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坊っちゃんこと俺は、毎日のように扉を潜っていた。
「坊っちゃん、坊っちゃん、これは?」
「坊っちゃんってやつ止めてよぉ」
うへへへ、と笑う女児に仕方ないなぁとため息をついた。まあるい頬がもちもちと緩むのが愛らしい。
女児の手元にある棒と毛糸玉は、今まさにマフラーを編んでいる。
羊のような家畜がこちらにもいるらしく、編み物は子供でも安全に冬の仕事が出来るとあって、一つのテントに集まってよくやっていた。ちなみに俺は島にあった初めての編み物、なんていう古典的な本を頼りになんとかやっている。
女性たちは冬でも実をつける果実やナッツで食事を作ったり、薪や水を採取したりと忙しい。
男たちは食料になる獣や家畜や食料を求めてくる魔獣を退治するために巡回したりと、こちらも忙しいため、貧弱ボディの俺は子供たちとせこせこ編み物をするのが日課であった。
とはいえ、島にいても爺さん婆さんばっかなので、長期休暇中は島にいることにした俺は暇潰しがてらこちらによく居ることになったのであった。
「ビビは上手いねぇ。こーんなに小さかったのに」
「坊っちゃんはいつまでたってもヘタクソね」
「へたくそ!」
「えーん、ひどーい!」
泣いちゃう!と言うと、きゃらきゃらと笑った子供たちはこぞって俺の味のあるマフラーを指差して下手くそと罵るのであった。
ひどいものである。婆ちゃんはカンナギ様なんて呼ばれていたのに、差別だ差別。
「キイイイイ! おぼえてなさい! ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
悪役よろしく子供たちに叫んで島に戻ってきた俺は、子供たちに目にものを見せてやろうと現代日本とは思えない通信速度と格闘しながら動画配信アプリで編み物を猛勉強した。
しかし、一朝一夕で編み物がうまくなるはずもなく、俺は翌日もちびっ子たちに笑われたのであった。
現時点で俺にも分かっていることがいくつかある。
ひとつはこの世界の人たちの多くは獣人であり、耳や尻尾がルーツとなった獣の特徴を表しているというものである。
彼らは地下はモグラ、狼やライオンは力が強く、採集はリスや鳥、家畜の飼育は羊など、ルーツとなる獣によってそれぞれの得意分野が異なるのであった。
そしてふたつめは異世界と島を繋ぐ扉はひどく気まぐれで、1日を正確に刻むときがあれば一週間二週間間を空ける場合もあるということだ。
俺は毎日通っているつもりでも、ビビのように赤子であったのに気付けば歩き始め、気付けば話し始め、編み物をはじめている。
言い訳になるが、俺が編み物対決でビビに負け続けているのは圧倒的に経験の差なのである。
しかし悔しいのは悔しいので村に貢献することでギャフンと言わせる作戦に出ようと考えた俺は、オッチャン……ロベルに村を案内してもらった。
方位磁石とノートを手に歩くが、早々に方位磁石がぐるんぐるん回ったので、迷いの森という看板には偽り無しらしい。
「あれが放牧場だな」
「ほへぇ」
ロベルのオッチャンが三角耳をピルピルと動かしながら教えてくれた方角を見ると、羊のようにモフモフな生物がいた。一角獣のようにまっすぐ伸びた角があること以外はほぼ羊である。
その横に鶏と牛がいた。どちらもちょっとずつ異なるが大枠は鶏であり、牛であった。
こちらの生物なのだろう。
「家畜はどこから連れてきたの?」
「俺たちは札付きだからな。あんまり外に出ないが、身を隠して行商人として近くの村を練り歩く。ハーブの香油だのブーケだの、女連中には良く売れるから、その金で買うんだよ」
「へー」
ここら辺は辺境も辺境だから、行商人もほとんど来ない。たまに塩漬けや干物を持っていくと喜ばれるのだと聞いて、さすがに頭が良いなぁと納得した。
王位継承権を持つ二人の王子による政治戦争は、王子の落馬による死亡という、呆気ない末路によって幕を閉じた。
訪問先の城から夜ひとりで馬に乗って狩猟を行い、落馬したという明らかに不自然な状態であっても、後継者がひとりしかいない時点で向こうの勝利は確定している。
