釣り人
夢の中に居る心地であった。
いや、これは真実夢の中である事を私は急速に悟る。
まるで闇の中であった。
奈落の底のように無機質な闇が、まるで生命をもつように蠢く。
無機が生命をもつはずもなく、それは大変な矛盾であるとわかってはいるのだが、どうもその表現を捨てきれずにいた。
光がないので視覚的なことは一切わからないのだが、気配が切実にそれを私に伝えていた。
――コワイ
私は耐え切れずにうわぁと叫んだのだが、どうにも五感が鈍っているためか、自分が叫んだのかどうか解らずにいた。
光が見えた。
その光はみるみるうちに大きく明るく闇を照らし、周りの風景が急にあらわになる。
――釣り人。
釣り人だ。氷の膜に穴を開けて魚を釣るように、灰色の何もない足元の空間にぽっかりと穴を開けて、何かを釣っているように見えた。しかし穴もまた暗く、どうなっているのかが皆目解らない。
「はて、何の用です?」
釣り人は私のいるほうへ振り向いた。
アジア系の、日本語を喋るごく一般的な釣り人に見えたが、瞳だけはなぜか蒼い水の色をしていた。
私はおずおずと呟いた。耳の感覚は鈍り、自分の声が自分の声でないように歪んで聞こえた。
「私は、夢の中にいるんでしょうか」
声が裏返って更に自分の声から遠ざかった。
「少なくともここは貴方の夢ではないですね。しかし僕の夢でもない」
「では、ここはどこなんでしょう」
「それは誰にもわからないですよ。そもそも現世と夢の中の違いは実に曖昧なものでしょう。夢の中だってそれが夢の中だと気付かない者がほとんどでしょうね。見分けがつかないんですよ」
実を言えば僕もここがどういう所なのかは想像もつかないよ、そう言って釣り人は蒼い瞳を細めて微かに笑った。
「何を、釣っているのですか?」
私がそう言うと男は笑い、まぁ見てて下さいと言った。
微かに釣具の錘のようなものが揺れた。
何も見えない穴なのに、私には何故か水面があるはずの場所に、波紋が広がったような気がした。
糸が引いた。
男は一気に釣具を引いた。糸がピンと張り詰めて、獲物がかかった事を物語っている。
私は息を飲んだ。
つれたものは、魚ではなかったのだ。
白いような、黒いような球であった。灰色のようにも見える。
蒼目の男はその得体の知れない塊を素手でつかむと、大口を開けて食べてしまった。こぶしほどあった球だが男の口に入ると同時に縮小した。丁度綿菓子のように。
そうしてこぶし大の球は、男の口の中に消えた。
私がただ驚き呆然としていると、男は私の方へと振り向いて笑って見せた。
その笑みも私の目には初めは無邪気にさえ映ったのだが、今では不思議と邪気を帯びているようにも見える。
「驚いたでしょう。これはね、私の食料なんです」
「さっきのは…一体――…?」
「“夢”ですよ。睡眠中に見ると云われる」
「夢……ですか…?」
男は頷いた。
「私はね、夢を食料としているんです。獏というのがおりますでしょう、あれを想像してみればわかります。私はそれです」
「――獏――…」
夢を食べるという想像上の動物の……。
「貴方の夢、美味しかったですよ」
〈了〉
……
なにやら妙な話に…。
はじめまして、初投稿で緊張しております(;;
随分前の作品だったので文章が変ですが。。
読んでいただければ幸いです!
では。 津和乙葉




