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目隠し、耳栓、猿轡

 我々のM4中戦車四両は、互いに巻き上げる砂煙を被らないように、車間を広く取りながら砂の海を駆けていく。予定ポイントまではあと少し。そこで進路を変え、ゲ二アの攻撃部隊を追う。後ろから熱いモノをぶち込んでやれば、流石のゲ二ア北アリウム軍団といえども冷静ではいられないだろう。奴らの精神的支柱であるティーガーを葬れれば、戦局は大きくこちらに傾くはずだ。


「さて、上手く行くかね」

 いつもならこんなことは思わないのだが、今日は妙に胸がざわつく。だからだろう、私は意識せずに呟いていた。口の中に砂粒が飛び込んできて不快だ。唾を吐き出しながら、私はゴーグルを降ろした。細めていた目を開くと、視界の端に違和感を覚えた。私は双眼鏡を覗き込む。


〈第〇八戦車小隊へ、第二十七観測中隊〇二小隊より急報。貴隊と進路の交わる可能性のある敵影あり。二小隊規模の機甲部隊だ。予定コースをお上品に進んでいてはダンスに誘われるぞ。迂回せよ〉


 無線機が雑音混じりの音を吐き出し、ヘッドフォンから耳に届いた。いつもこうだ。私は舌打ちをした。我々戦車兵は危険を冒してハッチからモグラのように頭を出すか、細長い鉄の隙間からしか外を見られず、響き渡る様々な騒音のせいで耳も聞こえない。だというのに、与えられる情報はいつも過少か過剰か、あるいは賞味期限切れのクソばかりだ。

『もう見えているよ、ちくしょうめ。撃破し、突破する。〇二小隊の覗き見小僧共に伝言だ。二十五年物を奢らせてやるから覚悟しろ』


 地平線の上に敵影が見えた。距離はおよそ五キロといった所か。我々に側面を見せ、先行する攻撃部隊を追う形で進路を取っている。何らかの理由で出遅れたのか、あるいは後詰めの部隊か?

 何にせよ、あちらからも我々が巻き上げている砂煙が見えているはずだった。遥か有効射程外ではあるが、その気になれば直ぐに詰まる距離だ。コークでげっぷをする暇はない。 

しばらくすると、敵の姿がはっきりとしてきた。私はもう一度舌打ちをする。敵の数が多い。十二両の戦車に三両の八輪装甲車が砂煙を上げている。あれが二小隊規模だと?

 私は同じく砲塔ハッチから頭を出している、各車の車長にハンドサインを送る。〝Ⅱ号七両、Ⅲ号五両、装甲車三両。撃破し、突破する〟。車長たちは頷いていたが、驚いたような表情をしていた。果たして私の意志は正しく伝わったのだろうか。


「お楽しみの時間だ。お漏らしして無駄弾を使うなよ!」

 私は砲撃手の肩を掴んで耳元で叫んだ。再び双眼鏡を覗き込むと、Ⅲ号戦車の砲塔ハッチから頭を出していたゲ二ア野郎がこちらに視線を向けていた。首元に手を当てて、何かを叫んでいるようだ。タコマイクとかいう奴か。

 敵戦車の砲口が次々にぞろり、とこちらを向く。次いでⅢ号戦車は車体正面もこちらに向けて停止し、迎え撃つ姿勢を見せた。小型で足の速いⅡ号戦車と装甲車がこちらの側背面を取ろうと展開し始める。これだ。いつも我々はこの素早い連携にやられてきた。

 この情報伝達能力が、ゲ二ア野郎共を強力な軍隊足らしめている要因の一つだ。声帯から直接音を拾うタコマイクは雑音の影響を受けにくく、壊れたジュークボックスのような戦車内でも意志伝達をスムーズに行える。加えて、Ⅲ号戦車からの全てのゲ二ア戦車には、送受信可能な無線機が装備されていた。これにより指示が素早く伝えられ、部隊全体での綿密な連携を可能としていた。我が軍の戦車には、隊長車などの一部の車両にしか無線機は搭載されておらず、軍全体では四割程度だ。我々は小隊内での連携ですら簡単では無い。目隠しに耳栓と猿轡とは、なんとも素敵な三重奏ではないか。クソッタレ。


