第7話:伝説の産声、あるいは魔道具オタクの狂気
【 1. 連合王国からの使者と、届かない音 】
「第八寮のデニッシュ」を求める大行列の喧騒を突き抜け、一人の老紳士がオトハの前に膝をついた。
使い込まれた真鍮の杖、煤けた燕尾服。
彼は連合王国の使者、ガジェットと名乗った。
その手には、一口かじられた真っ黒なデニッシュが握られている。
「……信じられん。噂は本当だった。このパン、食べると魔力が底上げされる」
「ありがとうございます。みなさん、そのように仰います」
「魔法を『物理的な熱量』に変換し、それを再び体内に戻す……そんな芸当、奇跡としか言えない」
「あ、それ、ただの副産物です。ある人の魔力をオーブンの予熱に使ったら、そうなっちゃっただけで」
オトハが呑気に答える横で、ガジェットは必死の形相で続けた。
「お嬢さん、頼む。私の主人――連合王国の第8王子を、このパンで救ってほしい。王子は生まれつき耳が聞こえず、その孤独ゆえに13歳という若さで心を閉ざし、部屋に引きこもっているのだ」
「お可哀想に、私と同じ歳で耳が聞こえないなんて」
「あらゆる治癒魔法も、聖女の祈りも届かなかった。……だが、この『常識外れのパン』なら、何か効果があるかも知れない!このパンを十個譲ってもらえないだろうか」
オトハは、パンをこねる手を止めた。
「……サクラさん、どう思います?」
<……さあね。耳の構造自体が欠損しているなら、治癒魔法じゃ無理よ。でも、このパンで納得するなら渡しても良いんじゃない?>
「わかりました。まずはこのデニッシュを」
オトハは、焼き立てのデニッシュを使者に託した。
それが、後に世界を揺るがす「奇跡の魔道具」への最初の布石になるとは、まだ誰も知らなかった。
【 2. 破壊神の知恵と、地下室の不夜城 】
翌日。第八寮の前は、さらに長蛇の列となっていた。
メガホンを片手に列を整理するシバの喉は、すでにかすれ、限界を迎えている。
「はぁ……はぁ……。オトハちゃん、もう無理や……。喉が、喉が死ぬわ……」
「シバさん、お疲れ様です。サクラさん、何かいい案ありませんか? 遠くまで声が届く魔法とか」
<私の前世――別の世界では『マイク』と『スピーカー』っていう、音を電気の波に変えて増幅する便利な箱があったわ。……仕組みはこうよ、視せてあげるわ>
サクラの思念がオトハの脳内に直接、複雑な電子回路図を投影する。
「……っ! 面白い、これ、最高に面白いです! 魔力の振動を、この金属板でキャッチして……!」
さっそくイメージをスケッチし始めるオトハ。
そこからは、誰とも話をしない、いや、誰の声も彼女の耳に届かなくなったのだ。
その日の夜は、第八寮の地下室の灯が消えることはなかった。
ただ、カーン、カーン、と響く槌の音だけがいつまでも鳴り響いていた。
明け方、ついに槌の音が消えた。
オトハが愛おしそうに銀色の棒と箱を抱きしめる。
「さぁ「スピーカーちゃん」、あなたの息吹を聞かせてちょうだいね」
【 3. 伝説の起動音 】
「シバさん、これ、試してみてください」
翌朝、オトハが手渡したのは、一本の小さな「銀色の棒」だった。
「なんやねんこれ。ただの鉄の棒やんか」
「いいから、そこにある大きな箱に向かって喋ってみてください」
シバが半信半疑で、その棒に口を近づけた。
「……あー、あー」
<< あー、あー >>
「……わっ!?なんやこれ!びっくりしたわ」
大きな音に驚くシバから、オトハがマイクを取り上げる。
『こうやるんです、シバさん。――ただいまマイクのテスト中ッ!!』
<< ただいまマイクのテスト中ッ!! >>
地響きのような大音響が第八寮を震わせた。
雷が落ちたかのような轟音に、寮中の生徒たちが窓から身を乗り出し、何事かと表へ飛び出してくる。
「皆さーーん! こんにちはーー!! 今日もー元気だー♪、ご飯がうまいーー♬」
オトハがそのまま、ヘンテコな節回しで歌い出す。
魔法を一切使わずに、ただの「道具」が声を増幅し、空気を支配している。
その光景に、シバは目を剥いた。
「お、オトハはん……。これ、拡声魔法やん! そんな高等魔法、いつの間に習得したんや!」
「違いますよ。これは『魔道具』ですよ。たとえ魔力ゼロの人でも、一万人の軍勢に命令の声が届くプラチナツール……その試作品なんです!」
【 4. 魔導戦車ちゃんへの恋煩い 】
その日の夜。
シバは、連合王国軍の購買課長を地下室へ連れてきた。
「ここにある『マイク』と『スピーカー』……。軍で10セット、いや今すぐにあるだけ買い取りたい! これがあれば、戦場の喧騒の中でも全軍に瞬時に指示が通る! 戦争の歴史が、塗り変わるに違いない……!」
前のめりになる課長に対し、オトハは素っ気なかった。
「えー、無理です。来週から試験があるし、忙しいので」
「オ、オトハはん! 待ちなはれ! 課長、もしこれを納入したら……あの、軍が自慢しとる『新型戦車』、触らせてくれますか?」
「戦車」という言葉が出た瞬間、地下室の温度が急上昇した。
オトハの肩が、びくん、と震える。
「……え? 戦車? 馬車が鋼鉄で覆われた、あの、重厚なパーツの塊……ですか?」
「ああ。壊さなきゃ、少し触るくらいは……」
「はぁ……はぁ……っ! 分解……分解してもいいですか!? 装甲板を一枚ずつ丁寧に剥がして、中にある歯車ちゃんたちを、隅から隅まで……ねっとりと、優しく触ってあげても……っ!?」
オトハの顔が真っ赤に染まり、鼻血が出そうなほどに興奮している。
「シ、シバくん、この子、大丈夫か? 病気じゃないのか? 急にはぁはぁ言い出したぞ!」
「……いつものことですわ。彼女、見たことがない複雑な機構を見ると、理性のタガが外れてまうんです。……これ、鉄に恋しとるんですよ」
「戦車ちゃん……待っててね……!」
音もなく地下室の奥へと消え去ったオトハ。
直後、カーン! カーン!! と、これまで以上に激しい金属音が響き始めた。
<……誰かこの子を止めて。破壊神の私より、よっぽど世界を『解体』しそうな顔してるわよ……!>
サクラの呆れた呟きも、もはや誰にも届かない。
こうして、一人の少女の「変態的な愛」が、軍部をも巻き込んだ伝説の歯車を回し始めたのである。
読んでいただき感謝です!
「魔法力ゼロの少女が、歪んだ愛で世界を解体する」
その軌跡を、ぜひ最後まで見届けてください。ご一読ありがとうございます。
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