暗黙のラジャー
ものものしい鎧を着た戦士に手を引きずられ、激しく抵抗する女がいる。
「やだ、やだっ! 知らない知らないって! 行きたくないよ助けて」
「観念するんだな」
「何で何で何でなんでっ!?」
彼女は大きな宝石のついた、きらびやかな金色の装備を着せられている。
「もう、いい加減諦めろって」
「何で私がそんな事。とんでもない。無理無理無理無理絶対ムリ!」
「でも、お前あれ抜いちゃったんだろ?」
「たまたまだって! てか嘘。あれ嘘。抜けてない。錯覚だよう。それか人違いだ! わかった私もっかい刺すから」
「大の男が三人掛かりでやっても抜けなかったんだ、間違いないだろ」
「きっとそれで緩んだんだよう」
戦士は鼻で笑う。
「そもそも自分で挑戦したんだろうが。名誉な事だぞ? 逆に、どうして嫌がるんだ」
「だってだってプラチナメイルが貰えるって聞いただけだもん! こんな事になるなんて一ッッッ言も書いてなかったじゃない、嘘つき嘘つき。わたし痛いの嫌い! うん、大嫌い!」
武者は有無を言わせず、首を振って肩をすくめ、長い石の廊下を進んで行く。
「抜いちまったもんは仕方ねーだろ、誰でも知ってる事だ。お前は、選ばれたんだよ」
「だれかー、助けてー! この人殺しーっ!」
幕が開くと歓声が響き渡る。眼下に広がる大勢の民衆は旗を振り、期待に満ちた瞳で壇上の彼女を見つめている。口笛を吹く者も。
彼女の手には、無理やり握らされた件の聖剣。
「嫌ああああアアアアァァァッ!」
大声で悲鳴をあげる。
「YEAAAAAAAAHHH!!」「勇者様万歳! 万歳!」「ラジャさま! 世界を助けて!」「魔王を倒して!」
彼女の叫びで、民衆の興奮は最高潮に達した。声援はおたけびに変わり、拳を高く掲げ、口々に勇者の名を叫ぶ。
「ジーク・ラジャ、ジーク・ラジャ、ジーク・ラジャ、ジーク・ラジャ!……」
さめやらぬ熱狂は、長い間立ち込めた魔の瘴気で陽光の見えない空を焦がした。
※ ※
目の前に、荘厳で悪趣味な扉が立ちはだかっている。
「よしっ、私たちはよく頑張った。じゃあそろそろ、このへんで帰ろっか」
「えっ、まだ諦めて無かったんですか?」
付き添い兼お目付役の戦士がいい加減呆れ果てて、ため息をついた。
「だってだって魔王なんて倒せるわけないよ、絶対ムリ」
ラジャの肩に手を置いて、戦士は諭すように回想を語りだした。
「あれから本ッッ当に、いろいろありましたよね…。
勝手にスライムを飼い始めたり、呪われた街を怖いからってスルーしようとしたり、閉所恐怖症だからっつってダンジョンはパス! って言ったり、高所恐怖症だから塔は以下同文、貧しい村人さんがやっと集めたお金で依頼したお願いを素で無視したり、立ちはだかる中ボスを置いて帰ったり、白鴎騎士団が全員命を捨てて手に入れた魔王城の鍵をフルスイングで海に投げ捨てたり…。
でも、それもこれも、何とかクリア出来たじゃないですか」
「全ッッ部あなたが無理やり、私一言も頼んでないし」
「そして、ようやくここまでたどり着いたんです、それをまさか帰るだなんてハハッ」
「うん帰る。あ、おやつの時間だ、って何よ離してっ! もーいいって、魔王でも何でも支配させたげようよ、どーせ庶民の暮らしなんて何ーんも変わんないってば」
「またそんな事を言って。さあ行きますよ!」
「ちょ、待ってって。あっ、あぁーっ」
扉は開かれた。
ラスボスのリョウカイが仁王立ちで待っていた。
「フハハハハこわっぱめ、よくぞここまで来れたものだ、それだけは褒めてやろう。しかし幸運もそこまでだ。私を倒せそうなどとんだ勘違いだと教えてやろう」
「いや、そんな事全然思ってません!」
「ちょっとラジャさん!」
戦士が横槍をいれる。
「何だと、ならばお主らは私を倒す為にここまで来たのではないと言うのか?
はっ、まさか千年を超える孤独な戦いを哀れんで友達になりに来てくれたという訳か」
「はい?」
「やっと私の心を分かってくれる者が現れたというのか、だがしかし」
魔王は三ツ又でうねうねの槍を掲げて嘆いた。
「私の手は汚れてしまった。初めは王国の腐敗、内紛、血で血を洗う醜い争いを私の魔力によって正そうとしたのが始まりだった。しかし、人を力でねじ伏せることは結局、同じ過ちを繰り返しているに過ぎない。私だって、本当はそれに気づいていた。
動き出した歯車を、私は止められなかったのだ。配下にした魔物どももただ相貌が不快というだけで虐げられ、住処を追われて人を憎んでいた。
他にも方法があったのかもしれない、だが私には出来なかった。
さあ、今こそ私を倒してくれ!
この血塗られた手に、友と握手を交わす資格はない。さあ!」
戦闘が始まった。さしたる抵抗もせずに魔王は倒され、身体中から真緑の血潮を吹き出し断末魔をあげた。
無言で黙祷を捧げ、追悼する戦士。
ラジャはポカーンとしている。
「で、何言ってたの? この人。
まいっか、はやく帰っておやつ食べよ!」
終わり