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tears  作者: T-99
A side2 塚本勇次~心の反抗
13/23

01

 舞が、学校に来なくなり三日が過ぎていた。担任の山田が「神崎は今日も風邪で休みだ」と事務的に告げたが、連休中の出来事について話すクラスメートの中で舞を気にするものはいない。

 あの日「ありがとう」と一言残し、舞は玄関に消えていった。舞のことが気になった。携帯があれば簡単に声を聞くこともできるだろうに……、生まれて初めて携帯がほしいと俺は思った。

 野球部の練習が終わった後、舞の家を訪れていた。少し前の俺ならこんな行動を起こしはしなかっただろう。病院の裏手に周り自宅のインターホンを押す。腕時計の時刻は九時を過ぎていた。

「どちらさまでしょうか?」

 舞の妹? 若い声だが舞とは違う。

「舞さんのクラスメートの塚本といいます」

「ちょっとお待ちください」

 インターホンのカメラの動きがとまり、別の声が聞こえてきた。

「塚本くん。どうしたの?」

「風邪だいじょうぶか?」

「ありがとう。心配ないよ」

 沈黙の後、二階の窓から光がもれ、カーテンの隙間から黄色いパジャマ姿の舞が現れた。小さく手を振っている。ポケットから野球のボールをとりだし、俺は舞に向かって投げるまねをした。二度、三度と投げる動作を繰り返していると、やっと窓が開けられた。

 コントロールには自信がある。俺は、ゆっくりボールを投げいれる。ボールは、放物線を描きながら舞の手前で失速し、カーテンに引っ張られるように中に入っていった。

 カーテンに包まれたボールをとりだした舞は、しばらくボールを見ていた。俺は、ボールにあらかじめマジックで書いておいた。

『明日 一緒に学校に行こう』



 朝早く、俺は寮から抜け出し舞を迎えに行った。待ち合わせの時間は決めていなかったが、早めに舞のもとに向かった。舞は既に家の前で俺を待っていた。

「おはよう」

「おう」

 もっともらしいあいさつもできず、教科書を教室の机に置いたままの俺は、手ぶらで来ていた。

「カバンかせよ、持ってやる」

「いいよ、自分で持てるから」

 言い争う二人の会話をさえぎるように、新聞配達のバイクが俺たちのそばを通り過ぎた。バイクのエンジン音が聞こえなくなると、町は二人しかいなにように静まりかえった。黙っている舞から強引にカバンをとりあげると、カバンについているくまのマスコットが弾む。しぶしぶ納得した舞と並んで歩きだした。

 ペースが速くないか気にしている俺に、舞が話かけてきた。

「普通に歩いて、大丈夫だから」

 凛とした舞に対して気を使ってはいけなかった。

「やっと高校に通えるようになったら、仲のいい友達はみんな三年生。わたしね、ずっと一人ぼっちだった。クラスで話しかけても、会話は続かない。家でも妹に嫌われているみたいだし……」

 俺はただうなずく。

「学校休んでも、心配してくれる人なんて誰もいないと思っていた」

 歩みを止めて舞が俺を覗き込む。思わず顔をそむけた。昇りはじめた太陽の眩しさに、再び顔をむけると互いの距離は息が触れるほど接近していた。瞳に吸い込まれそうで、瞬きも忘れ俺は、舞を永久に見つめていたい衝動にかられた。

「歩こうか?」

 舞の言葉にようやく我に返り、俺はカバンを肩にかけ直し前を向く。朝日が学校に続く道を明るく照らしていた。



「一番のり」

 誰もいない一組の教室に舞の声が響いた。野球部の寮は校舎の西側にある。近いせいか俺は、こんな早い時刻に教室に入ったことがなかった。窓際の一番後ろの席に舞が座り、すぐ前の席に俺は腰を下ろした。舞は、休んでいた間に教室に変化がなかったのかを、気にするように見回していたが、やがて安心したようにカバンから教科書をとりだし机に入れ始めた。一限目は数学だったのか? 舞が数学Ⅰの教科書をパラパラとめくる。休んでいる間の授業のノートを貸してくれと言われても協力はできない。俺の教科書やノートは、折り目ひとつない新品のままだった。

「勉強のことは聞くなよ」

 前もって予防線をはった俺に、舞は教科書を閉じた。

「わたしね、リハビリの間も勉強していたの。友達と一緒に卒業したかったから……。だから高校で習う授業のほとんどは家庭教師に教えてもらって勉強済み。それに小さい頃から医者になるため勉強もしていたから」

「そうか」

「そう、だから心配しないで」

「俺は高校の授業はスルー。野球でここに入ったから」

「でも、勉強は大事だよ。よかったらわたしが教えてあげようか? こうみえても試験のやまあてとか得意だし。ピンポイントの勉強方法で無理なく無駄なく志望大学に合格できちゃうよ」

 どこかの塾のキャッチフレーズのような舞の口調にあやうくのせられそうになり、俺は口をつぐんだ。それがOKのサインと勝手に解釈した舞が、数学Ⅰの教科書を開き、数式の説明を始める。「これで元気になるならしかたないか」と聞きはじめたのが運のつきだった。その日から毎朝ホームルーム開始の40分間俺は、舞の個人授業を受けることになった。





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