グルース航空基地遭遇戦①
「残骸を使って盾にしろ!」
私たちは建物の影に隠れながら、念動力の能力者が輸送トラックや航空機の残骸を手当たり次第に装甲車の向かってくる方向へ積み上げた。
爆音を上げ、頭上を複数の航空機が掠めていった。ゲ二アのヘンシェルとメッサーシュミットだ。六匹の猛獣が唸りを上げながら、ルディたちの居る方角へと飛び去っていく。私は舌打ちをした。ルディたちへ脅威が迫っていることを知らせたくても、私にはその手段がない。
残骸のバリケードは、満足に役目を果たしていなかった。小銃の銃弾ならばともかく、二十ミリ機関砲弾の前では薄い鉄板などベニヤ板と変わらない。機関砲弾はスポスポとバリケードに穴をあけ、滑走路のアスファルトを弾けさせる。
オリオン三号車はバリケードの中ほどで立ち往生していた。レジーナの被弾に動揺し、行動が遅れたのだ。今は彼女たちが身を隠している輸送トラックのキャビンがゲニアの機関砲弾を防いでくれているが、それも時間の問題と思われた。対するこちらのブローニングM2重機関銃は、厚さ三十ミリに達するゲニア装甲車の正面装甲には歯が立たない。
もちろん一言に装甲車といっても、種類は様々だ。正面装甲厚が五ミリ程しかなく、小銃の銃弾程度にしか装甲を発揮できない車両もある。奴らの動きを鈍らせる為にも、十二・七ミリの銃弾をお見舞いし続ける事は確かに無駄では無い。しかし私たちの弾薬は残り少なく、装甲・火力共に劣る状況では、下手な打ち合いは被害を拡大させるだけである。
「三号車をこちらに引きずり込め! 援護射撃!」
各車はバラバラに物陰に逃げ込んだ。私からは彼女ら全員の姿を確認する事は出来なかったが、声は問題なく届いたようだった。建物の陰から顔を出し、あるいはトラックの後部をはみ出させ、一斉に銃弾を放つ。装甲車は目標をこちらに変え、応射してくる。その隙にプリムラたち念動力能力者が、オリオン三号車を私の居る建物の陰に引きずり込んだ。
スクラップにされたアルカディア一号車ほどでは無かったが、オリオン三号車も別に意味で酷い有様だった。六割の頭部を失ったレジーナの遺体から噴き出す血液で、荷台は血のプールに変わり果てていた。むせ返るような鉄臭さと硝煙の臭いの中で、レジーナの一部であった肉片や頭髪が浮かんでいる。生き残ったオリオン三号車の乗員たちは逃げ出すようにトラックから飛び降りたり、放心したように一点を見つめている。彼女らも被弾こそしていなかったが、撒き散らされた砲弾やバリケードの破片で身体中に傷を負っていた。
「もうバリケードは不要だ。奴らにくれてやれ!」
手にしたトンプソン機関銃に拳を打ち付ける動作をすると、プリムラは私の意図を正しく理解した。残骸が次々に装甲車に向かって飛んでいき、それを見た他の念動力能力者も鉄屑の暴風を巻き起こさせた。
機関砲弾を放つ装甲車の一つに、大きな残骸が直撃した。細い砲身はひしゃげ、射撃は不可能になった。被弾した装甲車の車長がハッチから身体を乗り出し、飴細工のように曲がった砲身を見てゲニアの言葉で罵詈雑言を喚いている。その頭に突然、風穴が開いた。イリスのスプリングフィールドM1903が、金色の空薬莢を吐き出すのが見えた。
ラナは荷台に寝かせたクレアにモルヒネを打っていた。一本では彼女の痛みをやわらげるには足りなかった。ラナは少し迷い、結局もう一本モルヒネを打つ。クレアに助かる見込みがないのは、誰の目にも明らかだった。ニーナは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、クレアの残された手を握り、ごめんなさいと呟き続けていた。
荷台には略奪した食料や燃料に混じって、かき集めたメリンダ達〝だったもの〟が積まれている。二十ミリ機関砲弾は彼女たちを容赦なく破壊し、赤黒い肉の塊に変えてしまった。そこにはもはや、数分前までの生命力に溢れていた彼女たちの面影は欠片も無かった。戦争はどんな勇敢な兵士も、一瞬で死の奈落に落としてしまう。
