第13話:恋する王子は止まらない。〜「キキョウさんを助けるのは僕だ!」と喉を震わせた日〜
【 1. 閉ざされた扉の向こう側 】
ロンドラ連合王国王宮。
第8王子カイルの部屋の扉の前で、二人の青年が足を止めていた。
連合王国の次代を担う皇太子ケインと、武勇に優れた第3王子レオン。
これまで、彼らがこの部屋を訪れる時は、いつも重苦しい沈黙が二人を迎えていた。
生まれつき耳が聞こえず、心まで閉ざしてしまった末弟。
彼に何を語りかけても、その瞳に光が宿ることはなかった。
「……また、こもっているのか?」
レオンが寂しげに呟いた、その時だった。
「……こ、ん、に、ち、は……。ぼく、は、カイル……です」
扉の向こうから、震える、けれど懸命に空気を震わせる「声」が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせ、目を見開く。
【 2. 初めて呼ぶ名前:三兄弟の再会 】
二人が静かに扉を開けると、そこには鏡に向かい、自分の喉に手を当てて発声を確認するカイルの姿があった。
耳には、オトハが残した『きこえーる君』が輝いている。
「カイル……お前、今、喋ったのか?」
ケインの声に、カイルが驚いて振り向く。
これまでは反応すらできなかった呼びかけに、カイルの肩が跳ねた。
彼は少し戸惑い、それから勇気を振り絞るように口を開いた。
「……あに、うえ……ケイン、あにうえ。……レオン、あにうえ」
その瞬間、部屋の空気が一気に熱を帯びた。
「聞こえているのか!? 俺たちの名前が、お前の耳に届いているのか!」
レオンが駆け寄り、カイルの肩を掴む。
カイルは涙を浮かべながら、何度も、何度も頷いた。
「……はい。……すごく、きれい、な……こえ、です」
ケインは震える手で弟の頭を撫でた。
「そうか、そうか……! よく頑張ったな、カイル。一日でここまで話せるようになるまで、どれほどの特訓をしたんだ」
寝る間を惜しみ、鏡に向かって自分の声を、世界を確かめ続けた弟。
その努力と可能性に、兄たちは一国の王族であることを忘れ、一人の兄として手を取り合って喜んだ。
「これでもう、お前を『かわいそうな王子』などとは誰にも言わせない。お前は俺たちの自慢の弟だ!」
【 3. 嵐の来訪:引き裂かれた静寂 】
三兄弟が初めて心を通わせ、温かな会話に包まれていたその時。
部屋の扉を叩く、ひどく慌てた音が響いた。
「ガジェット様に、緊急のお客様です!」
入室したメイドの切迫した声に、部屋の空気が一変する。
皇太子とカイルは、ただ事ではない事態を直感し、顔を見合わせた。
「緊急だと? ……よい、ここへ通せ。俺たちも一緒に話を聞こう」
皇太子の差配により、カイルも兄たちの傍らで客を待つことになった。
数分後、部屋に足を踏み入れた人物を見て、カイルは思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「き、キキョウさん……!?」
そこには、昨日別れたばかりのキキョウが立っていた。
彼女は部屋にいる皇太子ケインと第3王子の姿に気づくと、即座にその場に跪き、王族への礼を尽くした。
彼女の後ろには、シルバーランドのバルカス将軍が険しい表情で控えている。
ケインは、かつての外交の場で面識のあった将軍に目を向けた。
「バルカス将軍、そなたも一緒か。これほど早く戻るとは。……聞こう。話してみよ」
【 4. 法王の影と、少年の宣戦布告 】
「……ケイン様。お願いがあって参りました」
バルカス将軍が重々しく口を開いた。
「実は、キキョウ殿とオトハ殿が、シルバーランドへの帰路の途中で、ある勢力に拉致されてしまったのです」
「……っ!」
カイルは息を呑み、キキョウの顔を凝視した。
キキョウは神妙な表情で深く頷き、その瞳には親友を奪われた激しい悔しさが滲んでいた。
「なに……。賊の正体は分かっているのか?」
皇太子の問いに、バルカスは声を潜めて答えた。
「……サンブルグ法国。法王直下の者たちです」
部屋を支配していた温かな空気は、瞬時に凍りついた。
皇太子は静かに腕を組み、思考を巡らせる。
「なるほどな。父上からも聞いている。そのオトハという少女は、既存の魔法体系を揺るがすほどの特別な能力の持ち主だと。……我がロンドラにとっても、彼女はカイルを救ってくれた大切な恩人だ」
皇太子はキキョウとバルカスを真っ直ぐに見据え、不敵な笑みを浮かべた。
「……ぜひ、加勢をしたいが宜しいか?」
「ありがたき幸せにございます!」
バルカスの返答を聞くやいなや、皇太子は出陣の命を下そうとした。
「では、私が自ら兵を――」
「いえ、兄上!」
遮ったのは、これまで誰かの影に隠れて生きてきた末弟、カイルだった。
彼は震える拳を握りしめ、覚悟を宿した瞳で兄を見上げた。
「……ここは……僕が、いき……ます」
カイルの喉から絞り出されたその言葉に、皇太子ケインと第3王子は一瞬驚き、次の瞬間には顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。
「よく言った! それでこそ私の弟、ロンドラの王族だ」
ケインは嬉しそうにカイルの肩を叩く。
「いいだろう、一緒に行こう。私はすぐに父上の承諾を得てくる。……ふふ、弟の初陣に加勢できるとは、兄としてこれほど愉快なことはないな」
上機嫌で部屋を飛び出していく皇太子を見送り、カイルはキキョウに向き直った。
「キキョウ……さん。必ず、助け……だします」
たどたどしいが、力強い決意。
「……カイル様。ありがとうございます」
キキョウから向けられた真っ直ぐな感謝の言葉。
それは、カイルにとって何よりも甘美な響きだった。
(ぼくが、キキョウさんを助けるんだ)
男として、カッコいい所を見せるチャンス。
少年の心は、初めての戦いへの恐怖を塗りつぶすほどの、高揚とワクワク感で満たされていた。
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