酒に焼けた命令書
黒豹のⅣ号戦車に砂まみれにされてから、十日が過ぎた。戦果評価に訪れた偵察部隊に救助された私は、機甲師団が一時的に司令部を置いているファルレ・リードという街でベッドの重しになっていた。
傷のせいで動けないのではない。負傷など、足の捻挫くらいのものだ。私がベッドに縛り付けられている理由は他にある。仕事が無いのだ。私は軍からあてがわれた廃墟のようなアパルトメントの一室で酒瓶を抱きながら、日がな一日煙草の煙を燻らせている。
私の小隊は私を含めた二十名のうち、十四名が死亡。四名が重傷で一名が重体。そして、私一人だけが軽傷だ。ふざけたことに、どうもそれが不評をかったらしい。私は部下の運を吸い取って生き延びる死神だという噂が立っているそうだ。まさか噂を真に受けている訳でも無いだろうが、司令部も私の扱いに困っているようだった。どの部隊も私の配属を拒否しているらしい。
それにしても、気狂いに加えて死神か。ゲ二ア野郎共から恐れられるのであれば痛快だが、味方内から忌避されていてはかなわない。いい加減、小汚いベッドの上で飲むジャックダニエルにも飽き飽きだ。
毎日司令部へ赴き、仕事を寄越せと担当官に食って掛かるのが私の日課だった。敵に熱い砲弾を撃ち込んでいた兵士が、味方に唾を吐きかける下衆へ墜ちてしまっていた。
ある日、私に一通の書簡が届けられた。第十七機甲中隊とおこなった例の戦闘における軍功を評価し、私に銀色のお星さまをくれてやるといった内容だった。
私はいっそう惨めな気持ちになった。あれは負け戦だった。それをひっくり返したのは私では無く、あの謎の砲撃だ。
謎の砲撃。何かの比喩というわけでは無い。本当に〝謎〟だったのだ。ファルレ・リードへ向かう道中や司令部でもあの砲撃の事を聞いて回ったが、誰もその正体を知らなかった。
不可解な話だった。確かに、我々は小さな町内会の自警団では無い。しかしながら、影も掴めないとはどういうことだ? 私は幻でも見ていたのか?
いつしか私は司令部へ出向くのも止め、ベッドで酒瓶と愛し合う日々を送っていた。髭は伸びっぱなしになり、見た目も生活ぶりも、立派な不良軍人の仲間入りを果たしていた。
私は新たな自分を発見していた。いや、今まで目を逸らしていた部分が浮き彫りになった、というべきか。学生時代や、父親の会社を継いだ時もそうだったが、私はやるべき事が目の前にある時はそれを完璧にこなそうとするが、一度放り出されると途端に無気力になる。
とはいえ、今でも心からゲ二ア野郎共を一人でも多く始末したい、という気持ちは変わらない。敗戦から何も学ばず、あるいは学んだうえで再び戦火を撒き散らしたゲ二アが、私は心から憎かった。戦争で涙を流すのは、いつだって平和に暮らしていた一般市民だ。彼らは戦争とは何も関係が無かった。それを、奴らが戦火に放り込んだのだ。
頭を埋め尽くしていたのは、最早遠くなってしまった戦場への焦がれるような想いと、謎の砲撃に対する様々な感情だった。はっきり言ってしまえば、私は羨ましかった。あの攻撃力があればゲ二ア野郎など恐れるに足らない。あの黒豹のⅣ号戦車であろうと、空からの攻撃には無力だった。そうした想いが募るたび、私は無力感にさいなまれた。
数日後、私の元にまた一通の書簡が届けられた。私は封筒をオイルランプの光にかざしてみたが、どうやら酒代が入っている訳では無さそうだった。面倒くさい、破り捨ててしまおうか、などと半ば自暴自棄のような考えが浮かんできたが、実行する寸前で私は思い直した。
封を開け、書簡を広げる。果たしてそれは私の望む通りのものであった。司令部への出頭命令書だ。そこで、改めて部隊への配属を命じるということだった。
わざわざ司令部に呼び出すという回りくどいやり方もそうだが、それよりも気になったのは、全く聞き覚えの無い配属先の部隊名だった。
その無味乾燥な言葉が並べられた命令書には、〝アルストロ合衆国第一機甲師団 第一旅団戦闘団 第三十七機甲連隊 第一大隊所属 機甲砲科特務隊〟と記されていた。