私は建物の影から顔を出し、敵の様子を確認する。ゲ二アの装甲車は基地の手前に留まり、岩陰や地面の僅かな起伏を利用して車体を隠している。装甲車の後ろを、腰をかがめた兵士の一団が駆けていくのが見えた。私が威嚇にトンプソン短機関銃を撃つと兵士たちは飛び込むように地面に伏せ、悪魔を侮蔑する意味のゲニア語を叫んだ。装甲車の二十ミリ機関砲による応射が嵐のように吹き荒れ、頭上のコンクリートの壁がごっそりと削り取られた。
敵はおそらく工兵部隊だろう。滑走路の破壊や、もぬけの殻になった航空基地を罠に仕立て上げる為に地雷の敷設などをしに来たのだ。私たちはタイミング悪く、それに居合わせてしまった。
いや。タイミング良く、というべきだろうか? 私たちは基地に詰めていた敵部隊が撤退する前に、その殲滅に成功したのだから。これは兵力と物資が不足しているゲ二アにとって、大きな痛手であるはずだ。
しかし、私たちが支払った代償はあまりにも大きい。私にとっては、少しも釣り合っていないように思えた。目の前の敵部隊には帳尻を合わさせてやる必要がある。
ルディたちの元へ向かって行った敵航空部隊は、前線へ向かう攻撃部隊だったのかも知れない。その道すがら大きな獲物を見つけ、飛びついたのだ。その点は明らかな不幸だった。私には女神たちの無事を祈るしかできないが、その前に片づけるべき問題がある。
多数の装甲車を備えた機械化歩兵部隊に、真正面から戦いを挑んでも勝ち目は薄い。しかし今は女神からの支援砲撃も望めないだろう。ならば、手持ちの戦力でなんとかするしかない。
私が敵の立場なら、どう攻める? 考えるべきはそれだ。相手の心を盗み、先を読む。そうして戦場を支配するのだ。
ルディたちアルテミスの落とした禁断の果実の黒煙は、遠くからでも良く見えたはずだ。奴らは私たちが、ガガ・メニス燃料集積場を破壊した部隊であることを強く疑っているだろう。その二つの部隊が共に行動していることは、奴らも理解しているはずだ。
正面からは攻めてこないだろう、と私は思った。敵は私たちを容易に踏みつぶせるだけの戦力を有しているが、奴らはそれを知らない。私たちに何か奥の手があるのではと警戒し、非力な私たちに対して装甲車の車体を隠している。先ほどの残骸の暴風が奴らの警戒心を更に高めているのだ。
私は反射的に横を向いた。そこは〝ビックアップル〟による焼尽の熱気が僅かに香る、滑走路の反対側。波のようにうねった死角だらけの大地だ。回り込みからの強襲や挟撃は、ゲ二ア北アリウム軍団の最も得意とするところだ。人は不安に駆られた時ほど、いつも通りの行動をしようとする。
「サヴィナ、聞こえるか! アルカディアの指揮を引き継げ!」
声を上げると、アルカディア二号車の車長、サヴィナ・アストリー少尉が応えた。私は彼女に隊を指揮し、滑走路側で敵の相手をする〝ふり〟をするように命じた。私たちが奴らの思惑通り、滑走路側に釘つけにされていると思わせるためだ。
「三号車のブローニングは使えるか」
イリスがオイルやグリスの染み込んだボロ布で三号車のブローニングを拭う。給弾の為のレバーを引き、中途半端な恰好のままで動きが止まった。二度、三度と同じ動作を繰り返し、やがて「駄目ですね。ビックママはご機嫌斜めです」と首を振った。
「これなら、どうですか」
プリムラが荷台から、太い鉄パイプを念動力で持ち上げる。よく見れば、それは銃であった。冗談のように長く、馬鹿みたいに太い銃身を備えたそれは、マルヴァ連邦で使用されている対戦車ライフル〝デグチャレフPTRD1941〟だった。ゲ二アがマルヴァ連邦との戦いのおりに鹵獲し、北アリウムに持ち込んだものだろう。数十発程度だが弾薬も揃っており、薬莢はご丁寧に焼き付き防止のオイルが塗られて輝いていた。先程、手当たり次第に荷台に放り込んだ品々に混ざっていたらしい。恐らくはプリムラが放り込んだものだろう。私が手にしたのであれば、流石に記憶に残る巨大さだ。なにせ、銃身長だけで千三百ミリを超えているのだ。
重量十五キロを超えるこの化物のような銃から放たれる十四・五ミリ徹甲弾は、百メートルの距離から三十ミリの装甲を貫徹できる。装甲車の側面や上部を狙えれば、有効射程はさらに伸びるだろう。この銃を一番有効に活用できる人物には心当たりがある。
「扱えるか」
私がそう言うと、イリスは「やってやりますよ」と頷いた。




