A side Final
日差しが眩しい。八月も終わろうかというのに、夏はまだそれを許さない。本当はここには来たくなかった。灰色の墓石に水をかけると、柄杓から流れる水が「神崎家」と書かれた文字に染みこんでいき、濃く浮かび上がらせる。線香に火をつけると、煙が立ちこめ目にしみた。
林が嘘をつき、舞が応援に来なかったあの日。俺は、岬をセカンドライナーに打ちとり、飛び出した一塁ランナーもアウト。ゲームセット。試合はあっけない幕ひきだった。
事実を知った後も、俺は、地区予選を一人で投げ続けた。一点を失い準決勝八回で降板するまで、鬼神のように投げ抜いた。チームは、決勝戦で惜敗した。
持ってきた花がかざれないほど、花がたむけられていた。結衣が来ていたのか? 一緒にくればいいのに彼女は誘いを断った。
墓石と墓石の間は狭く、密集した区間では、人ひとり通るのがやっとの広さ。灰色で囲まれた長い土の道をぬけ、アスファルトの地面をやっと踏みしめると、俺はひと呼吸ついた。うるさいほどのセミの鳴き声が、周りの木々から聞こえてくる。ここでも夏の終わりを拒むものがいる。忘れてはいけないかのように。
照り返す地面の暑さが徐々に伝わり、近くの木陰まで歩き始めた俺は、ポケットから白い携帯を手にした。校則でアルバイトは禁止だが、金銭的に厳しい家庭環境の者は、学校に申請すればアルバイトが認められる。バイト代の前借をし、西条の監督に頼みこみ、やっとの思いで携帯電話の契約を結んだ。ゼロ円携帯だが、解約できないのが痛かった。新聞配達を二年も続ける自信が俺にはなかった。
数少ないアドレスの中から彼女の番号を選び、携帯をかけた。三回の呼び出し音の後、彼女の声が聞こえてきた。
「塚本くん?」
「ああ、お墓まいりいってきた」
「ありがとう」
「いかなくて本当によかったのか?」
「…………うん」
「そうか」
「塚本くん。わたしあの日……」
「その話はいいよ。後でそっちに行く。当分の間、野球の練習もないし」
「わかった。まっている」
声がきこえなくなり、空を見上げると入道雲が立ちこめていた。児童養護施設を出てから半年ちょっと、楽しいことが確かにあった。同時に悲しいことも。児島さんに会いにいこうか? 素直な俺がそこにいた。
携帯の待ち受け画面を見ると舞が笑っている。とびっきりの笑顔で……。
あの日思いとどまった舞。俺の胸で泣いた舞。いろいろなことがあったからこそ、君と一緒に歩いて行きたい。「一緒に歩けない」と言うのなら、俺が車いすを押してでもいく。大切なことを教えてくれた君に、感謝の気持ちを込めて、俺は携帯の画面を静かに閉じた。




