を顰める。まさか、笑っているのか?

「私は失格でしょうか、中佐」

 そういうと、マグヌス中佐はゆっくりと首を振った。

「いいや、合格だとも少尉。気狂いや死神と言われるだけはあるな。浅はかだが、素晴らしい前線豚根性だ。そうでなくては困る」

 私は困惑していた。中佐の言葉の意味が、まるで理解できなかった。

「なに。私の機甲砲科特務隊は、少々特殊でな。部隊長を任せられる人材選びに苦心していたのだ」

「特殊、とは」

「それは実際に見てもらった方が早いだろう」

マグヌス中佐はそういうと、煙草に火を付けた。そして煙を吐き出しながら「言葉では、伝わらんだろうしな」と続けた。


「さて、面接の結果は〝良〟という所だが、問題は君の意志だ」

「ゲ二ア野郎共のはらわたを引きずり出して戦車の磨き脂にすることができるのなら、私はどんな任務であろうと構いません」

「まぁ聞け。機甲砲科特務隊での仕事は、途轍もなく重大だ。もしかしたら、この泥沼の戦況をひっくり返せるかもしれん」

 私の胸は、クリスマスプレゼントに欲しかった玩具を貰った子供のように弾んだ。戦況をひっくり返すということは、ゲ二ア野郎共のケツを蹴りまわせるということだ。痛快ではないか。

「しかし注意するべきなのは、機甲砲科特務隊という部隊は、公式には存在しないことになっているという点だ。故に、君がどれだけの軍功を積もうが、それを評価されることはない」

 私は迷いなく頷いた。そんなものに興味は無い。一人でも多くのゲ二ア野郎を地獄の池に蹴り落とす事ができれば、それで構わない。しかし、存在を認められていない部隊とはどういうことだ?

「パンチの効いたお話ですね。まるでペーパーバック小説の世界だ」

「冗談と笑いたい気持ちも解るが、残念ながらこれはそうではない。機甲砲科特務隊で知りえたこと、経験したことの一切は墓場まで持って行って貰う。良いな?」

 随分と念を押すものだ。国際条例違反の兵器を扱っている、とでも言い出しはしないだろうな? それならそれで、愉快な話ではあるが。


「ところで少尉。君はシルバースター勲章の叙勲を辞退するつもりらしいな。なぜだね」

「あの戦いにおいて、私は勝利になんの貢献も果たしていません。私への叙勲は何かの間違いでありましょう。勲章を受け取るべき者が居るとすれば、それは砂漠をゲヘナに変えた砲撃部隊の連中です」

 突然、マグヌス中佐が笑い声を上げた。見れば運転手も微かに肩を震わせている。

「意外だな。君がそんなに生真面目な性格だったとは、知らなかった。大尉の心遣いは無駄だったようだ」

「仰る意味が――」

「気にする必要は、何もないということだ。君も今日から、その砲撃部隊の一員なのだから」


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