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ガガ・メニス燃料集積場襲撃①

 夜討ち朝駆けは奇襲の基本だ。当然、相手も警戒をしている。だが人間というものは、ずっと気を張ってはいられない生き物だ。夜明けまであと少し。今日はもう夜襲は無いのだろう。明け方にもうひと頑張りする前に、熱いコーヒーで身体を温めようか。ゲニアの見張りはそんなふうに考えているだろう。私たちはその心の隙を突く。朝駆けだ。


 余分な荷物を降ろし、偽装網をかけて隠蔽する。まさか食料や燃料を荷台に満載したまま、銃火に飛び込むわけにもゆくまい。

 隠れ場所を這い出して、ライトもつけず、エンジンの音を響かせないように、そろそろと夜の砂漠を這う。一列に並んで静かに忍び寄るそのさまは、空から見下ろせば蛇のように映るだろう。

 第三小隊から二名と一台のシボレートラックを高台に残し、見張りにつける。それ以外は岩陰や窪地、または盛り上がった道との段差に身を隠して私の指示を待っている。

 私は視線を巡らし、星と月の煌きに照らされた彼女たちの顔を見る。誰もがM1ガーランドやトンプソン短機関銃を大事そうに抱えて、強張った表情をしていた。無理もない。初めから何もかもが上手くいくとは彼女たちも思ってはいなかっただろう。しかし、こうまで状況が当初の予定と違ってしまうとは。


 敵拠点の燃料集積場は三つのエリアに分かれている。事故などによるリスクの分散の為だろう。そのうちの、比較的警戒の緩い一か所をラナが率いる潜入班が爆破し、混乱に乗じて私たちが突入する。

第一小隊〝オリオン〟はラナを回収して整備工場に侵入し、ティーガーを虎の丸焼きにする。第二小隊〝アルカディア〟はとにかく弾をバラまいて引っ掻き回す。つまり、陽動である。第三小隊〝エペソス〟は燃料集積場への爆薬設置と、退路の確保が任務だ。


 星明りの落ちる砂漠の大地に、小さなライトが三度点滅した。ラナからの合図だ。アルカディアの小隊長メリンダと、エペソスの小隊長ミュエル・ハンコス少尉が私に頷いて見せる。

 次の瞬間、遠くでパッ、と黄色っぽい光が上がり、少し遅れて爆音が響いてきた。一つの燃料缶から起きた爆発は次々に誘爆を引き起こし、立ち昇る炎と黒煙は見る間に成長して巨大な獣のようになっていく。

「なんだか地味ですねぇ。もっと、こう、なんというか……」プリムラがつまらなそうに言う。

「伏せておけ。目をやられるぞ」

 道の段差から顔を出しているプリムラの腕を引っ張ると同時に、一際大きな誘爆が起きた。閃光で砂漠は埋め尽くされ、何物にも遮られる事のない爆風は我々の頭上に砂の雨を降らせた。

「エンジン始動。ナイトパーティだ!!」

 ピンク色のシボレートラックが次々に飛び出し、唸りを上げて敵拠点へと駆けていく。プリムラはまだ目を白黒させていた。途中で潜入班を回収した。荷台に上がったラナはすぐに車体後部のブローニングに飛びついて警戒態勢を取る。


 ハンドルを握る私の後ろで、イリスのスプリングフィールドM1903が火を噴いた。拠点入り口脇の見張り櫓から人影が声もなく墜ちていく。土嚢を積み上げて作られた敵の機銃銃座からチカチカと銃火が煌めき、死の指先が群れを成して襲ってきた。しかし攻撃の手は緩い。ゲ二ア野郎どもの動揺が手に取るようだ。

「マーテル! 自己紹介をしてやれ!」

 我々のシボレートラックには、前後に一挺ずつブローニングM2重機関銃が銃架に乗せられて装備されている。アルストロ軍が絶対の信頼をおく、この五十口径の怪物が吐き出す十二・七ミリ弾の破壊力は絶大だ。容易に障害物を吹き飛ばし、条件が良ければ二十ミリの装甲板も打ち抜ける。側背面を取れれば、戦車にすら痛打を与えうるのだ。もちろん対人戦闘においても強力であり、まともにくらえば人体など容易に千切れる。文字通りの挽肉になるのだ。

 マーテルが射撃を開始すると、他の車両も続いて攻撃を始めた。敵の機銃銃座にホースで水を浴びせかけるように銃弾が降り注ぐ。数発に一つ混ぜられている曳光弾が赤い軌跡を描いていく。沈黙した機銃銃座を突破し、小隊は拠点内部へとなだれ込む。小隊はそれぞれの仕事の為に散開し、私の小隊は敵拠点の中央、整備工場を目指した。


