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林檎を食べたシンデレラ

作者: 乙羽真維

【証言者 継母】


 シンデレラが倒れたのは私のせいですって? どうしてです? あの子が倒れた理由を知りたいのは私の方だというのに。

 継母だから娘を嫌っていた? 虐めていた? そんな偏見止めて下さい。

 確かにシンデレラとは血の繋がりはありませんが、私にとっては大事な大事な娘の一人なんです。


 シンデレラは本当に可愛い子なんです。貴方も見たでしょう? え、昏睡しているからよくわからないですって?

 今はあの潤んでぱっちりとした瞳は閉じられたままですが……。でも白磁の肌にうっすら色づいた頬。瑞々しい唇。器量の良さを想像するのは容易いでしょう?


 それに容姿だけじゃあないんです。いつも家の手伝いを進んでしてくれる子で。すごく気が利く子なんですよ。


 見た目も性格も本当に可愛くて。一人で外出させるのが心配で……。買い物だけは一人で行かせないようにしているんです。

 だって心配でしょう? あんなに可愛い子を一人にさせて。万が一のことがあったりしたらと思うと怖くて怖くて。


 ほら、現に一人でお城に行ったからこんなことになったんです。

 シンデレラ宛てに招待状が来なければ……。あんな強制的な招待状。いくら相手が王子だからと言って、可愛いシンデレラを嫁がせたくなんてなかったんです。なのに……。


 え? だからシンデレラに毒林檎を食べさせたですって?


 シンデレラが昏睡している原因は林檎を食べたせいなのですか?


 林檎……ええ、シンデレラの好物ですから、欠かさないように毎日用意していました。

 だけれど、毒林檎なんて誰が用意するんですか!? 家族に毒を盛るようなことなんてしませんよ。それも可愛いシンデレラに対してだなんて。


 そりゃあ嫁に出さなくて済めば良いとは思いましたが、思っただけです。

 買った林檎はまだ家に残っていますから、調べて下さればわかるはずです。


 それよりもシンデレラを助けて下さい!



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



【証言者 義姉】


 ちょっと、何でシンデレラは目を覚まさないの? 私がこんなに呼びかけているのに。


 え、私のせい? どういうことなんですの?

 血の繋がりが無い姉妹だから仲が悪いとでも言いたいのですか?


 冗談じゃないです。目の中に入れても痛くない程愛しい妹なのに。シンデレラだって私のことを慕ってくれていますもの。


 証言がある? 私がシンデレラを虐めたいと言っていたですって?

 そんなことある訳……。あぁ、そういえばそういう発言をしたこともあります。

 でも誤解しないで下さいね。「虐めたくなる程可愛い」と言ったことはありますけれど、愛情故ですよ。

 シンデレラが可愛くて可愛くて仕方なくてそう表現したまでで。実際に虐める訳ないじゃないですか。


 泣き顔も可愛いのは認めますよ。だからって私が虐めるだなんてあり得ないことですわ。


 だって、泣くシンデレラを慰め優しく包むのが私の役目。


 シンデレラが登城を拒んでいたのはご存知?

 登城前に沈んでいたシンデレラを慰めていたのはこの私。


 少しでも気が晴れるようにと、明るい色のドレスを着せてあげて。その姿を絵に収めたの。

 ご覧になります? シンデレラの可愛さが良くわかる一枚だと思いますの。


 ほら……。え、林檎?

 あぁ、シンデレラが手にしている林檎のこと? シンデレラは林檎が好きだから、絵を描く時に渡しました。好きな林檎の前では笑顔になるのはいつものことですから。


 その林檎に毒を仕込んだんじゃないのかですって? 私が? 馬鹿馬鹿しい。

 可愛いシンデレラが食べるかもしれない物に毒を仕込むことをするはずがないでしょう。


 もし仕込むとしたら王子に対してですよ。

 泣き顔も笑顔も可愛い、私のシンデレラ。そのシンデレラを私から奪おうとしているんですもの。

 だからと言って、そんな馬鹿な真似は勿論しませんよ。まぁ、しようと思っても出来ませんけれど。私と王子には接点ありませんし。


 シンデレラの子供はさぞや可愛いことでしょうけれど。それが半分は王子の血になるかと思うと……。

 あぁ。私とシンデレラの二人の子供だったら申し分なく可愛いはずなのに。それが叶わないことがこんなに辛いだなんて。


 でもそれよりも意識の戻らない今の状況の方が辛いわ。

 絵の中のシンデレラも可愛いけれど、本物には到底敵わない。


 お願い、シンデレラ。早く目を覚まして!



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



【証言者 王子】


 え、もしかして僕も疑われているの?

 まぁ……そうだよね。シンデレラが僕の所に来る途中の馬車の中で昏睡状態になったんだものね。


 だけどシンデレラとまだ会っていない僕がどうやって彼女に林檎を渡したのさ。

 シンデレラの今の状態は林檎を食べたせいなんだろ?