ロベルたちは中央で政を行うエリート貴族だったが、これによって亡くなった王子側であったこともあり一気に旗色が悪くなったという。冷ややかな目を向けられ、いくつもの冤罪をでっち上げられ、亡くなった王子側についていた貴族はごっそりと王都を追われた。
ロベルたちが自らを札付きと言うのは、こういう背景があるからだ。
そんな過去があるロベルたちでもあっても隠し里にずっと籠っていられない。
いくら婆ちゃんがある程度のバックアップをしていたとはいえ、婆ちゃんにだって出来ることと出来ないことがある。
村で生産出来ないものを購入するためにも情報を得るためにも、危険を承知の上でロベルたちも行商人を装って周辺地域を探索したのだとか。
そういった行商人としての活動によって得た家畜や、物乞いをしていた子供を連れて村に戻り、発展させて来たのだった。こういう機転や運営が出来る辺りが、王宮の中心で政を扱っていたさすがのエリートっぷりである。
そもそも迷いの森という磁場の狂った土地は、国境を跨いでいるわ魔獣は出るわ植物は毒草ばかりだわ、難易度エクストラであるので祖母というチートがあったとしてもよほどうまくやらないと自滅ジェットコースター一直線だっただろう。
真水の涌き出る泉があることが命を繋いだが、魔獣の水飲み場でもあったので危険度は高かった。
そのため扉のある泉を中心にして最初はテントが建ち並んでいたが、盛り土をして小高い丘を作り、柵を立てて対策したという。
土地が痩せているので芋、とうもろこしを植えて木を伐採し、少しずつ家を建てていった。
「すごいねぇ」
「落ちるなよ?」
堀を見下ろしていると、なぜかロベルのオッチャンに襟を掴まれた。
泉のある場所がもともと小高い丘であり、近くに岩塩のとれる岩場があることもあったし、ここら辺は昔は海だったのだろう。
「こっちはカンナギ様が授けた魚で、こっちは在来種だ」
この世界産の魚、あきらかに狂暴性を感じる。
歯が尖り、色も奇抜で、デカくて、鱗が固い。ほぼ恐竜だ。
特定外来生物が固有種を食い漁る実害が叫ばれるため心配していたが、固有種のほうがあきらかに強いのでその心配はなさそうだ。
実際強いらしい。
「カンナギ様の魚は旨いが弱いからな。中央区画だけで育ててるんだ」
幅5メートル、深さ5メートル。全長は測定不可の掘は二つ存在する。
ひとつは泉を中心とした居住地域と畑、果樹園を含む中央エリア。ここを囲む堀にあるのが日本から持ってきた鯉やマスなどだ。
牧場地域と第二居住エリア、木工家具や仕立、職人予定区画、山林や開発予定区域を含む広大な土地を囲むのが建築途中の第二堀である。
こっちには特に狂暴性な魚や水棲生物を放っており、肉食も多いので食べられない魔獣や内臓、骨などはここに破棄すると餌として嬉々として食らうらしい。
この土地を開拓するにあたって出てきた石を一つ一つ組んで出来た掘は見事なもので、ロベルのオッチャンたちの血と汗を象徴するようにキラキラと水面を反射させて誇らしげな顔をしていた。
「どうやってこんな広い土地に堀を作れたの?」
「ん? 寝なきゃ良いだろう?」
「でも寝るでしょ?」
「飯を食いはするが、寝ずに作業すればモグラ獣人もいるし1日で十メートルくらいは進むだろう」
「あわわ……」
個人が道を作ろうと思うと、1日1メートルも進まないというのは、だから税金は払いましょうねというものの例題として有名な話である。
いかにここが異世界であろうとも堀というものを作るには土を堀り、石を組みながら積み上げていくという気が遠くなるほどの作業を繰り返さなければならないというのは変わらない。
人数を投じたからといって作業量がさほど変わるとも思えないが、それを1日十メートル進めるとは凄まじい。令和になった現代であってもこの作業は機械化できないだろう。
手作業で堀をつくり進めるという膨大な作業に目眩がしたが、ロベルのオッチャンは楽しそうである。
外周の堀はまだまだ途中であるらしいが、それでも着工から物凄いスピードで進んでいる。
毎日扉を通って顔を出しているが、こちらと島は時間感覚にズレがある。
これによって余計にスピーディーに見えるのだった。




