第9話:金よりパンを信じなさい。〜インチキ名医を「愛の耳栓(きこえーる君)」で解体(わから)せます〜
【 1. 闇に動く「鴉」:シルバーランドの焦燥 】
シルバーランド軍作戦本部。
バルカス将軍は、影からもたらされた「オトハ一行、連合王国へ」の報に戦慄していた。
「……あの娘を連合王国に奪われるなど、あってはならん。あの技術は、大国の軍事力を圧倒する力だ」
将軍は、闇に潜む隠密部隊『鴉』に密命を下す。
「連合王国に潜伏させている部下と合流しろ。オトハを監視し、もし連合王国が彼女を囲い込む動きを見せれば、強引にでも連れ戻せ。……あの娘は、我が国の至宝だ」
将軍の言葉が終わると返事もなく、部隊の気配は本部から消えていった。
【 2. 屋根裏部屋のリリア:安宿の奇跡 】
一方、連合王国。
首都ダブリンは、世界の取引のほぼ半分がこの地でおこなわれる大都市。
シルバーランドで買えないものでも、ここでは全てがそろう。
この地を初めて訪れ、お上りさんとなったオトハとキキョウ。
ガジェットに紹介された商業ギルドで宿の手配をしたのだが、
手違いで貴族用の宿ではなく、隣の安宿へ案内されてしまった。
オトハにとって、第八寮と比べれば、どんな安宿でも天国だ。
オトハが喜んで、部屋に入っていくと少女が一人で掃除をしていた。
「あ、すみません。すぐに終わらせますので」
「ありがとうございます。でも1人では大変じゃない?」
「いえ、慣れていますので」
少女はオトハよりも背が小さい。10歳ぐらいだろうか。
部屋の家具の誇りを払い、床をまんべんなく掃き清めていく。
本当に3分ぐらいで掃除が終わり、少女は次の部屋の掃除に向かった。
まだ小さな娘だが、掃除は完璧なまでに行き届いている。
「リリア!早くしなさい。次の部屋もお客様が到着しますよ。
遅れたりしたら、今日も夕飯抜きですよ」
「はい、わかりました」
この世界では10歳ぐらいの少女が働くのは普通の事だ。
だが、さすがに夕飯抜きは可愛そうだ。
その日の夜から、オトハが何かをゴソゴソ作り始めた。
そして王宮へ行く前日の夜、それは完成した。
「じゃーーーん、『すいとーるくん』が完成しました。
ほら、リリア。使ってみて」
「え、オトハさん、これは何ですか?」
「いいからいいから。ここを押して魔力を込めてみて」
赤く腫れた手で箒を動かすリリア。
その手に取ったのは、小さな掃除機だった。
ガガガーーー。
小さな音を立てながら、ホコリを吸い取り始めた掃除機・すいとーるくん。
その日からリリアの仕事は半分の時間で終了。
余った時間を使って、リリアの好きな勉強ができるようになった。
「リリア、それからこの本もあげるわ」
「え?いいんですか?こんな高価な「魔道具」の本だなんて」
「いいのいいの、アタシのお古だから、落書きがあるけど面白いわよ」
本を開くとびっしりと、オトハのメモが書かれている。
しかも、本文よりも分かりやすく、丁寧に解説されていた。
……余談だが。
三年後、連合王国から一人の天才魔導士リリアが生まれる。
その知識は、このオトハの本が源となった。
彼女は、絶対的知識と勇気で、後に英雄として世界を救うことになるのだ。
リリアの話はまた別の物語で。
【 3. 王宮の謁見:偽の名医と金の延べ棒 】
翌日。王宮へ向かったオトハとキキョウ。
二人を待っていたのは、貴族特有の階級差別だった。
朝早くから待合室で待たされ、後から金持ちそうな医師の一団が現れると、やっと謁見の間に通された。
医師の一団は、謁見の間に入るや否や、うやうやしくアピールした。
「我々こそが、王子に薬をお送りしたシルバーランド王立医師大学の教授です。本日は王子の耳を治しにに参上いたしました」
大臣は名前と身なりから、彼らこそが王子の恩人であると判断し、国王の前に招き入れた。
「そなたたちが王子を救った名医か。これは僅かだが報酬だ」
台車で運ばれてくる5本の金の延べ棒。
「では、皇子を頼む」
医師は王に一礼すると、助手たちから魔道具を受け取り、診察を始める。
しかし一時間後、彼は神妙な顔で王の前に膝まづいた。
「世界中の名医でも、治療は難しゅうございます」
「やはり、そなた達でも無理であったか」
がっかりする国王夫妻。
医師たちは、従者に延べ棒をカバンに詰めさせると、部屋を出ていった。
その場に残された、みすぼらしい身なりのオトハとキキョウ。