 権力を使えばどうとでもなるって? あのさぁ、好きな子にわざわざ毒林檎なんて渡す奴なんか居ないだろう?


 その好きな子が登城を拒んだから事に及んだんじゃないかって……。おいおい、それどんな三文ドラマなんだよ。

 そもそも拒んだとか言うのも、彼女のお姉さん一人の証言なんだろ? 本当にシンデレラがそう思っていたかどうかも疑わしい。


 確かに王族に嫁ぐことに不安はあっただろうと思う。

 でも僕自身を拒んではいなかったんだよ。拒むどころか、彼女からの愛を僕は確実に受け取っていたんだ。


 今まで王族と何の縁もなく、王族としての常識も知らない自分が僕のお嫁さんになったら、確実に僕の足を引っ張り迷惑をかけるって。

 アプローチする度にそうやって僕のことを気遣ってくれたんだ。

 これって愛だよね? 愛以外の何物でもないと思うんだ!


 だからね、いきなり嫁いでもらうんじゃなくて、少しずつ慣れてもらえば良いかなって。

 彼女に舞踏会の招待状を送ったんだよ。まぁ招待客はシンデレラ一人なんだけれど。


 そのシンデレラの到着を今か今かと楽しみにしていたっていうのに……。


 え、どうやってシンデレラと親密になったのかって?


 大っぴらには言えないけれど。ちょっとお忍びで……ね。

 街に不慣れな僕を、偶々居合わせた彼女が案内してくれたんだよ。


 街の様子は物珍しくて、ついつい色々と質問してしまったのだけれど、彼女は嫌な顔一つもしないで答えてくれてね。

 容姿が可愛いこともさることながら、気が利くし優しい子で。


 僕が身分を明かしてプロポーズした時も、身を引こうとする謙虚さで。


 シンデレラって本当可愛いよね。


 勿論シンデレラが林檎を好きなことは知っているよ。城にも沢山の林檎を用意させておいたのだから。


 白雪姫みたいに、毒林檎を食べて僕のキスで目覚めてハッピーエンド! なんて妄想をしたこともあるけどさ。


 ……って、あれ? 今まさにその状況なんじゃない?


 もしかしてシンデレラ、僕からのキスを待っているんじゃないのかな?


 そうとわかれば。待っていて、僕のシンデレラ。直ぐに行くよ!



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



【証言者 魔法使い】



 ああ、そうだよ。シンデレラを迎えにいったのはこのワタシ。

 何せあの王子、シンデレラを快適に城まで連れて来いっていう要望が半端なくてな。それでワタシの出番となった訳だ。


 ワタシは長くこの国に身を置く魔法使い。

 代々の王と懇親にしているから、気が向けば魔法使いとして王に協力することもある。


 念を押すが気が向いた時だけだ。別にワタシはこの国に仕えている訳ではない。


 今回協力したのは面白そうだったから。


 魔法使いは面白いことが好きなのだよ。良い退屈凌ぎになりそうだったからな。

 そう、それだけのこと。


 とは言え、可愛いシンデレラを気に入ったから今回のサービスとなった次第なのだが。


 王子にも言われていたことだし、シンデレラが好きな林檎を馬車に用意しておいたのさ。勿論沢山の林檎を。


 普通の林檎かって?


 何を言う。魔法使いが用意する林檎だぞ。普通の林檎もあれば、そうでない林檎だってあって当然だろ?


