シルヴァーバック
清坂 正吾様の個人企画「ゴリラパーティー」に参加させていただきます。最終日ですけど。
すみません出来心です。なんか面白そうだったんだよう。
「次のジュネーブ・モーターショーに、このショーモデルを追加で出品する。」
◇
イギリスの老舗高級車メーカー、ロルフ&ローワン社の経営会議で、この日、異例の決定がなされた。
「今までと同じ路線では、先が見えている。新しい顧客を獲得しなければならない。電気自動車はもはや未来ではない。現在地だ。その現在地では、『大きく重い』ことはもはやリスクであるということを、我々は知る必要がある。高級だが、小さくて軽い電動モデルが必要だ。」
先日、開発部門担当役員のジョセフ・マーコスが先行デザイン室に突然やってきて、私に告げた言葉だ。
そして、その後、はっきりとこう言ったのだ。
「この間の社内コンペで不採用になった君の提案を、改めて形にしてジュネーブ・ショーに出してほしい。ただし、まだ中身の用意が出来ないから、外観デザインだけのモックアップとしてだがね。」
まさかと思った。
それは、「こんな提案が受け入れられるはずがない」と、自分でも思っていた作品だったのだ。
◇
私はアーノルド・カイ。ロルフ&ローワン社のデザイン部でデザイナーを務めている。私がいる先行デザイン室は、現行の市販車ではなく、ショーモデルやコンセプトモデルを作成するのが主な仕事だ。
だから、我々がデザインした車が、そのまま市販されることは滅多にない。その分、市販車に要求される法規制や設計条件からはある程度自由であり、その分尖ったデザインを生み出すことができるし、またそれが役目とも言える。まあ、ファッションショーなんかで、絶対これ着て外を出歩けないだろう、っていうような服が良く出て来るけど、あれと同じような感じかな。
その先行デザイン室から、次のジュネーブ・モーターショーに向けて幾つかのショーモデルが提案され、先月の役員会の席で発表された。要はデザイン・コンペだ。
そのデザイン・コンペで私が提案したのは、小さな二人乗りのスポーツクーペだった。
「あり得ない。」
役員の一人から、その場ではっきりとそう言われたのを覚えている。
◇
ロルフ&ローワン社は、ただの高級車メーカーではない。超高級車メーカーだ。
ラインナップのほとんどは全長5~6m台で、全幅も普通に2mを超える。
最近では「小さなエントリーモデル」も出しているが、それにしたところで全長は4.9m。世間一般の感覚で言えば立派な「大型車」だ。
車のタイプはセダンかリムジン。最近ではSUVもそろえるようになってきたが、いずれにしても大きく重い。他社の車を「lesser car」などと呼ぶ悪しき習慣があるくらいだ。
それでも昔は、デザインに愛嬌があった。
フロントには「パルテノン神殿」と揶揄される大きなグリルが付くが、それ以外の部分は控えめで愛嬌のあるデザインがなされていた。そのため、どんな街でも、その街中の風景に溶け込むことは難しくなかった。
ところが。
10年程前にデザイン部に新しいチーフデザイナーが来てから、デザインの傾向が一変した。
高く水平に伸びて、前端で突然垂直に切れ落ちるノーズ。大きなリヤランプ。ヘッドライトは細長い長方形のLEDランプが奥まった位置に着き、なんというか、目つきが大変よろしくない。
まるで、ゴリラだ。
◇
デザインスタジオの隅に片付けられた、自分の作品を改めて見直してみる。
全長4.6m、全幅1.9m、全高1.2m。
正直、スポーツカーとしては、これでも大きすぎると思う。だが、ロルフ&ローワン社の製品としては、ここまで小さい車はここ70~80年は出していないだろうな。
純粋な電動車を想定しており、バッテリーは左右の座席の間のセンタートンネル内から座席後ろにかけて、T字型に置かれる。車体が小さいので、バッテリーの容量は大したことはない。航続距離は400kmくらいがせいぜいだろう。
ノーズに例の「パルテノン神殿」は着かない。ヘッドライトは昔風の円形の輪郭を持つものを使った。1960年代の古いスポーツカーに範をとったデザインだ。
だが、一番の特徴はリアにある。
リアウインドウが無いのだ。その代わり、目立たない位置にバックカメラが付く。それは、屋根から始まって車の後端部まで、上下も左右も後ろすぼまりのカーブを描く一枚のパネルになっている。そして、そのパネルの形を強調するために、この部分だけシルバーメタリックで塗り分けてある。
銀色の背中。シルヴァーバックだ。
だから車名も「シルヴァーバック」にした。
ロルフ&ローワン社の車は、以前は車名の頭に「シルヴァー~」の一語を冠するという不文律があった。シルヴァー・レイク、シルヴァー・エルフなどだ。だが、チーフデザイナーが交代した頃から、いつのまにかこの不文律は反故にされ、忘れ去られていたのだ。
それを、復活させる。
パワーと航続距離だけがやたらと優秀な大きく重い電動車で、その車重で道路に負荷をかけ、CO2を大量に排出して作られた電池で「lesser car」を蹴散らしながら走るのではなく、小さな電池を効率的に制御し、軽く小さな車体を、十分な速さで十分な距離だけ走らせればいいじゃないか。
それが、私の提案だった。
そしてそれが、役員会でようやく理解されたのだ。
シルヴァーバックのクレイモデルを見ながら、嬉しくてちょっと泣いてしまった。
◇
「シルヴァーバック」
それは、ゴリラの群れのリーダーをも意味する。年齢を経て背中に白銀色の毛が生えるようになった雄のゴリラが、やがて群れのリーダーを務めるようになると、こう呼ばれるのだ。
私の「シルヴァーバック」は、ロルフ&ローワン社の車の中では一番小さい。しかも二人乗りだ。役員会で一度「あり得ない」とまで言われた作品だ。
それでも、ショーでの反応が良ければ、やがて市販化される。
軽くて効率的なパッケージをもつこの車が、最先端の技術の成果としてロルフ&ローワン社のフラッグシップとなり、やがて群れの先頭を走るようになるのだ。
小さな銀色の背中を、後続車に見せつけながら。




