05
言葉は届かなかった。大切なことを気づかせてくれた舞に何もできなかった。あまりに俺は無力。部屋をでると待ち構えるように結衣がいた。
「泣いているの?」
バカにしたような視線をなげかけ、悲しんでいる俺を見て喜んでいるようにさえ見える。
「舞の足こと楽しんでいるのか?」
「ママを死なせた罰を受けたの」
「姉だろう」
「あいつがいなければママは死ななかった」
悲しい奴だ。きれいなだけに心がいっそう醜く見えた。
「あわれだな」
自分のことしか考えられない結衣に思わず呟いた。
「何、あんな歩けない女がいいの? バカじゃない」
頬を叩いていた。結衣の頬がみるみる赤く染まっていく。
「舞をかばって母親が亡くなったことには同情する。だが、母親が亡くなってつらいのはお前だけだと思うのか? かばってもらって助かった舞の気持考えたことあるのか?」
許せなかった。あの時はわからなかったが、結衣を見ているとおおよそ見当がつく、自転車で送った日、舞が悲しむ理由が今ならわかる。
「歩けなくなる罰をお前の母親は望んでいるのか? 歩けないことがどんなにつらいことか知っているのか? 舞がお前のためにしてくれたことは何もないのか? 考えてみろ!」
俺は自分自身を押せることができず、後ずさりする結衣を壁に追い詰めた。
「舞にひどいことを言ったら、俺はお前を許さない、女でも容赦はしない」
おびえて座り込んだ結衣を残し、俺は神崎家を後にした。
俺にはやらなければいけないことがあった。声が届かないなら、見せるしかない。舞が教えてくれたように、今度は俺が示す番だった。
校門を抜け校舎に入ると、授業中のためか生徒の姿はなく学校は静まりかえっていた。俺は、監督の西条を捜していた。
「塚本、こんなところでなにしている」
声に振り向くと眉間にしわをよせ心配そうな顔をした林が、俺を呼び止めた。
「西条監督がどこにいるかわかるか?」
「グランドかな? 午前中の涼しい時間帯にグランド状態をチェックしている場合が多いからなあいつ。それよりどこに行っていた。」
林には悪いが時間がなかった。
「朝練で倒れて保健室にいると担任の山田に嘘まで言ったのに、礼のひとつもなしか?」
「ありがとう」
「それだけ? 校門にひょっこり現れたお前みてあわてて教室ぬけてきたのに。本当にそれだけかよ」
「舞があるけなくなった。だからお前にかまっている時間がない」
「まてよ」
林の声を背中で聞きながら、グランドに急いだ。幸いグランドには西条監督以外だれもいない。ユニフォームにサングラス、いつもの恰好でマウンドに座りこみ土を触っていた。もうすぐ二限目も終わる時刻だ。生徒が教室からでてくる前になんとかしたかった。
「監督。話があります」
立ち上がった監督の周りに砂が舞う。
「塚本か? 今は授業中のはずだろ」
「監督、お願いがあります。地区予選、俺に投げせてくれませんか」
唐突な無理難題。サングラスを外して俺に顔を向けた監督は、別段驚く様子も見せなかった。
「チャンスを下さい。テストでもなんでもしますから。投げさせてください」
俺は、膝をつき頭を地面につけ頼むしかなかった。舞に俺の投げ抜く姿をみてもらいたい。頑張ればできないことはない、それを証明したかった。
「お前だけ特別あつかいはできない。レギュラーの18人は俺が公平に決めた。その事実をいまさら変えることはない」
監督がいうことは正しい。でも俺はまだ100パーセントの力をだしていない。
「監督、俺からもお願いします。塚本の球を見てやってください。こいつの球は本物です。こいつが本気をだしたら甲子園だって絶対いけます。この通りです」
俺が頭をあげると、直ぐ横で林が俺と同じように土下座をしていた。俺のあとを追いかけてきていたのか? ひどいこといった俺のために林が頭をこすりつけたまま動かない。
「塚本、お前のピークは特待生試験の時だったと俺は思っている。違うというのなら投げてみろ。林のお前を思う気持ちに免じて一球だけ見てやる」
練習が終わった後、監督の前で本気の球を投げた。最速の一球は構えた林のミットに気持ちいいほどの乾いた音を残す。今投げることができる最高のボールだった。
「わかった」
監督は俺に一言だけそう言った。