 そう怒るでない。シンデレラが心配なのはわかるが大丈夫だ。


 言っただろ。魔法使いは面白いことが好きなのだと。それにワタシは彼女が気に入ったと。

 お気に入りに問題が起きては面白くなるはずがない。


 継母の望みを叶える林檎。

 義姉の望みを叶える林檎。

 王子の望みを叶える林檎。


 そして、シンデレラ本人の望みを叶える林檎。


 ほら、見る限りシンデレラは自分の望みを叶える林檎を食べたようだ。


 ただ……食べた林檎は一玉ではなかったけれどな。



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



【証言者 シンデレラ】


 どうやらあたし……いえ、ボクは王子のキスで目覚めたらしいです。


 王子が言う通りであれば、ですが。

 登城日、馬車の中で倒れたらしいあたし……いえ、ボクは数日間眠っていたそうです。

 目が覚めると、そこは天蓋付きの程よい弾力のベッド。目の前には笑顔の王子。その後ろには怒りながら喜ぶ摩訶不思議な母と姉の姿。


 そして、あたし……いえ、ボクは男性になっていました。


 夢だと思いたいです。


 が、部屋の隅に居る、登城日に迎えに来た魔法使いと目が合った瞬間、夢オチを諦めました。


 登城日、迎えに来た魔法使いは、沢山の林檎が入った籠を抱えながら、あたしの望みは何かと問いました。


 母と姉とは血は繋がりませんが、変な凝りはなく、実の娘、妹のように可愛がってもらっています。

 それに不満はありませんし、寧ろ感謝しています。

 ただその愛情が過剰なのではと思うことがちょっと……いや多々ありまして。


 母にはまともにおつかいに行かせてもらったことがありません。

 買い物は必ず母と一緒。一人で外を歩かせるのは心配なのだそうです。

 幼い子供ならともかく……、いや比較的治安の良い街ですし、幼い子供でも普通に親のおつかいはしています。

 そうだと言うのに、この歳にもなって一人で自由に外を歩けないのは不自由です。

 母が心配するのは、あたしが女だからと言うことなので。だったら男に生まれていれば……と何度も思ったことがありました。


 姉は事ある毎にドレスやアクセサリーをプレゼントしてくれ、その度にあたしは着せ替え人形と化します。

 姉に可愛いと言ってもらえるのは嬉しいのですが、着飾って行く場がない身としては、過度なプレゼントは恐縮するだけですし、着飾った姿を毎回絵に収められ、その絵を部屋一面に飾る姉の部屋は狂気しか感じません。怖いの一言です。

 正直、もう少し姉とは距離があっても良いと思うのです。

 着せ替え人形にされている時間を、一人で過ごす時間に充てられたらどれだけ気が楽か。

 少しでもあたしが暇そうにしていると姉はあたしを構い倒すので、中々一人の時間を作ることが出来ないのです。

 もしあたしが男だったら、こんな風に着せ替え人形と化することはないだろうに……と何度も思ったことがありました。


 そう、望みは何かと問われたあたしは、「男になりたい」と呟いていたのです。

 しかし呟きはしましたが、本当にそうなりたいと強く願っていた訳では決してないのです。

 本来であれば叶わないからこそ願える望みでした。


 ……恐るべし、魔法使い。



「シンデレラ、良かったよ目が覚めて。それに本当に僕のキスで目覚めてくれるだなんて嬉しくてたまらないよ!」



 一人で外出が難しい身でしたが、母の目を盗んで、偶に街に出かけたことがあります。

 この王子とはその時に知り合いました。

 明らかに身分が高いだろうとわかる身なりに態度。関わりたくはなかったので、最初声を掛けられた時には、気づかない振りで無視をきめこみました。

 が、あまりにもしつこい。ここで悪目立ちして、街に出てきたことが母にばれては元も子もない為、王子に付き合って街を散策しました。



「シンデレラ、このまま結婚してしまおう!」



 王子に身分を明かされた時、予想以上の彼の地位に驚愕しました。しかしそれ以上に驚いたのは、身分を明かしたのは出会ってその日。しかもそのままプロポーズ。


 あり得ません!


 出会ったばかりの人間に簡単に身分を明かすだなんて、王子という立場としてどうなんでしょう?

 それにあたし、一目惚れは信じない人間です。そもそもこういうのは順を踏むべきなのではないのですか? 友達、恋人を一気に通り越していきなりプロポーズだなんて人として信じられません。



「王子、申し訳ございませんがお断りします。あたし……いえ、ボクは男になりましたので」


「僕の想いがその程度で覆るとでも思っているのかい? シンデレラ、君の性別なんて関係ないんだよ」



 相手が王子という立場上、彼から受けた幾度のプロポーズを直接断ることは出来ませんでしたが、遠まわしに毎回お断りしていました。

 王子は何故そのことに気づいてくれないのでしょうか?

 それに今のは遠まわしではなく完全にお断りしたはずですよね? どうしてそういう切り返しになるんですか!?



「そう、娘……ではなく息子になったのよね。あぁ。これで嫁に行ってしまう心配はしなくて済むのね」



 えっと……お義母様?



「何て素敵! 私のシンデレラが妹じゃなくて弟! 私、シンデレラの子供を産むことが出来るわ!」



 お義姉様、何怖いこと仰っているんですか!? そもそもあたし達、家族なんですよ。無理ですよ、無理っ!



「男性になったのだから、男物の服が必要になるわよね。また素敵な絵が増えると思うとこれからが楽しみだわ。ね、シンデレラ?」



 男になっても着せ替え人形になるのは確定なのでしょうか?


 女から男になる。状況は大きく変わったはずなのに、何故か変わらない周りの状況に深い溜息が零れるのは致し方ないことですよね?



「ワタシが見込んだ可愛いシンデレラよ。希望が叶った感想は?」



 先程まで遠目でこちらを窺っていたはずの魔法使いが、気づけばあたしが居るベッドの隣まで移動してきている。

 そっと持ち上げられた手の甲に、軽く魔法使いの唇が落とされた。


 口角を上げ、こちらを窺う魔法使いの瞳から、この状況を楽しんでいることがわかる。


 あぁ……。女でも男でも、あたしの状況は変わらないのかもしれない。


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