03
高校の授業はおまけだった。先生たちは進学しない者に興味などなく、授業を妨害しない暗黙の了解のもと、何も言ってこなかった。黒板に書かれた文字や数式は一部のものだけに通じる暗号のように見えた。一番前の窓側の席でふと外を眺めると、小鳥が空に飛び立っていく姿が目に入る。俺もここから出ていきたい。誰も知らない町で自由に生きてみたい。
「塚本勇次……、塚もと……、つかもとくん? 無視するなよ!」
なれなれしい奴は嫌いだ。同じ野球部というだけで、運命共同体のように話かけてくる林裕也は、その最たる奴だ。林は足を揺らし、リズムを取りながら俺の方を向く。
「塚本、一番後ろ席の女、二歳年上だって知ってた?」
「しらねえ」
「あいつ、事故のせいで学年が遅れたんだって、なんて呼べばいいのかな?」
「しらねえ」
「なんか暗そうだし、話かけにくいオーラだしているよな、お前みたいに」
クラスの誰にでも気軽に話かけ、人気者だと勘違いしている林にこれ以上つきあう義理はなかった。
「無視するなよ、塚ちゃん~」
林を無視し、席をはなれ教室から出ようとすると、茶色の杖をついた女がドアの前で俺の進む道をふさぐように立っていた。
「言いたいことがあるならはっきりいって」
長い髪に整った目鼻立ち、まっすぐに俺を睨む目に強い意思を感じる。
「わたしの名前は、神崎舞、ご承知の通り二年遅れの同級生。舞と呼べばいいわ。交通事故にあったけど、リハビリのおかげでこの通り杖があれば歩ける。ほかに聞きたいことは?」
小さな体に似つかない大きな声で威嚇する。
「舞ちゃんでいいの? 塚本がどうしても知りたいと言うから話していただけ。そんな怖い顔しないでよ」
あわててフォローに入る林は眼中にないのか、睨み続ける。興味なんかないのに、林のバカのせいで舞とかいう女に絡まれる。めんどうくせー。
「別に聞きたいことなんかないし」
「まちなさいよ」
通りすぎようとした俺の腕を舞がつかんだ。俺は、腕をふりはらっただけだったが体が思った以上に軽かったのか、バランスを崩した舞が倒れこんできた。無意識に右腕を差出し抱きかかえ、林が杖を拾って渡すと、ようやく舞は立つことができた。
「ごめん」
林が謝ったが、俺はドアを開け教室を出ていた。なぜだかわからないが、舞の瞳に共通した何かを俺は感じとっていた。