 チカチカとⅢ号戦車の砲口が煌き、砲弾が遥か前方で土煙を上げたり、砲塔内に引っ込んだ私の頭上をシュルシュルと通り過ぎて行く。有効射程外に関わらず撃ってきたのだ。威嚇のつもりだろう。阿呆め、と口端を歪めようとしたところで急に車体が減速した。

「ふざけるな腰抜け! あんな豆鉄砲でこいつの前面装甲が抜けるか!」

 臆病な操縦手の肩を蹴りつける。覗き穴のフラッペにでもピンポイントで当たらなければ、前面装甲は抜かれやしない。万が一目玉が吹き飛んだらあの世で神様を殴ってやれば良い。

 それよりも警戒すべきは回り込もうとしているⅡ号戦車と装甲車だ。奴らの備砲は小さな二十ミリ機関砲だが、側背面を狙われたら装甲を撃ち抜かれてしまうかもしれない。そうなれば我々は車内に飛び込んだ砲弾によって、挽肉にされてしまうだろう。

 数の上ではあちらは我々の三倍以上だ。しかし、ここは何の遮蔽物もない砂漠、正面切って戦うしかない。だが、Ⅲ号戦車に構っていたら回り込まれる。Ⅱ号戦車と装甲車を迎え撃てばⅢ号戦車に横っ面をはたかれる。ならばどうするか? 私の回答は単純だ。

「突っ込め! 敵の中に混ざるんだよ!」

 装甲を頼りに正面突破。超接近戦での乱戦ならば、あちらも下手に撃てまい。数の不利が相殺されるのだ。いや、それどころかこちらに有利に働くことになる。せいぜい敵に護って貰うとしよう。


 他とは明らかに違う、巨大なハンマーでぶっ叩かれたような音と衝撃が車内に響く。先ほどは豆鉄砲といったが、Ⅲ号戦車の中に六十口径五十ミリ砲装備の車両がいたら危険だ。経験上、この衝撃は間違いなく〝それ〟だろう。最優先で潰さなければならない。

 私は再び砲塔ハッチから頭を出し、双眼鏡を覗き込む。装填手が「危険です少尉!!」と声を上げる。知ったことか。二キロほどの距離だ、敵弾などそうそう当たるものでもない。榴弾を砲塔に打ち込まれたら、飛び散る破片で私の首が飛ぶがね。

 砲口を向けられている状態では解りにくいが、長砲身が落とす影とマズルのおかげで何とか見分けがつく。……あれだ。長鼻のⅢ号戦車は一両だけのようだった。

「左から二番目だ。そいつのぶら下げている〝モノ〟が一番デカい。へし折ってやれ!」

 砲手に目標を伝え、操縦手には全速で突っ走るように命令する。

 我々は、私の戦車を先頭に菱形陣形を取りながら更に距離を詰めていく。ゲニア野郎共の砲口が再び煌き、何度も車内に衝撃と弾着音が響く。集弾率が上がってきた。当然だ。もうお互いに目と鼻の先だ。


 砲塔が旋回し、六十口径五十ミリ砲装備のⅢ号戦車へ砲口を向ける。そして、爆音とともに砲弾が放たれた。デカいモノを生やしたⅢ号戦車は車体に角度を付けて砲弾を弾こうとしていたらしいが、あの紙のような装甲では逆効果だ。砲弾はⅢ号戦車の側面装甲に飛び込み、その車体をガクン、と震わせた。次の瞬間、車体の隙間という隙間から炎が溢れ出す。どうやら気化したガソリンに引火したらしかった。逃げ出してくる乗員は、一人も居ない。

「よし、良いぞ! タッチダウンだ、GOGOGO!!」

 Ⅲ号戦車二両が私の戦車を通すまいと、扉を閉じるように進路を阻もうとする。しかしこちらの前進速度の方が上だった。甲高い鋼の悲鳴と火花を飛び散らせながら、Ⅲ号戦車の車列を突破する。ぐるり、と砲塔が旋回すると、Ⅲ号戦車の不細工なケツが目に飛び込んできた。


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