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少女たちの本質

 プリムラは本部との連絡を試みていた。私たちは二種類の通信用アンテナを組み合わせて使用する。組み立てると、ベースを含めて三メートルを超える長さとなるのだった。多少の事で破損はしないだろうが、念のためというやつだろう、ニーナが風でしなるアンテナを支えていた。アンテナを伝う雨粒がその細い指に絡みつく。


 ニーナ・アップルトンは一言でいうと〝意識して平均的であろうとする〟少女だった。射撃や近接格闘、車両操縦の腕前も中の中。容姿も特に飾ることは無く、人当たりは柔らかく、敵を作らず、しかし特に親しいといえる友人もいない。理性的で常識的。大切な仲間であり家族であるのは間違いないが、誰かの一番では無い。今こうしてプリムラの手伝いをしているのも、それが彼女の考える平均的な行動だからだ。

 ニーナの秘めているスペックは、実はかなり高い。他人に気付かれずに加減をし、平均点を取る。ニーナにはそんなことを軽々と成し遂げてしまう余裕があった。唯一誤魔化せなかったのはルディだけだ。私もルディが指摘しなければ、彼女の存在を意識する機会は無かったかもしれない。

 軍人に限らず、良い待遇を受けられる者というのは、はっきりと自己主張ができる者だ。しかし彼女はそれをしようとしない。彼女の実力をもってすれば、周りから一目置かれる存在となるのは簡単なことに思えた。だが彼女はそれを望まない。平均的であること。それこそが彼女の自己主張だからだ。その行為の裏には彼女の〝自分は普通だ〟と思いたいという願望が透けて見える。彼女は〝平均的という仮面〟を身につけているのだ。


 しかしニーナに限らず、彼女たちはそれぞれに仮面を被っている。ニーナは辛うじて保っているが、私はこの数時間で彼女たちの仮面が割れていく様を見ていた。初めて経験する仲間の死が、彼女らの仮面にひびを入れたのだ。

 覿面だったのはラナだ。ラナはもはや、自身の秘めた凶暴性を隠そうとはしていなかった。仲間たちの遺体を荷台に乗せてから、彼女は一言も発していない。唯一の拠り所であるかのように強くナイフの柄を握りしめ、その刃を敵に向かって振るう瞬間をただ待っている。鋭い輝きを湛えた瞳には、もはや死しか映っていない。夜明け前までのラナはもう居ないのだ。いつも快活で皆を元気づけていたラナ・ハリスは、マーテルやミュエルたちと一緒に失われてしまった。敵を、ゲニアの兵士を一人でも多く殺すこと。ラナがそれだけを望んでいるのは誰の目にも明らかだった。彼女の夜が朝の枯れ谷に満ちている。


 一度気が付くと、私には機甲砲科特務隊、作られたPS(サイキック・ソルジャー)という特殊な存在である彼女らの本質が手に取るように理解できた。彼女たちは、私と同じだ。

 普段から死を意識して生きている人間は、おそらくそう多くはないだろう。医者や葬儀屋などの死に触れることの多い人であろうと、自身の死について深く考えることなどは稀であるはずだ。

だが、彼女たちは違う。孤児となった経緯はそれぞれだろうが、ろくでもない人生だったのは間違いないだろう。それこそ、死ぬような目に遭った者もいるのではないだろうか。

 国に保護され、しかし彼女たちを待っていたのは安定した生活などではなく、PSという正気を失ったような代物を作り出すための実験(モル)動物(モット)としての人生だった。彼女たちがどのような実験を受けてきたのかは知る由もないが、人道的であったとは思い難い。命を落とす者もいたかもしれない。

 いくつもの夜を超え、彼女たちは〝能力〟を手に入れた。次に求められたのは能力の有効活用だ。主に軍事利用の為の。彼女たちの能力はどう使えるのか。使ったらどうなるのか。彼女たちをPSに仕立て上げた変態どもは、それを知りたがったはずだ。

 彼女たちの行く先は戦場だった。彼女たちの歩む未来は一本道だ。実験は、彼女たちが死ぬまで続けられるだろう。その最後すらも貴重なデータなのだから。

 ここに至るまでの人生の全てで、彼女たちは常に自身の死を身近に感じながら生きてきたのだ。そしてこれからも。常人ならば気が触れてもおかしくないほどの恐怖であろう。

 彼女たちは死を飼いならそうとした。自身の命を国や家族に預け、自らの死を意味のある物へ、価値ある物へ昇華させようとしたのだ。そうしなければ、死と向き合い続けて正気を保つことができなかったのだ。

 しかしそれだけではない。私には解る。彼女たちは、死に対して憧憬に近い感情を抱いている。死を恐れるがあまり、死が近すぎるあまりに、死に救いを見出している。だからこそ彼女たちは躊躇なく敵に銃弾を撃ち込めるし、後になってそれを気に病むことも無い。きっと、すぐにでもミュエルやマーテルを包む防水シートを捲って聞いてみたいはずだ。〝死ぬのってどんな気分?〟と。


