07
入学式から一か月が過ぎようとしていた。クラスの中にはだいだいグループのようなものができ、連休の過ごし方について話す声が自然と耳に入ってきた。野球部は、連休中も練習だ。
ところが連休最終日に監督の西条がいきなり、「練習は午前のみ、午後はオフにする」と言い出した。選手に対する配慮なのかもしれないが、帰る家もなく、遊ぶお金も持たない俺は、寮で過ごすしかない。中途半端な気づかいと時間の使い道に困った俺は、寮で自転車を借り、大霧駅までぶらぶらと暇つぶしに出かけた。
駅からワンブロック離れた駐輪場に自転車を預け、大霧駅に歩いていく。ロータリーは、タクシーの順番を待つネクタイをしたサラリーマン風の男や、バス停留所に小さな子供を抱きかかえた女性が、子供に話しかけている。駅前の大通りは、ショッピングモールが連なり、高い建物の上に「ゴールデンウイーク特別祭開催中」のたれ幕が見えた。
反対側の信号をこえるとアーケードあり、無数の古い商店が続いている。駅を挟んで町は、新旧二つの彩りを持っていた。初めて寮に入る日、駅前を通ったが夜に訪れたのとは違った雰囲気が昼間の大霧駅にはあった。
連休でこれからでかけるのか、それとも休日だから人が多いのか、どこから集まってきたのかわからない沢山の人たちが、立ち止まることがもったいないようにひっきりなしに俺の前を通りすぎていく。
駅は、ただの通過点にしか過ぎない。待ち合わせで留まることがあっても、いずれはみなそれぞれの目的地に向けて動きだす。目的もなく時間を過ごす場所ではない気がした。「失敗した」俺は舌打ちした。目的なくここに来たことはもちろんだったが、大勢の人がいる駅に徐々に居心地の悪さを感じはじめていた。
寮に戻ろうと信号を待っていると、歩行者横断用のメロディーが流れ、俺と一緒に立ち止まっていた人の波が一斉に動きだした。俺は動かず、立ち止まったまますれ違う波と波が互いにぶつかることなく流れていくのを見ていた。波の中にひとつだけ遅い波を見つけた。その波は舞だった。人々は、舞の前にくると止まることなく左右いずれかに流れていく。機械的に青信号が点滅しはじていた。歩いて来る舞は、慌てるそぶりもみせずゼブラ色の歩道を、俺に向かって一直線に同じスピードで近づいてくる。目をそらすことができずただ舞を見ていた。
「野球部の練習はないの?」
信号を渡りきりようやく俺に気が付いたのか、舞が話かけてきた。
「練習は午後から休み」
「よかったね。誰かと待ち合わせ?」
「いや」
交番横の時計台のデジタルの文字盤が14:46を指していた。
「妹の誕生日プレゼントを買いに来ていたの」
舞は肩にかけた大きめのバックをこちらに向けた。
「時計台に三時に待ち合わせ……」
舞はうれしそうに話す。どうして明るく話すことができるのだろうか? 人の目など気にすることなく、はっきりと喋る。足のことを気にするそぶりもみせない。ただ今を楽しんでいるようにみえる。舞の心の強さはどこから生まれてくるのだろう? どうすれば舞のように生き生きとすごすことができるのだろうか?