 拠点は蜂の巣を突いたような騒ぎだった。寝床からそのまま飛び出して来たようなだらしない格好の男たちが右往左往している。

 意外なことに、直ぐに反撃を受けることは無かった。すれ違うゲ二ア兵は私たちに驚いたような視線を向けるばかりで、状況が飲みこめていない様子だった。一度に様々なことが起こり過ぎて、脳の処理が追いついていないのだ。一種のパニック状態という奴だろう。奇襲は成功している。マーテルとラナはトラックの前後で銃撃を続けていた。

 世界がスローモーションになったようだった。ブローニングの銃撃音、スプリングフィールドの小気味良い銃声。恐怖を打ち払う少女たちの叫び。ゲ二ア兵の怒号、そして悲鳴。時が過熱していく。意識が引き伸ばされていく。私は戦場の空気に溺れていた。


 ゲ二ア兵たちの殆どは武器を持っておらず、猛獣に追い立てられる小動物のように逃げ回っている。その背中を各車のブローニングが撫でると、あっというまに人の形を失った。途中にトラックやジープなどの車両を見つけると、優先的にこれを攻撃させた。ゲ二アは深刻な車両不足に悩まされている。数両でも失えば十分に打撃となるだろう。どうせ燃料の爆発に巻き込めれば燃え尽きるのであろうが、念のためというやつだ。

 ブローニングの銃撃を受けると、装甲など持ち合わせていないトラックはあっという間にバラバラになった。タイヤが破裂し車体が大きく傾く。タンクから漏れた燃料に曳光弾が火を付け、爆発を引き起こす。巻き込まれたゲ二ア兵が絶叫を上げながら転がる。瞬く間にズボンや髪に燃え移り、身体は炎に包まれていく。


 二号車や三号車は遅れずに付いてきているか? 各隊は順調に仕事をこなしているか? 私が気になるのはそれだけだ。黒焦げになったり、液体と固体の入り混じった不気味な代物に成り果てていく奴らが誰かの父であり、夫であり、息子であり、家族であり、誰か大切に想い、また想われている存在であったことなどを考える余裕はなかった。

「ラナ、マーテル。積み上がった燃料には当てるなよ。月まで吹っ飛びたくなければな」

 ブローニングの銃弾は、ドラム缶程度なら数キロ離れていても貫通して見せるだろう。曳光弾が命中すれば巨大な爆発が再び引き起こされるかもしれない。もちろん私たちも巻き添えだ。テントの影を過ぎると、ゲニア兵が機関銃の連射を浴びせてきた。狙いなど付けていない咄嗟射撃だったが、カンカンと銃弾が車体を叩く音が響く。

「くそっ! 九ヤードでお返しをしてやれ!」

 ブローニングが咆哮する。後ろを振り返る必要はない。ゲニア兵が立っていた場所には汚れた血と肉のみが残されているだろう。

「サミュ! アリスンが!」

 機銃手補佐をしていたプリムラが声を上げる。二号車の後部機銃は沈黙していた。機銃手は、ぐったりと荷台にもたれかかっている。他の隊員がアリスンを引き上げた。そちらへ目を向ける。アリスンは胸と喉から出血していた。

「止まるな!!」

 今やゲ二アの兵士も自分の役割を思い出し、一足早く夜明けを持ち込んだ侵入者に対して攻撃を開始している。戦場にはMP40短機関銃とシュパンダウの銃声が混ざり始めていた。


 途中でとある拾い物の為に寄り道をし、私たちは目的地である整備工場へと辿り着いた。内部へ突入する。お行儀よく挨拶などはしない。

 工場の内部に人影はなかった。来客の対応で出払っているのだろう。

「ハッチは開くか?」

 整備中のティーガー重戦車は履帯と動輪を外されていた。足回りの整備中なのだろう。この重装甲の怪物は相手に正面を向けている間はヘラクレスの如き不死身性を発揮するが、反面自重が大きすぎるが故に、足回りに大きな問題を抱えている。

 目端を赤くした二号車隊員が素早く砲塔によじ登り、ハッチに手を掛ける。油を差されたばかりの虎の咢は、音も無く開かれた。

「よし、プリムラ!」

 荷台からふわり、と燃料が詰まったドラム缶が浮き上がる。先程、寄り道をして失敬したものだ。蓋が弾け飛び、ドラム缶が傾けられると燃料が音を立てて虎の腹へと流れ込んでいく。もう一両でも三号車の隊員が同じ作業を開始した。

 私は懐中時計に目をやった。襲撃の目標時間は十五分以内。突入からもう五分以上は経過している。立ち昇り続ける黒煙と炎は数十キロ離れていても確認できるだろう。もたもたしていると敵の増援や攻撃機が殺到してくる。


 燃料はドクドクと音を立てて流れ落ちる。鼓動のようなリズムがもどかしかった。エサが奴の腹に全部収まるまで、何分掛かるのだ? 

