00 プロローグ
ふう、なんてアンニュイ雰囲気でため息を吐いてみても、私の方を振り返る男なんていない。
12月の寒空の下、目に入ってくるチカチカとしたイルミネーションにいちゃいちゃしているカップルども。
やめて。私のライフはとっくにゼロなんだから。
ほどけかけていたマフラーを巻きなおしつつ、可愛らしさなんて金繰り捨てた大きなため息を吐いて、人通りの多い駅前から逃げるように歩き出す。鞄の中で外からは全く分からないように綺麗に仕舞い込んだ某ギャルゲームの攻略対象の一人、マキちゃんが私が開けるのを待っているの。だから早く部屋で出してあげないとなんだから!
ぎゅーっと、抱えていた大き目のトートバックを一度だけ抱きしめてから、走りにくいヒールもなんのその。私は家に向かって走り出した。
☆ ★ ☆
「っはあー。マキちゃん可愛すぎでしょ、これ……」
飲んでいたコーラのペットボトルを置き、イヤホンから聞こえてくるマキちゃんの声、一緒に朝ごはん、春の休日バージョン。可愛すぎて悶え死ぬかと思ったわ。
このゲームの攻略サイトでのマキちゃんの評価は高い。ツン率が以上に高いツンデレいたツンツンデレなマキちゃんだけど、最近のアニメやライトノベルに多い暴力的ツンデレなんかとは違う。すぐに暴力に走らないし、叩いても可愛いレベル。デレてはくれないけど、節々から感じる好き好きオーラは最高すぎる。なかなか落ちてくれないのも人気の理由の一つで。私なんてマキちゃんのためにいったい何日の休みを使ったことやら。最終的には有給まで使用したし。
そんなマキちゃんを落とせない人のため。ゲーム発売から1週間だというのに恋人になったマキちゃんとの妄想デートドラマCDが発売となった。もちろん他キャラもあるけど、マキちゃんが一番のセールスを誇っている。
そのシリーズの第三弾である一緒に朝ごはんシリーズは本日発売で。クリスマス目前に控えているというのに春の休日とはどういうことなのか。まあ、春の眠気たっぷりマキちゃんは可愛かったけれども! おかげでおひとり様クリスマスの私のお供にはちょうどいいのだけれども。
持っている音楽プレーヤーにドラマCDを落としつつ、携帯を持ってベッドにもぐりこむ。画面に映るのはゲームのワンシーン。陥落間近のマキちゃん最後のツンシーン。本当にかわいいなあ。なんと言われようともマキちゃんは私の嫁である。
ぬくぬくとした布団の中で軽くまどろみつつ、音楽プレーヤーに落とし終わるのを待っていた。
……ん? うるさいなあ。
響いてくるがやがやとした騒音に薄く目を開くと、目についたのは薄紫の巻き毛のお兄さんに赤茶の直毛のお姉さん。紫の髪とか、テレビに出るおばあちゃんとかしか見たことないけど、最近は若いお兄さんもやるのかあ。
紫のお兄さんと目が合うと、一瞬空気が固まった気がした。というかこの人達大きすぎやしないだろうか。私だって20代女性の平均身長はあるのにそれ以上。もしや寝てる間にアリス症候群でも発症させたのだろうか?
いや、待てよ。そもそも私の部屋になんで知らない人こんなにいるんだ? 見る限り、部屋の中には7人。白い服を着た人が5人と、先ほどからこちらを見つめている2人。というより、ここは本当に私の部屋か? たかだか6畳の部屋にこんなに人は入れないはず。いや違う。それもそうだが、まずこのよく分からない人達がなんなのか知らないと。
「――あう?」
誰、といったはずの言葉はなぜかうまく言葉にならず、まるで赤ちゃんプレイしている男性キャラのような舌っ足らずな音になってまわりに響いた。
それから数秒後。
耳をふさぎたくなるような大きな叫び声が部屋の中に響き渡った。