06
流れる雲をしばらく見ていた。白い雲がいくつも連なりゆっくり動いていく。校舎の屋上は立ち入り禁止だが、屋上に出入りする鉄のドアには、鍵がかかっておらず自由に生徒が出入りできた。野球部員の中には、昼間グランドに出て練習する奴もいる。俺は、昼休みになるとここに来て空を眺めた。フェンスにもたれていると風の音が聞こえてくる。瞳を閉じていると、まぶたの上からでも日差しがときおり和らぎ、雲が通り過ぎていくのを感じることができた。
「屋上は立ち入り禁止のはずよ」
目を開けなくても神崎舞の声だとわかった。
「こんなところで黄昏て……」
声が徐々に近づいてくるのがわかる。フェンスから軽い振動が伝わってくるのを感じて俺は目を開けた。舞がすぐ横で同じように空を眺めていた。風になびく髪を手で押さえながら、会うときなぜか睨みつけてくる瞳が、優しく俺を見ている。
「何しにきた」
「打たれて落ち込んでいる男の子を慰めにきたの」
「本気で投げていない。それに外野フライ」
俺は嘘をついた。
「まあ、どっちにしても本来ならあそこをバシッと打ちとって、見ている女の子がキュンとくるシーンなのに」
本当になぐさめにきたのか? 舞は左手を胸にあて首をかしげている。どうやらこれが、がっかりしたときの舞のポーズらしい。どうしてほしいのか、何が目的なのか、はっきりしてくれと内心思っていると、舞が顔をあげて笑った。
「冗談、うれしかった。ありがとう!」
素直に礼を言われたので反応に困った。「ありがとう」と言われたのはいつ以来だろう。記憶の糸を探る俺の耳に、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。
「先に教室に行っていいよ。わたしは、この通りだから」
チャイムが笑顔をかきけし、自分の足を見た舞が、一瞬さみしい目をしたような気がした。何も答えず、杖をつき歩く舞に続いた。屋上の冷たい鉄のドアが閉まると、急に現実世界に戻った気がした。
舞は、階段を一段一段降りていく。俺にとってなんでもないことが、舞にとっては重労働のような負担になっている。校舎では巣箱に戻る蜂のように、一斉に生徒たちが午後の授業のため教室に入ってくる。
「本当にいいから、授業おくれちゃうよ」
心配そうに俺を見る舞の額に汗がこぼれ落ちた。
「杖、落とすなよ」
俺は、舞をだきかかえていた。目を丸くして見上げる舞をよそに、階段を三階から一階まで駆け降り、一階に着くと静かに舞を下した。一組の教室は、角を曲がれはすぐ横だ。
「びっくりした、走ってだいじょうぶ?」
地に足がついて安心した様子の舞に、俺は少し息をはずませながら言った。
「「廊下は走らない」と書いていたけど、「階段は走らない」とは書いてなかっただろう」
「どっちみち、わたしは走れないけどね」
舞が顔をほころばせた。




