蕾の綻び
整備工場では十インチ榴弾砲を搭載した特殊車両の改造が行われていた。予め準備が進められていた改良パーツへの換装や組み立てが行われる。これまでの何度かの実戦において起きた問題や、特殊車両の主である彼女らの意見をもとに改良を行うのだ。
榴弾砲はセミトレーラーの最後方に配置され、砲を吹き付ける砂から、あるいは乗員を銃弾や砲弾の破片から守るために全面を鉄板で囲った戦闘室が造られた。水上艦の砲塔をそのまま載せたような外見が特徴的であった。
セミトレーラーの前方スペースには、燃料に弾薬や、各種スペアパーツの保管庫を兼ねた居住スペースとして、凹型の部屋が作られた。車体の重量バランスを取る目的もある。居住スペースには換気扇や折り畳み式の簡易ベッド、更には便所までが備えられていた。因みにシャワー室の設置も熱望されていたが、そちらは当然却下された。部屋の上部には対空や対歩兵用、あるいは非装甲車両への備えとしてブローニングM2重機関銃が左右に一丁ずつ据え付けられ、天板のへこんだ部分には移動中に砲身を支える為のトラベリングロックも備え付けられていた。もはや形だけは立派な戦闘車両だ。
この特殊車両の欠点としては、近接戦闘への対応力の低さが挙げられる。
水平射撃を行うにはセミトレーラーを傾け、砲身を備えた戦闘室を旋回させる必要がある。しかし射界は左右に最大で十五度ほどに限定される。それ以上の角度で砲撃を行うと車体が砲撃の反動に耐えきれず、最悪の場合は横転する。そしてもちろん、敵はこちらがゆっくりと迎撃態勢を整える時間を与えてくれるはずもない。万一敵の接近を許した場合は一目散に逃げ出すか、覚悟を決めるほかは無いということだ。
工場の隅には特殊車両を偽装――おもに味方の目から――する為の幌が折りたたまれて重ねられており、そこに腰かけたり背中を預けたりしながら少女たちが特殊車両の名前を議論している。一号車から四号車のそれぞれに名前を授けたいらしく、少女たちは口々に案を口にしているが、その殆どが神話の神々の名だった。彼女らが〝アルテミス〟という呼び名を好意的に受け止めているのは明らかだ。
翌日、私はルディから相談を持ち掛けられ、食堂でコーヒーを挟んで向かい合っていた。特殊車両に機銃手が追加で必要になったことにより、私が率いる強襲偵察隊の編制にも変更が加えられることになる。
いくつかの事項を確認し合ったところで、ルディが不意に「それで、プリムラなのですが」と、遠慮するような口調で切り出した。
「プリムラ伍長? あの元気娘がなにか?」
ルディによれば、プリムラ伍長の副装填手の任を解くように求める声が砲撃部隊内の複数から上がっているというのだ。私は少なからず驚いた。どれだけ仲が良さそうに見えても、不和というものはやはり存在するのだ。
だが、続くルディの言葉で私は状況を理解した。
「砲弾運搬車を、ひっくり返した?」
「はい。それはもう、見事なまでにステーンと」
特殊車両の砲弾搭載能力には限りがあるため、特殊砲科車両二両に付き一両の、戦車運搬車を改造した砲弾運搬車が随伴することになっている。副装填手の主な任務は砲弾運搬車から砲弾の荷下ろしをして、準備を整えることである。プリムラ伍長はその際に砲弾だけでなく、運搬車もまとめて念動力で持ち上げてしまい、横転させてしまったというのだ。
機甲砲科特務隊に念動力の能力を持つものは少なくないが、これほどの強度の念動力を操れるのはプリムラ伍長ただ一人である。それは確かに彼女の強みであるが、制御ができないのであれば毒でしかない。ましてや砲弾運搬車をひっくり返すなど、大惨事に繋がってもおかしくない。彼女らが消し炭にならなかったのは、日ごろの祈りのおかげであろうか。
「その割には、特に混乱も起きてはいなかったようだが」
「実はこれで二回目なのです。一応は備えていたので事なきを得ましたが、しかし何度も繰り返されるようであれば、私としても少し考えなければなりません」
「やむを得ないだろうな。しかし困ったものだ」
「今回は、プリムラも気張りすぎたのだと思います。サミュが見ているから、と朝から張り切っていましたし」
「私?」
前回プリムラ伍長が砲弾運搬車をひっくり返したのは、第十七機甲中隊への支援砲撃任務の時だったというのだ。部隊の壊滅はプリムラ伍長が引き起こした混乱が原因とまでは言わないが、砲撃の開始が遅れたのは間違いない。プリムラ伍長は私にそのようなことは一言も話さなかったが、あの戦闘で散った数多の命と私の敗北は、自分のせいだと強く責任を感じているという。今回は汚名返上のつもりで臨んだのだろうが、彼女は力むあまりに二度目の苦渋を味わった。
「副装填手の任を解くとあれば、プリムラには本部に残って貰うほかにはありません。しかし私は、彼女には機会が与えられるべきだと考えています」