「もう少し手早くできないか?」

「無茶を言わないで下さいよ。どうにもできないです」

 二号車の荷台ではラナがアリスンの応急処置にあたっていた。冷えていくブローニングの銃身がキンキンと鳴いている。処置はすぐに心臓マッサージに移った。他の隊員たちは周囲を警戒しつつも、しきりにそちらを気にしている。無線機から声が響く。私は飛びついて応答する。


〈こちらメリンダ。敵は早くも体勢を立て直しつつあります。長くは持ちません〉

〈ミュエルです! 反撃苛烈! 足止めをくらっています、作業継続困難!!〉

 私は歯噛みした。いくら機甲砲科特務隊の少女たちが高い士気を持ち、適切な訓練を受け、それぞれに特殊な能力を持っているとしても、ゲ二アの兵士たちと比べてどうしても不足しているものがある。経験だ。奴らは戦場でどう踊れば喝采を浴びる事ができるのかを正しく認識している。

〈自分たちがどういう存在なのかを思い出せ。我々の武器は銅と鉛の牙だけではない〉

〈よろしいのですか〉メリンダが応える。

〈死体は口をきかん。存分にやれ〉

 ゲニア野郎は一人も生かして残すつもりはない。彼女たちの存在は機密だが、仮に念動力や発火能力の目撃者が生き残ったとしても、なんだというのだ? 私がそうであったように、目にしたものを信じることはできないだろう。もし報告をしたとしても、パニックで幻覚を見たのだと判断されるはずだ。

「援護します」

 イリスは階段を駆け上がっていく。上から狙撃をするつもりなのだろう。

「無茶をするな。死ぬ気か」

「逆ですよ。こんな時にまで、つまらない男ですね」

 屋根へと繋がる梯子に手をかけ、イリスの背中はあっという間に見えなくなった。猫のような身軽さだ。

 すぐに屋根の上から鋭い銃声が響いた。イリスのスプリングフィールドが咆哮する度に、一つの命が失われていくのだろう。

 ジリジリとした時間が流れていく。私はただ待つしかない。


〈警戒班より各隊へ。北西より急接近する複数のヘッドライト〉

 無線機が雑音交じりの声を響かせる。北西といえば、キックスという廃村があったはずだ。特に拠点にされている地点でもないはずだが、偶然に敵部隊が居合わせたのだろう。炎と黒煙を目にして急行したのだ。

〈聞いたとおりだ! ミュエル、状況はどうか〉

〈最後の爆弾を設置中!〉

〈了解した。アルカディアはエペソスの援護と退路の確保に回れ〉 

 私は首を巡らして「そこまでで良い。残りは浴びせかけてやれ!」とプリムラに声を掛けた。

「わっかりましたー!!」

 プリムラはそういうと、あっという間にドラム缶を念動力で捩じ切り、三号車が傾けていたもう一つのドラム缶も同じようにした。残されていたガソリンが虎の頭に降り注ぐ。驚異的な力だ、と私は改めて思った。

 マーテル他数名が暗号表などの機密文書を探していたが、そちらも切り上げさせた。敵部隊が怒り狂った母熊のように迫ってきているのだ。のんびりしている暇はない。一目散に逃げ出すこと。私たちに残された仕事はそれだけだ。


 ガソリンの匂いが充満する整備工場の外には、現実離れした光景が広がっていた。月と星の明りは更に成長した黒煙に遮られ、辺りは深い紅の炎に照らされている。ゲニア兵の死体や、元は人間の一部だったであろう肉片が赤い水たまりの中に散らばっていた。辺り一面がそのような有様なのだ。まるで子供のころに読んだ絵本の中の地獄がそのまま顕現したような景色だった。


 私はハンドルを握り、マーテルは前方機銃を構える。イリスがひらり、と荷台の上に飛び乗ってくる。荷台の端では汗だくになったラナが膝を抱えて俯いていた。プリムラがその背中を撫で、何か声を掛けている。アリスンがどうなったかを、私は聞く気にはなれなかった。


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