第12話:サクラを怒らせるな! 〜異端として消えたオトハと、禁断の救援要請〜
【 1. 旅立ちの朝:屋根裏部屋の別れ 】
連合王国の朝は、霧に包まれていた。
宿「煤けた歯車亭」の屋根裏部屋で、オトハは愛用の工具箱をパチンと閉めた。
そこへ、すっかり使い慣れた『すいとーるくん』を抱えたリリアがやってくる。
「オトハさん、本当に行っちゃうんですか?」
「ええ。サトルくん……あ、この時計の人に『蘇りの魔法』を探せって言われちゃいましたから。エンジニアとして、この謎は解かないと夜も眠れません」
オトハはリリアの頭を撫で、一冊の分厚い本を手渡した。
昨日までオトハが加筆修正を繰り返していた、あの落書きだらけの魔導書だ。
「これ、リリアちゃんにあげます。昨日、さらに分かりやすく書き直しておきました。……私の『一番弟子』ですから、これくらい読みこなしてくださいね」
「……ありがとうございます! 私、絶対に勉強して、オトハさんに追いついてみせます!」
リリアが魔力を込めて掃除機を起動させる。
その出力は、以前よりも明らかに安定し、強くなっていた。
オトハは満足げに頷き、キキョウと共に霧の街へと踏み出した。
【 2. 王宮の門:届かない言葉の代わりに 】
王宮の門前には、ガジェットとカイル王子の姿があった。
カイルはキキョウの姿を見つけると、一歩前へ出ようとして――けれど、やっぱり足が止まってしまう。
(いかないで。ぼくも、つれていって)
喉の奥まで出かかった言葉は、唇を震わせるだけで消えていく。
そんな王子の様子を見て、キキョウはふっと優しく微笑み、王子の前に膝をついて視線を合わせた。
「カイル王子。お耳が治って、世界はどうなりましたか?」
「……き、きれい、な、おと……たくさん」
「ええ。これからもっと、たくさんの綺麗な音を聞いてくださいね。……いつか、あなたの声でお話を聞かせてくれるのを、楽しみにしています」
キキョウが王子の指先に軽く触れる。
カイルはその温かさに顔を赤くし、けれど今度は逃げずに、キキョウの瞳を見つめ返した。
「……ま、まってる。ききょう。……ぜったい、いう」
それは、彼が初めて自分の意志で放った、再会の約束だった。
【 3. 峠の急襲:預言の執行者 】
一行が王都を離れ、人影のまばらな峠道に差し掛かった時。
周囲の鳥たちが一斉に飛び立ち、空気がにわかに凍りついた。
行く手を阻むのは、純白の法衣に身を包んだ集団――ルカ神を崇めるサンブルグ法国の聖魔法士たちだった。
「……あれが、預言にある『不気味な魔女』か」
魔法という神の恩寵を使わず、鉄の塊で奇跡を模倣するオトハは、教団にとって世界の秩序を乱す異端。
彼らの預言書には「魔法を使わず、魔法を超える者が現れる時、世が乱れる」と記されていた。
かつて二千年前、開祖サトルが現れた際に教団が味わった屈辱を、彼らは忘れていなかった。
<キキョウ、奴らはヤバい。オトハを連れて逃げなさい!>
サクラの警告より早く、聖魔法士たちの不可視の縛鎖が襲いかかる。
「オトハ、私の後ろに!」
キキョウが杖を振るい、圧倒的な魔力で襲撃者をなぎ倒していく。
だが、敵は物量と「対魔術」に特化した陣形でキキョウを足止めし、その隙を突いて放たれた聖なる檻が、背後のオトハを飲み込んだ。
「あ、ああっ……! サトルくん(ウォッチ)が、私のパーツがぁぁ!」
「オトハ!!」
転送魔法の光と共に、オトハは聖魔法士たちと共に霧の向こうへと消えた。
【 4. 決断のロンドラ:禁断の救援 】
予定の時間を過ぎても戻らない二人を案じ、シルバーランドからはシバ、そして自ら最新鋭の戦車を駆ったバルカス将軍が駆けつけた。
だが、現場に残されていたのは、傷ついたキキョウと、教団特有の聖印が刻まれた短剣だけだった。
「……この聖印は!?
法国の連中か。あの狂信者ども、国際問題になるのを承知でやりおったか」
バルカス将軍が苦虫を噛み潰す。
小国シルバーランドにとって、巨大宗教国家サンブルグ法国へ直接攻め込むことは不可能に近い。
「シバさん、将軍。このままでは、オトハは異端として処刑されてしまいます」
キキョウの瞳に、かつてない静かな怒りが宿る。
「……分かっとる。こうなったら、なりふり構っていられへん。将軍、戦車の向きを変えまひょ。……連合王国のガジェットを叩き起こす。今度はこっちから、無理難題を押し付ける番や」
一行は、再びロンドラ連合王国へと引き返す。
<サンブルグの法王がアホなことして、サクラちゃんを怒らせないことだけを願うわ。ホンマ頼むで……>
ユヅキが遠く、サンブルグの方向を見てつぶやいた。
だが、事態は天使の心配とは全く違う方向へ、舵を切ることになるのである。
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