ルディの意図はすぐに理解できた。確かに、私以上に適任な人間はいないだろう。
私は視線を揺れるコーヒーの水面に落とし、黙考する。確かにプリムラ伍長の念動力は強力だ。制御がいま一つなのは懸念材料だが、それも使いようによっては有効に働くだろう。プリムラ伍長の能力は、前線でこそ輝く。ルディも私と同じように考えているはずだった。
「なぜそこまで気を使ってやる?」
私が尋ねると、ルディは「そのトラブルが無ければ、私がサミュを見つけられることもなかったですから」と照れたように笑った。
代わりといってはなんだが、と私はルディに一つの頼みごとをした。私への名の呼び方に関する頼みだ。私はシルバースター勲章の授与と同時に中尉へ昇進していたが、誰もが未だに私を少尉と呼んだ。プリムラ伍長に至ってはそれが名前だと勘違いしている節まである。そのことを毎回指摘するのは面倒だし、放っておくのもすっきりとしない。あくまで我々は軍人だ。
更には『サンドキャッスル作戦』の発動と同時に、私はルディと同じ大尉へ昇進することになっている。短期間に二度も階級が変わるのだ。名誉なことではあるが、煩わしくもある。ならばいっそルディが私を〝サミュ〟と呼ぶように、特務隊の隊員からはそう呼ばれるように統一すれば面倒がないと考えた。それを私の口から言えば命令になってしまうし、どうにも気恥ずかしい。ルディから彼女らに口添えをしてもらえれば、自然とそういう雰囲気になるはずだ。
「変なことを気にされますね」ルディが悪戯っぽく笑う。「意外と子供っぽい所もあるのですね」
私は「それが男らしいということさ」とできるだけわざとらしく肩を竦めた。
「正気なのですか」
食堂から自室へ向かう道すがら、柱の陰から声を掛けられた。どうやらうちの狙撃手は、眼だけではなく耳まで良いらしい。
「間の抜けた質問だな。私のあだ名は知っているのだろう?」
軍曹の、気の強そうなアーモンド型の瞳が私を射抜く。瞳には怒りのような、あるいは何か請う祈りのような光が宿っている。
「立ち聞きとは感心しないな」
「ルディに相談があって、探していたんです。食堂から声がしたので覗き込んだら、たまたま。というか、聞かれて困るような話なら、場所を考えてください」
彼女はいったん言葉を区切り、一呼吸を置いて続けた。
「あの子は、まだ八歳なのですよ? そんな子供を最前線へだなんて、ルディもあなたも、本当にどうかしています」
「私は君たちを区別も差別もしない。一人の兵士として扱い、必要であれば死地へ送り込む命令も下す。私はそう覚悟をしたし、君たちもそれを望んでいるはずだな?」
違うかね、と私が問うと、軍曹は苦虫を噛み潰したような顔になった。
彼女の言いたいことは解る。そして彼女も、私の言葉の意味を正しく理解しているはずだ。彼女らはまだ『サンドキャッスル作戦』の内容を知らされてはいないが、準備された数々の装備を見れば、部隊がどのような任務に就くのかは想像することができる。それが観測であれ偵察であれ、敵と銃火を交える確率は後方に控えている砲撃部隊よりも格段に高い。その只中へ若干八歳の子供を連れ出そうとしている。これが狂気の沙汰でなくて、なんだというのだ。しかし今更それを言い出せば、この部隊の存在そのものが異常なのだ。
「私にしてみれば、伍長も軍曹も同じく子供だ。そして同時に、一人前の兵士でもあると私は考えている。それも恐らくは、世界中のどの将兵よりも、よほど強力な」
様々なことに眼を瞑れば、彼女ら機甲砲科特務隊は特別に強力な部隊だ。私に課せられた使命は、その力をいかんなく発揮させることだ。その為ならば、たとえ悪魔と呼ばれようが構わない。一人でも多くのゲ二ア野郎を始末する。私はそれを成す一丁の銃であり、彼女らは敵の咢を喰い千切る弾丸だ。彼女らの勇気と覚悟から私は目を逸らさない。そう決めたのだ。
「あなたは、心の底から兵士なのですね」
しばらく私を睨みつけていた軍曹は、やがて諦めたようにゆっくりと頭を振る。
「その通りだ。君もだろう軍曹」
そうであれば良いですね、と軍曹は苦笑いを浮かべた。
「その〝軍曹〟っていうのはやめてください。ごつくて嫌いなんですよ、その呼び名」
「そうなのか?」
「そうですよ。あなたは乙女心を解っていなさ過ぎです。その点、中佐はしっかりツボを押さえていますよ。勉強不足なのではないですか? ルディにお願いしていた件もそうですが、周りからの接され方を変えたいのなら、まずは自分から変わってください」
「ぜ、善処しよう」
「軍隊に善処だなんて中途半端な言葉はありません!」
腰に手を当てて声を張る。私は思わず気圧されてしまった。真正面から押し出してくる女性は、どうも苦手なのだ。
「りょ、了解した。今後は名前を階級で呼ぶのは止そう」
イリスは気の強そうな、それでいて柔らかい笑顔で頷いた。
「ま、よろしくお願いしますね。サミュ?」