「……そちらの卑しい者たちは何者だ?」
大臣が応接係に尋ねた。
「この者たちも、シルバーランドから来たと申します」
「は、金が欲しくて来たのか? 手土産でも持たせて帰らせよ」
国王の落胆を横目に、大臣の罵倒が飛ぶ。
キキョウが怒りで杖を握りしめるが、隣のオトハは話を聞いていなかった。
謁見の間に入って以来、国王の背後にある巨大な柱時計に目が釘付けとなっていたのだ。
「……と、とけーだぁぁぁ……! あの中身どうなってるの……? 動力は? 重りは……!?」
キキョウがオトハの手を引いて、退室しようとするが、ピクリとも動かない。
「手遅れだ。インチキ医師と一緒に退室すべきだった」
キキョウは天を仰いた。
国王夫妻がオトハの異常行動に気が付いて、不思議そうな顔をしている。
その横では、王子らしき男の子が、キキョウの方ばかりをチラチラと見続けていた。
【 4. 毒味と真実:みなぎる魔力 】
「ほ、ほら、オトハ。ちゃんとしなさい」
キキョウに声をかけられ、我に戻ったオトハ。
カバンを取り出し、ごそごそし始め、こともあろうか国王たちに声をかけてしまった。
「あ、あなたがカイル王子ね。パンを持ってきましたよ。……今回はね、ちょっと変わった味にしたの」
大臣がオトハの前に立ちふさがり「毒味を!」と叫ぶ。
メイドが恐る恐る一口食べる。
すると――。
「……おいしーーーーーーい!!」
「な、何を馬鹿な……」
大臣がパンを小さくちぎり、口に運ぶ。
「う、美味い! それに、魔力が、力がみなぎってくるぞ!」
大臣まで完食し、王子カイルも奪い取るようにパンを頬張る。
「……カイル。お前が元気になったのは、このパンのおかげだったのか」
国王の表情が変わり、改めて二人にお礼をしたいと言い始めた。
慌てて御礼の品を取りに動き出す、執事とメイドたち。
その間、カイルは一気にパンを二つも平らげた。
【 5. きこえーる君:初恋の女神 】
「あ、そうだ。忘れてたわ」
オトハが、またカバンをガサガサしはじめた。
「あったーーーー! じゃーん、これはね、『きこえーる君』!」
オトハがカバンから取り出したのは、奇妙な形の小さなイヤホンだった。
マイクとスピーカーを作った時にヒントを得て、昨日の夜、作ったものだ。
オトハは近衛兵すら反応できないスピードでカイルに肉薄し、その耳に無理やり『きこえーる君』を装着した。
カイル王子を救った恩人の意外な行動に、一瞬、部屋中に緊張が立ち込める。
「不敬である! 兵士たち、その娘を捕らえろ!」
バラバラと現れる近衛兵団。
拘束されるオトハ。
キキョウは「やれやれ」といった顔で杖を構える。
彼女の構えは、大国の屈強な兵士たちを前に、余裕すら感じられる。
(この娘、ただ者ではない)
その場にいた戦士長の目が光った。
不穏な空気に包まれた謁見の間に、慌てて執事長ガジェットが現れた。
「「何事ですか! 下がれ、兵たちよ!」」
「ですが、ガジェット様!」
混沌とする兵士たちの壁の向こうから、小さな声が聞こえた。
「あああああ……う、うるさいっ!」
声の主を見るとカイルが耳を押さえて叫んでいた。
静まり返る謁見の間。
「……カイル、聞こえるの?」
王妃が震える声で尋ねる。
「……き、こ、え、る……」
王妃は涙を流して息子を抱きしめた。
国王もカイルを抱きしめ、夫婦は子供に何度も話しかけた。
「よろしゅうございました。それでは、ボクたちはこれで」
(これ以上、ここにいるとオトハが何を言い出すか、分からない)
キキョウは礼の品も求めず、オトハの手を引いて颯爽と立ち去ろうとする。
その時、カイルが駆け寄った。
「……あ、り、が、と……」
「おめでとうございます、カイル王子様。これからも幾久しく」
初めて聞く、キキョウの涼やかな声。
それは世界で初めて認識した美しい旋律だった。
「……あ、な、た、な、ま、え……」
「私はキキョウ。この子はオトハです。それでは」
立ち去る二人の背中を、カイル王子はいつまでも、いつまでも見つめていた。
「……き、ききょう……」
それは、少年にとっての鮮烈な初恋だった。
読んでいただき感謝です!
「魔法力ゼロの少女が、歪んだ愛で世界を解体する」
その軌跡を、ぜひ最後まで見届けてください。ご一読ありがとうございます。
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