 人の命は儚すぎる。それはまるで水面の月、夜霧の鐘、夏夜の夢だ。触れようとすれば消え、触れずともいずれ霧散する。小さな二十二口径の弾丸に麦穂刈り取るように奪われた父の命が、私にそれを教えてくれた。

 私もいずれ死ぬだろう。他愛もなく、雑作もなく死ぬだろう。私は不確かな未来を見つめて精力をつぎ込むことには、何の意味も見いだせなかった。ただ目の前の問題だけを片付けて生きてきた。

 私が戦場に赴いたのは、最後に父の言葉の意味を確認したかったからだ。命を呆れるほど消費して、最後に残る平和の味を知りたかっただけだ。死と死と死の果てに遺る物の味を確認したら、風のように死ねれば良い。戦場ならばそれが叶うと思っていた。

 彼女たちは私の鏡で、私は彼女たちの鏡だ。得難い理解者であり、共に自らの墓穴を掘り合う仲間だ。

 ふと、脳裏にルディの困ったような笑顔がよぎった。彼女はどう思っているのだろうか。彼女はこの状況を恐ろしいといった。同じ境遇であるはずの彼女がだ。会えれば良いな、と思った。バカルディを土産にしても良い。きっと素面では、思うように話せないだろうから。

 死ぬ前にもう一度くらいはあの笑顔を見ておきたい。彼女はきっと、私には考えもつかないような答えを持っていると、そう思うのだ。私はそれに深い興味を抱いている。


 それまで雑音しか返していなかった無線機が、初めて言葉を返した。プリムラの努力が実を結んだのだった。

 私たちは無線の向こうにいる相手を便宜上〝本部〟と呼ぶが、それはマグヌス中佐の居る私たちのホームではない。名前も知らない、無数にある作戦本部の一つだろう。無線の相手はいつも神経質な声をした男で、声を聴くといつも狐のような顔とビン底眼鏡が頭に浮かぶ。

 長距離無線は傍受の危険が高いために、プリムラは『符丁』を用いて言葉を組み立てる。シボレートラックは『鳥籠』、私たちは『鳥』、戦車は『豆』。そしてガガ・メニス燃料集積場は『油壷』追跡部隊は『怒り狂った父と母』、ルディたちは『長箒』といった具合だ。

 プリムラは幼い声を更に舌っ足らずにさせて話す。中々の演技力と胆力だと思う。プリムラは一見可愛いだけのマスコットキャラに見えて、度胸と器用さを兼ね備えた人物だ。そうでなければこんな所まで連れてはこない。

 ゲニアはどこかでこの無線を盗み聞きしているだろうか。だが万一無線内容を傍受されても、ゲニアは〝現地人の子供が勝手に無線機で悪戯をしている〟と思うだろう。というより、そう解釈するしかないはずだ。

 実際の所、そのようなケースは珍しくない。北アリウムの現地人は、戦場跡からあらゆるものを持ち帰る。そして、なんでも修理して再利用する。

 本部はプリムラの言葉を聞き、時折子供をあしらうように〈ああ〉とか〈そうなんだ〉と適当な言葉を返している。しかしプリムラが〈油壷が全部燃えちゃって、二十粒以上の豆が焼けちゃいました。小さいのと中くらいのです。二つ大きくて硬い豆があったんですけれど、そっちは完全に弾けちゃいました〉という言葉を聞くと、解りやすく色めき立った。


 ガガ・メニス燃料集積場は、前線の機甲部隊に燃料を供給する重要な施設だ。この攻撃の成果が北アリウム全体に及ぼす影響は小さいかもしれないが、泥沼の膠着状態を打開する切っ掛けとしては十分な一撃であろう。機甲部隊そのものにも大きなダメージを与えている。機甲砲科特務隊の頭上で旗を振っている顔も知らないお役人どもには、これ以上ない吉報だ。

 プリムラが〈蜂蜜を取りに行こうと思う〉と伝えると、神経質そうな声は〈そうするのが良いだろう〉とうきうきした様子で答えた。無性に腹が立った。

 ともあれ、私の行動案は承認された。雨はまだ降り続けていて、止む気配はない。私は防水シートの下で地図を広げ、相変わらず持ち歩いているライターの火でそれを照らした。


 砂漠は広大だが、人が通行できる場所というのは実は限られている。車両ともなればなおさらだ。この辺りの一帯は隆起したような岩山と谷ばかりで、いくつかの街道を封鎖すれば包囲が完了してしまう。ゲニアは焦らず街道を抑え、空軍が空から私たちを見つけて叩けばいい。そう考えているはずだ。

 普通ならチェックメイトだ。震えながら救援を待つか、両手を上げて投降するしかない場面だろう。

 だが我々は普通ではない。車両は平面を素早く移動するための手段だが、プリムラを始めとする念動力能力者は車両の〝崖越え〟を軽々と実現して見せる。我々にとっての道とは、平面だけを指す言葉ではない。


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